317 : ◆8zwe.JH0k. :2005/11/12(土) 14:54:05
はあ、はあ、と二人の男の苦しそうな息づかいがする。 ここまでスピードを緩めず全力疾走で走って来たのだから無理はない。佐久間と阿部は土手を下り、橋の下の影へ逃げ込んだ。 「いやー、やっぱ気持ちいいなー走るのって!」 キラキラと思い切りいい汗を掻き、ドーパミンの所為で何故か笑いの止まらない佐久間と、 「き…気持ち悪……」 四つん這いになり青い顔で口を押さえ、戻しそうになるのを必死で堪える阿部。 「えーちょっとしっかりしてくださいよー、そんなには走ってないと思うんですけど…」 「あーあーゴメンなさいねえ、おとーさんもう年だからねえ!!」 あはは、阿部さん面白えー。と、佐久間は半ば自棄になって怒鳴る彼を楽しそうに眺め、その背中を二、三度さすってやる。座り込み、学生時代よくやっていたように、火照りを押さえるためにコンクリートに頬を押しつける。 カビ臭いが独特のひんやりとした感覚が心地よい。車が通るたびに緩やかな冷たい風が髪を撫で、熱くなった身体を冷ましてゆく。 「…もう、大丈夫ですよねー?」 立ち上がって、佐久間が尋ねる。 「あ、うん多分もう追いかけては来ないと…」 「違いますよ。あべさんもう気分良くなりました?」 は?と阿部は眉を顰め素っ頓狂な声を上げて佐久間を見上げた。すると心配そうに顔を覗き込まれる。阿部はじっとその少年のような輝きを放つ黒い瞳を覗った。 (えー何だコレ。すげえ優しいじゃんこの人) 「あーはいはい、もう全然大丈夫!」 いつもの満面の笑みを浮かべて自分も立ち上がった。 今まで阿部は石を巡る争いに興味は無かった。だが使えそうな芸人を目敏く見つけ、難癖付けて襲ってくる黒の人間の行動を目にし、何となく阿部は思った。 黒なんかに囚われて佐久間のこの笑顔を曇らせてはならないと。 ――そんなこと、絶対にさせるか。 だが黒の侵略は無情にも、確実に広がりつつある。 (全く、白は何をやってんだよ。何かあってからじゃ遅いんじゃねえのか) 使うことは無いだろうと思っていたが、何故か捨てても捨てても自らの元に戻ってくるので、ポケットに小銭と一緒に無造作に突っ込んでいた小さな石。 それを取りだし、初めてじっくりと眺める。埃を服で拭き取り、綺麗に磨いた。 「あべさん…使っちゃうんですか?石…」 佐久間が言った。 「まあ、若干?関わりたくは無かったんだけどねえ?」 阿部は冗談めいた口調でへらっと笑う。石を目覚めさせると嫌が応でも争いに巻き込まれるということは知っていた。実際、周りの石を持っている芸人たちも生傷が絶えない。 まあ、大丈夫。何とかなんじゃん?これもそれも、全部佐久間の為。うん、格好いいじゃん。俺。帰ったら華生に言ってやればいいよ。パパはヒーローだって。 「えーと、何て名前だったっけ。……まあいっか。俺の頼み、聞いてくれる?」 『……私………探していました………あなたを…』 それまで只の石ころだったものがが淡く光ると共に、頭の中で何とも不思議な声が聞こえる。 身体の中から力が湧いてくるのを感じながら、阿部は石の力を呼び覚ました。 ―――――共に闘うために。 「あべさん」 「これからは俺を頼ってきていーよ、守ってあげるからさ!」 「おおー、かぁ〜っこいぃ〜!!」 やんや、やんやと手を叩く佐久間を見ながら阿部は(決まった)と胸を張った。 そんな様子を眺める男が一人。 「あーあの二人、白に味方するんだ…」 何とも言えない表情で眼鏡の端を押さえ、じっと目を凝らして凝視する。 「おじちゃん。もっとなんか作ってぇ〜」 「ん?ああ…おじ…おにーさん実はかくれんぼ中なんだ。もう戻らないとね」 土手の上には、公園があった。そこで小さい子供と一緒に遊んでいた松田は、偶然土手を駆け下りる佐久間と阿部の姿を見た。 松田が遊んでくれなくなったのを不満に思った子供たちは、べたべたとくっついてくる。一人の男の子が背中に負ぶさるとそれを見た他の子供も、きゃーっ、と次々と重なるように松田にしがみつく。