13 : ◆8zwe.JH0k. :2006/01/21(土) 13:58:29
「おかしい、おかしい、絶対にお・か・し・い!」 携帯の液晶画面をこれでもかとガン見しながら、阿部は頬杖をついた手を反対側に変えた。 約束を破って帰ったと思いこんでしまった阿部は腹を立てて楽屋の椅子に座っていた。 だが暫くするとさすがに頭のほとぼりも冷めてきたのか、冷静に思考を巡らせ始めた。 あの彼が何も言わずに勝手に帰るなんて、そんな不躾な真似をするだろうか?今までも「ザリガニの子が生まれそうで〜」とか「子どもたちの餌買わなきゃ〜」とか、(言っちゃ悪いが)どうでもいい理由までいちいち言ってきていたものだ。 第一、待ち合わせの約束を持ちかけてきたのは佐久間の方だ。 まさか…。阿部は携帯を取り出し、佐久間の携帯へ電話を掛けた。20回ほどコールを鳴らしても一向に出ない。 今度は家へ掛けた。だが、こちらもやはり出る様子はなかった。 嫌な予感が振り払えない。 「分かるか…?」 携帯に簡単に取り付けた自らの石を撫でるように摘み、静かに呟いた。 透き通るように青く美しい石は主人の語りかけに反応し、淡く瞬いた。 「………さっくんのピンチ!」 そう思った。思わずにはいられなかった。椅子を倒す勢いで立ち上がる。 根拠は無い。妙な胸騒ぎだけがただ一つの理由だった。それでも、頭の中には確信にも似た何かがあった。 阿部は何とか佐久間の居場所を突き止めようと、楽屋を飛び出した。 意外にもその方法は直ぐに見つかった。 「え?人捜しっすか?ならあいつに頼めば良いと思いますよ」 「あいつって?」 「あ、知らねえっすか。ハイキングのQ太郎がそういう能力なんですよ」 そう言うや否や、藤田は隣の楽屋へ鈴木を呼びに行った。 ああ、あいつね。と阿部は心の中で呟いた。 (意外と多いんだ、石の能力者って。黒も白も入り乱れてるらしいし…となると、この闘いもまだまだ続くなあ…) 「あべさん、誰か探してるんですか」 いつの間にか目の前には鈴木が立っていた。先程まで寝ていたのか、髪の毛先がまた何ともおかしな方向へ向いていた。 相変わらず濃い顔だ、と思いながら阿部が口を開いた。 「ん、ちょっと佐久間さんをね」 心の内を悟られないように軽く笑みを作る。僅かだが俳優としての仕事もしていた事もあってか、本当に何でもないような上手い作り笑顔だった。 鈴木は疑いを掛けることなく「良いですよ〜」と承諾し、目を閉じて佐久間の石の気配を探知し始めた。 彼の服と同じピンク色の小さな石が不規則にチカチカと光ると、鈴木の頭の中に地図のようなものが広がる。 「あっ、見つけました」 ふっと目を開け、得意げに笑う。そして、佐久間の居場所を阿部に伝えた。 「佐久間さんは、………」 綾部はトイレに行こうと廊下を歩いていた。丁度曲がり角へ差し掛かった所で、人とぶつかりそうになった。 咄嗟に身を捻って避けたものの、突っ込んできた相手は謝りもせず…と言うよりも、一切見向きもせず走り抜けて行ってしまった。 綾部は顔をムッと顰め、怒鳴りつけてやろうとその人物の後ろ姿を睨み付けた。 「んっ…?」 途端、綾部はキョトンとした。既に階段を降りていったが、それは間違いなく阿部の姿だった。 あの阿部があんなにも慌てているなんて、珍しい。 と思ったが、深く考えず首を小さく傾げると再び歩き出した。 「あっ」「お?」トイレの中には鈴木がいた。お互い軽く会釈する。 少し間をおいて、鈴木が話しかけてきた。 「さっきあべさんとぶつかりそうになったでしょ。ね、当たってる?」 「アタリです…それも能力で?何か監視されてるみたいで怖、…嫌だな」 鏡越しに会話する。ワックスを取り出して少し疲れた髪型を整えた。 やはり鈴木が白に入るような事があると、黒にとっては分が悪い。何しろ彼がその気になれば黒の動きなんて筒抜けなのだから。 いつだったか自分が松田を黒に誘ったとき、彼はこう言った。「相方に何も言わなければ、手伝ってやる」と。 嫌だと言えば即こてんぱんに叩きのめされそうだったから、その時は思わずハイと答えてしまったが―――。 (…でも、いつか『白』に取られるくらいなら…、今…) 横目で鈴木を見、恨まれるのを覚悟で、思い切って向き直った。 「あの、Qさ…」 「あべさんも大変だよねぇ」 思いっきり声が被さってしまった。綾部は出かかった言葉を飲み込んだ。 「はあ、何かあったんですかね。あんなに急いで、…知ってるんすか?」 「ああ、人捜しの手伝いしたんだよ。かくれんぼ以外で力使うの初めてだったなー」 鈴木は嬉しそうに言った。 ―――人捜し………。『人捜し』? はっ、と息を呑むと身体から血の気が引いていった。 一瞬にして身体が石化したように感じた。 「誰ですか」 「え?」 「誰を捜してたんですか!?」 今にも掴み掛かってきそうなその剣幕に、一瞬戸惑う。 「誰って……佐久間、さん…」 綾部は驚愕の表情を浮かべた。そして弾かれたように廊下へ飛び出していった。 名前を呼ぶ鈴木の声が小さく聞こえた。 (…手、洗わねえのかよ…) 一人残された鈴木は、綾部の不審な行動に気付きもしなかった。 綾部は走りながら、考えていた。 何で分かったんだ?友達だから?