456 : ◆8zwe.JH0k. :2005/12/22(木) 20:14:43
次の日も何時も通りの朝だった。 佐久間が朝早くから、何が楽しいのかルミネの周辺を一人で歩き回っていたのも、鈴木がネタを覚えられずに松田に怒鳴られていたのも、それを反省する素振りを見せないのも、相変わらずだった。 「え、何?このポーズでいいんですか?」 「はい〜、Qさん、もう二、三枚お願いしますねー」 廊下では佐久間がいつものように携帯で写真を撮っている。彼が言うにはブログに載せる為だとかで何枚も撮り溜めしているらしい。 鈴木は佐久間の要望に素直に応えて次々と「こう?」とポーズを取っている。 さて、今度はどんなポーズにしようか。と佐久間がサングラスと、どこかで見たようなエイリアンのぬいぐるみを片手に思考を巡らしていると、廊下の向こうに松田の姿を見た。 手を振りながら声を掛けようとすると、松田は立ち止まり、向きを変えあからさまに避けるように顔を逸らし階段を降りていってしまった。 その様子に佐久間も鈴木も眉を顰めた。 「…何で無視するの?」 佐久間がややショックを受けた顔をする。 「松田さん、昨日から俺にも口訊いてくれないんですよ」 「でもネタ合わせしてるんでしょ?」 「あんなの喋った内に入らないですよ!怒鳴ってばっかりで…そりゃあ俺が悪いんだろうけど…」 松田の苛々が移ったのか、鈴木も何処か攻撃的な口調になっていて、不機嫌そうに息を吐いた。 いつもの脳天気さも形を潜めている。変な髪型と、下手すれば変態扱いされかねないピンクの上着のせいで怒っていてもあまり怖くは無かったのだが。 すっかり白けてしまった鈴木はスミマセン、と小さく謝ると、誰に言うでもなくブツブツ愚痴を溢しながら早歩きで何処かへ行ってしまった。 一人廊下に残された佐久間は携帯をカバンに入れ、踵を返した。 もう自分の出番は終わっているし、今日は特にやることが無かった。阿部の仕事ももうそろそろ終わっている筈だろう。 彼が来るまで楽屋で絵でも描いていようか。鞄からお絵かきセットなるものを取り出そうとしていると、メールの着信音が鳴りだした。 メールの相手は、先程自分を思いきりシカトしたはずだった、松田本人だった。 不思議そうに首を傾げ、携帯を開く。メールを読み出した佐久間の表情が、段々と強ばっていく。 「…今すぐに…?え、どうしよう……」 口に手を当てて意味もなく挙動不審気味にあたふたと周りを見渡す。 佐久間は昨日の阿部の言葉を思い出した。困ったときは、いつでも頼ってくれればいいという言葉を。 しかし廊下を見渡したところ、阿部のいる気配はない。 佐久間は楽屋のドアを開けた。中ではピースの綾部と又吉が弁当を食べていた。お疲れっす!と笑顔で挨拶をする綾部に軽く微笑み返し、尋ねた。 「あべさん知らない?」 少し驚いた表情を見せたが、綾部は茄子の漬け物をポリポリと噛みながら少し考えて、また笑顔を見せて言った。 「んー、あべさんは…帰りました」 「えっ、え?帰ったの!?」 笑みを固まらせ佐久間が声を上げると綾部は箸の先を器用にチョイチョイと動かし、「はい」と言ってのけた。 信じられない、と言いたげに佐久間が口を結ぶ。 「どうかしたんですか」 又吉が尋ねると、佐久間は慌てて「何でもない何でもない」と首を振った。 少し心配そうに手にした携帯を見詰めていたが、悪い考えを振り払うためなのか二、三度指先で頭を叩くと、鞄を肩に掛け直し小走りで楽屋を飛び出した。 ゆっくりと楽屋の扉が閉まる。ガチャリ、と扉の閉まりきった音が響いた。 それと同時に、テーブル越しに座っていた綾部と又吉は互いに身を乗り出し、小さな声で話し出した。 「…やったな、誘き出し成功しそうだ!」 「せやな…でも佐久さんの力…厄介やで。それにもしあべさんに知れたら…」 「俺らが黙ってりゃあ問題無いって。松兄の力だって凄えし、きっと上手く…」 そこまで言いかけた途端、再び楽屋のドアが開いた。わっ!と小さく綾部が叫び、反射的に後ろに仰け反る。 ガタガタッ、と椅子を倒しつつも元の体勢に戻り平静を装うように新聞を開いた。テーブルから落ちそうになる割り箸は又吉が腕を伸ばしキャッチした。 「あれー?さっくんは?」 佐久間と入れ替わるかのようにドアノブに手を掛け、顔を覗かせたのは阿部だった。 新聞紙を折りたたみながら綾部はほっと息を吐き、答えた。 「帰りました」 思った通り、阿部は分かりやすいくらい素っ頓狂な声を出した。大方、お互いに会う約束でもしていたのだろう。 たちまち表情を曇らせ、不機嫌そうに鼻を鳴らすと、そのまま廊下を歩いていった。 再びドアが閉まる。綾部は掌で顔を覆い苦笑混じりの溜息を吐いた。又吉も先程の綾部の取り乱しようが余程面白かったのか、肩をふるわせて笑いを堪えている。 