重みに耐えきれずうつぶせに倒れた。 「うあー、いだいいだい〜っ、もう勘弁してくれよ〜…」 こんな事なら、ズルせずに大人しくQ太郎に捕まっておけば良かった…。そう思っていると、 「―――そうそう。ちびっ子たちも、今日はもう帰んなさい」 ふと、背後から落ち着いた若い男の声が聞こえた。 松田にはその声が誰だか直ぐに分かった。男はごねる子供たちを何とか言い聞かせ、全員を家に帰した。 「さてと…あの、大丈夫っすか?……ぷっ!」 子供と遊ぶなんて、らしくないですね。と、可笑しくて堪らないと言った風に声を抑えてくつくつと笑い出す男を、松田は顔を少し赤面させて睨んだ。 「綾部、うるさい。何で此処にいんだよ」 「なーんでって…俺もかくれんぼ参加してたでしょう!ジャンケンに負けて迎えに来たんです」 面倒くさそうに、頭を掻く。夕方になると気温はぐっと低くなる。身震いした綾部は鼻をずずっとすすり、松田の元へ歩み寄った。 「でもさすがですねえ、鈴木さんのナビ。百発百中!」 と、綾部が言った。どうやら自分の居場所は鈴木が教えたらしい。 だが松田はその言葉にあからさまに眉を歪ませる。そして吐き捨てるように言った。 「あんなの、役に立つわけないだろ。黒なんかに入れたって邪魔になるだけだ」 「まだ何も言ってないですよ。…いやでも十分役に立ちますって。あんな便利な探知機、利用しない手はない」 「あいつは黒なんかに入らない!」 突然大声を出した松田。そのいつもは感じられない程の気迫に一瞬綾部はギクリと肩をすくませたが、一息つき気を取り直して笑った。 「そうですよねー、“約束”ですもんねえ。まあ、松田さんは優秀だし肝も座ってますしー」 あくまで戯けた口調を変えようとしない綾部を一別し、松田はそっと視線を土手下にやった。 佐久間と阿部はもう居なくなっていたが、松田はほっと息を吐いた。取りあえず、綾部に気付かれなくて良かった。そう思った。 「何で土手の方ばっかり見てたんですか?」 綾部は態とらしく聞いてきた。明らかに気付いている。一体いつから見ていたんだろう。 「知ってますよー。さっきまで佐久間さんとあべこうじさんが居たんですよね?そんで、白に味方するつもりでいる、と。」 黙ったままの松田に、黒い欠片が入った小瓶を差し出す。 「松田さん。“お仕事”です。もちろんやってくれますよね?」 「さっそくか……やらざるを得ねえだろ」 低い声でそう言うと松田はその瓶を乱暴に受け取り、ポケットに入れると、鈴木たちの元へ戻るために踵を返してすたすたと歩き出した。1テンポ遅れて綾部がついてくる。 すっかり人気の無くなった公園には、ブランコの軋む音とカラスの鳴く声が響いた。 そして何とか、収録には間に合った。 だが、かくれんぼを途中で抜け出した事はそれなりに責められはした。 意外と控えめな性格の鈴木はそんな周りの芸人をまあまあ、となだめていた。 砂場の細かい砂が入ってしまったポケットの中の瓶を触りながら、溜息をつく。 「うははは!すっげー砂!」 バサバサと松田の砂まみれのジャケットをはたきながら、大村が言った。それを「おりゃっ」と藤田に向かって投げつける。藤田はアフロに砂がつくのが嫌で、マジ止めろって!と逃げ回っていた。そして更に嬉しそうに追いかける大村。 あーのー、二人とも、そのジャケは俺のなんですけど。何てとても言えず、松田は楽屋中に砂が散乱するのをただ見ていた。 言わずもがなトータルテンボスの仲の良さは自他共に認める程で。松田は鈴木と仲良くしたくない訳でもなかったが、つい何時も怒鳴りつけてしまう。松田はそんな二人が羨ましくもあった。 (そうだよ、だから俺はあの約束を引き受けたんだ。あいつを黒に渡さないために…) “仕事”は必ず成功させる。させなければいけないんだ。あいつは何も知らなくて良い。これからもそうだ。 決心したように、唾を飲み込みポケットの上からギュッと小瓶を握りしめた。 |
[ピース 能力] |