あべさく編 [1]


264 : ◆8zwe.JH0k. :2005/10/25(火) 19:43:06 

銀杏の葉が舞い落ち、秋風の吹く公園。その奥にポツンとある緑色のベンチに男が一人座っていた。 
番組収録の合間の休憩時間に、暇つぶしにと思い外に出たのは良いのだが、特にやることは無かった。 
仕方なく通りかかった公園に入りベンチに腰掛け買ってきた雑誌を開く。 
前方では女子男子入り交じった何人かの子供達が泥だらけになって砂場で遊んでいた。 
男はそれをボンヤリ見詰め、「懐かしいな」と一言呟くと再び雑誌に目を戻した。 
時折吹く冷たい風に身体を震わせ、そろそろ長袖の服でも着ようかな、などと何でもないことを考えていた。 
それから暫く経った後、 
「何してんだよー!トンネル壊れたじゃん!」 
子供独特の甲高い怒鳴り声が公園に響いた。男は雑誌から顔を上げ、眼鏡の端を摘んでその様子を覗った。 
ガキ大将と思われる男の子の足下には、完成間近にして、無惨に潰れてしまった砂のトンネルがあった。 
あーあ、と男は苦笑を漏らす。 
きっと水を掛けすぎたとか、穴を大きくしすぎたとか、そんな下らない理由で喧嘩しているのだろう。 
男は雑誌を置きベンチから立ち上がった。そして砂場の子供達の元へ歩み寄っていく。 
子供達は知らない大人の登場に身体をびくっ、とすくませた。 
「おじさん誰?」 
「あー…えーと、おにーさんは芸人…『笑わせ師』だよ」 
我ながら子供相手になんて怪しい自己紹介だ、と心の中で思った。 
男はそっと潰れてしまった砂のトンネルに手を乗せる。子供達は不思議そうな面持ちで男を見た。 
「さぁて、ちびっこに夢でも与えてやろうか」 
男の胸のブローチ…正確にはその中央に填め込まれている石が金色に光り出す。 
男の手を中心に砂場の砂全体がサラサラと舞った。 
それは何時しか生き物の様に動き形を作っていく。 
砂場には、砂トンネルの他に漫画でよく見る砂の城や、長い橋のような物
(男は「万里の長城だ」と言ったが子供には理解できなかった) が出来上がった。 
「凄い!」と子供達は満面の笑みで喜ぶ。 
それを見て、不思議な力を使う男も満更では無い様子で笑ったのだった。 

それとほぼ同時刻…。 

困ったなあ、などと呑気に考えながら梯子をよじ登る男が一人。 
服装は先ほどまで舞台に立っていたということで、随分奇抜な格好だった。 
薄いTシャツに手拭いを首に巻いており、
何重にも折り込まれて短くされた緑色のズボンからは健康的な脹ら脛が覗いている。
少年のような形だ。 
彼の困った、と言うのは、今複数の男に追いかけられている事ではなく、
家で待っている200匹のペット兼家族への餌があげられないという事の方が強い。 
きっとお腹空かしてるな、死んじゃったりしないかな、と心配事は尽きなかった。 

登り切ってたどり着いたのは廃工場の塗炭屋根。所々雨の所為で鉄骨が錆び付き、穴が開いている。 
腕を地面と水平に広げ、トントン、トン、と穴を飛び越しバランスを取りながら渡っていく。
その後ろから若い男が二人、同じように走ってくる。 
決して丈夫とは言えない薄い屋根に、三人もの大の男が乗っていると、
さすがに思い切り暴れる、なんて事は出来ない。 
屋根の左端と右端にそれぞれが立ったまま対峙する。 
「つっかけだけで良く此処まで速く走れましたね、佐久間さん」 
一人が、少し慎重に足を踏み出す。塗炭が嫌な音を立てて軋み揺れ、
佐久間は「おっとっと…」とバランスを崩しそうになる身体を中腰になり必死に手をばたつかせて整える。 
そして揺れが収まったところでゆっくりと身体を起こし、ほっと息を吐いた。 
「…う〜ん、見逃せない?」 
「無理です。逃がして怒られるのは俺たちなんですから」 
ダメ元で尋ねてみると案の定否定された。 
「見逃して欲しいなんて言ってきたの、佐久間さんが初めてですよ」 
今まで戦ってきた者たちは、どうやら正義感、責任感に満ちあふれ、石の力を駆使して向かってきたらしい。 
「黒に入ってくれるなら、何もしませんから、ね?僕らも簡単に人を傷つけたくないんですって」 
男たちは、戦いを心からは望んではいないようだった。
上の命令なのだろうか。お願いしますよ、と彼らは懇願する。 