綾部が恥ずかしそうに顔を赤く染め、咳払いをした。 「祐ちゃ〜ん。何やねん今のー」 「…可哀想な子を見るような眼で見ないでください」 「新聞逆さに持っとったし」 からかうような又吉の言葉に綾部は反論できず、ますます赤面したその端正な顔を新聞紙でさっと隠した。 又吉はそんな相方を暫く面白そうに見ていたが、時折どことなく寂しげな目線をドアに向けたのだった。 佐久間が向かったのは人一人見あたらない廃工場周りの広場だった。 所々野良猫や野良犬が徘徊している不気味な場所だ。こんな所に来る人間と言えば、差詰め石の能力者たちだけだろう。 彼らが決闘するにはもってこいの広い敷地であった。 立ち入り禁止、と表示されている汚れたプレートが目に入り、一瞬戸惑ったが、思い切って鎖を持ち上げ、その下をくぐった。 上空には気持ちが悪い程のカラスが飛び回っている。 やはり、阿部を呼んだ方が良かっただろうか?と佐久間は思った。だが、心の奥底で、約束を破ってさっさと帰ってしまった阿部を許せないでもいた。 ――――頼って来いとか格好いいことを言っておきながら、あのカッコつけ! 佐久間は「よしっ」と自らを叱咤し気合いを入れ、顔を上げた。阿部が居なくとも逃げられる自信は少しだけだがある(勝つ自信はどうしても無いのだが)。 仮にいきなり攻撃してきたとしても大体の石の効果は佐久間の前で無効化される。 佐久間は松田を捜しながら奥に進んでいった。特別恐がりでもなかったがこの昼間でも殺風景な景色は、一人で訪れる者ならたちまち背を向けて帰りたくなる程で。 時折見かける猫とカラスの激しい喧嘩に身体を竦めては不安を募らせていった。 「佐久間さん、」 不意に、後ろから声を掛けられた。松田だった。今までビクビクしながら歩いていたから、急に呼びかけられては堪った物ではない。きゃっ、と短く裏返った悲鳴を上げ振り返った。 その声に向こうも驚いたのか、目を丸くして心臓を押さえている。 「あ、ごめん…なさい」 息を整え松田は申し訳なさそうに言った。 「松田さん……、な、ななな何の、ご、御用で、しょうか…?」 いつもの早口が嘘のようにどもりながら小さく身構える。いつでも逃げられるように出口側を背にした。 「黒の勧誘を断ったって、聴いたから」 松田のその一言に、佐久間の悪い予感は段々と確信に近づいていった。 「そんな事聴いてくるってことは、松田さんもしかしなくても…」 「……俺は黒の人間です。つっても、下の下…雑用ですけど」 いつもの、コント中と同じ投げやりな口調であっさりと答えられた。 「んー、つまり俺を…黒に?」 「大当たり。バッチリ大正解ですよ。思ったより物分かり良いんですね」 あっちゃー。 と佐久間は深く後悔した。 こんな人気のないところに一人で呼び出されて、それが敵の罠でない筈がない。 子供でももう少し早く気付くのではないだろうか。 「あはは…、悪いですけど俺っ…帰ります!」 こんな絶体絶命の状況でも、癖なのか無意識に声を出して笑ってしまう。いきなり背を向けて出口へ向け走り出した。 闘いを望まない佐久間は逃げるしか無かった。 その後ろで松田が念じるように目を閉じる。文字通り『砂の石』である、サンドストーンが光りだす。 地面を爪先でトントンと叩いた瞬間、水面に石を落としたかのように地面が波打ち、廃工場の敷地内に強い地震が起こった。 屋根の上に留まっていたカラスが一斉に飛び立つ。錆び付いた建物からはペンキの塗装が剥がれ落ち、コンクリートの一部が崩れた。 立っていられないほどの揺れに佐久間はバランスを崩し、尻餅を着く。その目の前でメリメリと地面が裂け、分厚い尖った岩が突きだした。 偶然か、はたまた松田の狙い通りなのか、その先端に丁度良く鞄が引っ掛かり、轟音と共に高く巻き上げられる。佐久間は伸ばしかけた手を引っ込めた。 危うく自分まで串刺しになるところだった。驚いて尻餅を着いたままの体勢で後ずさりする。 「それを俺が許すわけ無いでしょ?」 顔を上げると松田が見下ろしていた。やる気があるのか無いのか解りかねない、普段と同じ面倒くさげな声色。逆光でその表情は分からなかったが、多分、笑ってはいないだろう。 (やっぱり……来るんじゃなかったぁ〜…!) 助けを呼ぼうにも、携帯の入った鞄がとてもに高い所にある所為で出来なかった。 俺の馬鹿!佐久間は心の中でそう叫んだ。 「力ずくは嫌いですけど、この際仕方ないですから。それが嫌ならー…うーん、死ぬ気で抵抗しやがれ、としか言えないですね」 「ち、ちょっと待って待って!ホントーにちょっと待って!」 松田は聞く耳持たないといった感じに、つん、と顔を逸らす。手から細かい砂が出現し、生き物のように宙を舞った。 |