あべさく編 [7]


562 : ◆8zwe.JH0k. :2006/05/14(日) 22:55:21 

阿部と佐久間は再び松田と対峙していた。 
ご丁寧にさっきの場所で待っていてくれたようだ。 
「俺に勝てそうですか?」 
と、松田が尋ねた。 
「うん、秘密兵器があるから。じゃーん」 
「…水鉄砲?」 
「お前の石、水に弱いんだろ」 
阿部が持っているのは拳銃型の水鉄砲だった。 
少し大きめだが、紫色のスケルトンで、子どもが遊んだ後捨てていった物だと思われる。 
「そんなオモチャで…ふざけないでください!」 
地響きが起こる。 
だが慣れてしまったのか、もともと運動神経が良かったことも幸いし佐久間達は今度は簡単には転ばなかった。 
松田が地面を足で蹴ると、周りの崩れた塀が洗練され、野球ボールほどの大きさの石飛礫になった。 

「背中は任せて」 
佐久間と背中合わせになり、水鉄砲を構える。 
石の飛礫が襲いかかった。 

余裕綽々だと言うことをわざとアピールしているのか、
「ばあーんっ」と擬音を口ずさみながらジェット水鉄砲を発射させる。 
水圧に押し負け、飛礫は悉く跳ね返された。 

「いっ…!?」 
決まった、と胸を張った瞬間、後頭部に衝撃が走った。 
阿部は声にならないうめき声を上げ、苦痛に眉を顰めてしゃがみ込み、ズキズキと痛む頭を両手で押さえ込んだ。 
涙目で「何やってんの!?」と振り向くと、自分と同じように佐久間も頭を抱えて座り込んでいる。 
彼の場合は、向かってきた飛礫から頭を守ろうとして咄嗟に体勢を低くしてしまっただけなのだが。 
「何で避けてんの!?」 
「すいませ〜ん、水鉄砲当たらなかったもんで…」 
確かに佐久間が水鉄砲を撃った形跡として近くの塀が濡れている。だがそれはどれも見当違いの方向であった。 

「ば…っ、…だあ〜っ!一旦退散!」 
馬鹿、と叫びたいのを必死に堪えると、大げさなアクションで佐久間の腕を引っ掴み、脱兎の如く逃げ出した。 

岩を貫通する水鉄砲。 
その奇妙な武器に松田は目を丸くさせた。だがそれよりも、 
「喧嘩してる場合かよ…」 
呆れたように呟く。今の射撃の下手さを見ると、どうやら佐久間は本当に足手まといでしか無いようだ。 
一方的に怒る阿部と緊張感のない佐久間。 
一人だとそこそこ強い筈なのに、二人セットになるととんだ凸凹コンビだな、と思いつつ、
この二人相手なら力づくで黒に入れられることが出来るだろうと思い始めた。 


----たったったったった……どさっ。 
小さな地割れに足を突っかけ、派手に転倒した。 
砂埃が舞い、目の中に入る。 
口の中は細かい砂利でザラザラし、吐きそうなくらい気分が悪い。 
「まずいな…」 
佐久間を引っ張り起こしながら、阿部はそう思った。 

いくら能力で噴射力を強化復活させたとはいえ、もとはオモチャの水鉄砲だ。 
水を溜めておくタンクはすぐに空になる。無駄な乱射は出来ないと言うことだった。 
それよりも気になったのが松田の力が殆ど衰えていない事実だ。 
阿部が来る前から佐久間と松田はお互い派手に石の力をぶっ放していた。 
あまり走ったり移動したりしていない事を差し引いてもそろそろ疲れが見えてもおかしくないはずだが、
これではとんだ計算外だ。 
コレが黒い破片の補助能力という訳か。畜生。 

ズズン、と地雷でも爆発したのかと思うほどの衝撃で地面が縦に揺れる。 
水鉄砲を落としそうになり、慌てて空中でキャッチしたところをバランスを崩して、二人はまた倒れ込んだ。 

「随分リアルな戦隊ごっこじゃねえの…無事ですか?佐久間隊員」 
下らないジョークを言う元気は残っているようだ。 
昔の漫画のように交差するように佐久間にのし掛かられ、阿部はしゃがれた声で悪態を吐いた。 
走り疲れたのか起きあがろうともせず、ふにゃりと力を抜いたまま地面にうつ伏せのまま転がっていた。 

ひやり、と夕方の涼しい風が吹き、頬を撫でた。 
途端、ずっと背中にのし掛かっていた佐久間が、むくっと起きあがった。 
背中の上で膝を立てられたものだから、溜まらず阿部も「ぐっ」と変な声を出す。 
どけっつーの!と叱り付けようと顔を振り返る。 
「…さっくん?何見てんの」 
ジト目で睨み付けるが、佐久間はこちらに目を向けることなく言った。 

「あべ隊長。もしかしたら出来るかもしれない」 
「何が」 
「ハッピーに平和解決」 

何かを見つけたのか、向こう一点を見詰めている。 
佐久間がスッと指差した方向を見た。眉間に皺が寄っていた阿部の表情は一瞬で間抜けたものに変わる。 
少々の間の後。 
佐久間がパッと笑顔を造り見下ろしてくると、阿部も困ったように口元を上げて笑い返した。 



「逃げるのだけは天下一品だな」 
こんなとき鈴木に電話で聞けばすぐに見つけられるのだが、松田はそれをしようとしなかった。 
相方だけは、白や黒の事情にちょっとだけでも関わらせることをしたくなかったのだ。 
キョロキョロと辺りを見渡していると、 
後ろから甲高い声が聞こえた。佐久間の声だった。 
振り返ると、後ろの建物と塀の間を緑色のジャージの男がサッと通り抜けたのが分かった。 
追いかけると、佐久間が振り向いた。そして、グン、とスピードを上げていく。 
追う方も思わず本気になった。 

ふと気付いた。 
阿部の姿が見えない。その上、まるで何処かに誘われているようで…。 
おかしい、と思うのが遅すぎた。 


ピタリと佐久間が立ち止まる。振り返ったその顔は少年のような無邪気な笑顔だった。 

「さて、ここなら〜思いっきり遊べるかな〜♪ねえ、あべさん」 
「ナイスさっくん!焼き肉奢ってやるよ」 
倉庫の影から阿部が軽いステップで歩いてくる。 
―――わざわざ自分たちに不利な広い場所に誘い込んで、一体何をする気だ? 
松田のその疑問はすぐに解決される事になる。 
「みんな、集まれ〜!」 
佐久間がチョイチョイと手招きすると、小さな子どもたちが10人から湧いてきたのだから。 
これには松田も呆気にとられた。 
「な、何を…?」 
「戦隊ごっこ」 
意味が分からなそうな顔の松田を一瞥し、阿部はふふん、と笑うと水鉄砲を構えてこう言った。 

「いい?これをあのお兄さんに向かって撃つんだよ!」 
「なっ…!ちょ、ちょっと待っ…」 
「「はーい!」」 
無垢な子どもたちの可愛らしい返事が響く。 
高々と上げられたその小さな手には、あのジェット噴射の水鉄砲が握られていた。 
「悪者を捕まえろ!」 
“あべ隊長”の声が高らかに響いた。