「そういえば、佐久間さんザリガニいっぱい飼ってるんですよね」 
「それが何?」 
「黒に来てくれないと、あなたのザリガニを…」 
「何する気だよ…!」 
嫌な予感がし、額に冷や汗が浮かぶ。 
「全部食べます」 
何だって?それはゆゆしき問題だ…! 
佐久間は少し困ってしまった。 
自分は喧嘩は好きではないし、戦って勝てる自信も無い。相手が二人もいるなら尚更だ。 
何より愛するザリガニたちが食べられてしまう。 
とりあえずここから劇場はそう遠くはないし、ポケットに携帯も入っている。
助けを呼ぶことは不可能では無かった。 
相手に気付かれないようそっと携帯を取り出し、手を後ろに回したまま勘でリダイヤルのボタンを押す。 
画面が見えないから誰に掛けているのか分からないがとりあえず三回押した時の相手に掛けてみようと思っていた。 
カチ、カチ、カチ。丁度三回押したところで手探りで真ん中の決定ボタンを押す。 

「何をしてるんですかっ!」 
その時、一人の男が小さな火の玉を指先から出現させ、佐久間に向かって飛ばした。 
「あわわっ、喧嘩は止めようって〜痛いだけだから…」 
ふわり、と佐久間の手の平が火の玉に向けて翳される。 
「この想い、伝われぇ〜っ」 
ギリギリまで近づいて来た火の玉は、ポン、と可愛らしい音をたて、
一輪の真っ赤なバラに変化し佐久間の手に落ちた。 
自分には似合わないな、と佐久間は照れ笑いを浮かべる。
男たちは頭の上にクエスチョンマークを浮かべているような間抜けた顔をしている。 
その時、 
『もしもーし、もしもーし?さっくん、どーしたぁ?』 
癖のあるテノールボイスが携帯を通して小さく聞こえた。 
(や、ったー) 
佐久間は小さくガッツポーズをした。親交もあり、
何より石の能力者であるあべこうじこと阿部公二に電話が繋がったのはラッキーだった。 
「よそ見するな!」 

一瞬携帯に目を捕られてしまった佐久間は(しまった)、と顔を上げる。 
次の瞬間、目の前に男の拳が迫った。
ああ、殴られるな。と他人事のように思った瞬間、頬に鈍い痛みが走り、視界が反転した。 
あまりにも見事に顔面ヒットしたので、
殴った男の方も、しまった、みたいな顔をして小さな声で「あっ…」と声を漏らした。 
はね飛ばされた携帯はガチャン、と斜めの屋根を回りながら滑り落ちていく。 
手を伸ばしたが後一歩遅く、携帯は重力に引っ張られ屋根から落下していった。 
そして、地面に衝突し、跡形もなく消える―――筈だった。 
高い屋根から落ちてきた佐久間の携帯を、下に立っていた誰かが片手で、
上手いこと壊さないようパシッ、と軽い音を立ててキャッチする。 
もう一方の手には、先程まで使っていたのだろうか、開いたままの彼の携帯が。 
佐久間が殴られた顔を押さえながら、上半身を起こして下を覗き込んだ。 


「落とし物」 
彼――あべこうじは、屋根を見上げ、にっこり笑って携帯を振ってみせた。 

 [佐久間一行 能力]