そんなドラマみたいな展開、あり得ないだろ。 阿部のこの動きは、きっと綾部も、又吉も、誰もが予想できなかった出来事。 楽屋のドアを乱暴に開け、息を切らしながら叫んだ。 「ま、またきち!またきちーっ!!」 「何やねん、便所にゴキブリでもおったんか?」 「万に一つも起こらないようなことが起こった!」 「……は?」 何度目になるだろう。隕石の如く飛ばされてくる岩石のつぶてを、フワフワのシュークリームに変化させる。 変化させきれなかったものは頬をギリギリで掠め、鉄筋やコンクリートに衝突し、砕けた。 ピン芸人佐久間一行、HP:そこそこ。MP:ピンチ。絶体絶命だ。 「逃げてばかりじゃ意味無いでしょ。もう諦めたら?」 対する松田はまだまだ余裕だ。確かに、運動能力に自信があると言っても、猛スピードで向かってくる岩を避け、また能力を使い続けるのには限界があった。 かといって、攻撃系の能力…しかもその中で最も強いとされる四大元素の力の内の一つ、『土』を操る石とあっては、まともに突っ込んで勝てる訳がない。 佐久間の心の動揺に反応し、エンジェライトの光も段々と弱くなる。 「ああ〜もぉ頼むよ…まだ消えるなって…」 小さな声で呟き、石を握りしめる。 「噂には聞いてたけど、随分面白い力だなあ…。微妙に精神的にもダメージ来るかも」 松田が独り言を言いつつそこら中に散乱している大きなシュークリーム(元々は岩だったが)をもったいなさそうに眺め、脚で蹴った。 「あ、あべさんが助けに…っ」 「来ないと思う。綾部がちょっとしたイジワルしてるから」 目を伏せる。 「佐久間さんさぁ、あべさんが帰った、って聞かされたでしょ?」 「うんうん。……もしかして…」 「嘘吐いたんです。ホントは帰ってなんかない。…多分、あべさんにもあなたと同じような事言ったと…」 と、言うことはだ。阿部は自分を置いて帰ったのではなく、それは綾部の吐いた嘘だということ。 佐久間は腕を組み、空を見上げて頭の中を整理した。 ――――じゃあ何だ。俺が綾部の言葉を鵜呑みにしただけだったのか。なんだ、あー良かった。 …いや、良くはなかった。同じ事を阿部にに言ったということは、きっと向こうも佐久間が帰ったと思いこんでいる筈。 これはもう、助けを期待しない方が良さそうだ。 頼る人は此処には居ない。自分だけの力で何とか切り抜けなくてはいけない。 いつも遊んでいるヒーローごっこと同じシチュエーション。まさかこんな所で実体験出来ようとは…。 (…俺の石で、何とか松田さんの石浄化できねーかな) ふと、そんなことを思いついた。 相手は石を手に持っているし、思い切って突っ込めば案外上手くいくかもしれない。 松田の一瞬の隙を突いて、飛び込んだ。今まで逃げていた佐久間がいきなり向かってきた事に驚き、今度は松田が尻餅を着いた。 慌てて石を反対の手に持ち替え、片手に砂で固めた刀を瞬時に作り出す。 佐久間が手を伸ばすとほぼ同時に喉元に切っ先を突きだした。 「ひゃあっ!!」 刀を見た佐久間は短い悲鳴を上げ思いきりブレーキをかけると、 「たは〜、無理だコレ」 ぐるりと180度向きを変えて逃げ出した。 ―――しっかりしろ、どういうつもりで逃げてんだよ。 ―――逃げろ逃げろ。捕まったら殺されるよ。 頭の中で二つの、正反対の声がする。コレが俗に言う天使と悪魔の声。 どちらが天使なのかは分からないが。 さっとコンクリートの壁に隠れ、そのまま背を預け力なく座り込んだ。少しだけ顔を覗かせる。 松田が立ち上がっているところだった。手には砂剣を持っている。目が合う前に頭を引っ込めた。 ―――昨日と同じように、助けに来てくれるだろうか?あのカッコつけ男は。 「どう、思う?」 すっかり頼りなく弱々しい輝きになってしまった石に語りかける。 もし完全に光が消えてしまうと、自分を守るものは何もなくなってしまう。 擦り剥いた膝を抱え、今度は誰に向かってでもなく呟いた。 「本当は約束破って帰るような人じゃないんだよ…あの人は…俺、知ってた筈なのに」 人を疑う事を知らない佐久間にとっては、あまりにも厳しい現実だったのかも知れない。 土埃や泥で汚れてしまった服や顔からは、既に『潔癖性』の欠片も感じられなかった。 ―――(此処にいたら危ない!) 頭の中で妙な声が聞こえた途端、考えるより先に身体が動いた。トランポリンのように地面が大きく揺れる。 もたれかかっていた壁に亀裂が入り、真ん中から崩れ落ちた。巻き上がる砂に咳き込む。 いち早く危機を察知できる力を持つエンジェライトのおかげで、間一髪でコンクリートの下敷きになることだけは免れたが――。 地面の波紋が此処まで届いたということは、松田が近くにいるということだ。 岩の影できっとまだ自分の姿を見つけられていないのだろうが、一つひとつ石壁を、それこそ積み木を崩していくように壊していって、何もない平面の広場にすれば良いだけだ。 ちょー怖え!どうしよう。どうしたら此処から出られる? 「わっ」 逃げなければ、と立ち上がろうとした瞬間、足がもつれた。 何か細い糸の様なものが足首に引っ掛かかった感触。そして、ヒュッ、と空気を掠める音がしたのを確認する間もなく、高速で飛んできた何かが、佐久間の頬をギリギリで掠め、ブロックの壁に突き刺さった。 |