あべさく編 [8]


888 名前: ◆8zwe.JH0k.   Mail: sage 投稿日: 08/03/05(水) 20:47:55 

「すげーあべさん、すげー格好いい!正義の司令官みたい!」
「はーいはい佐久間隊員、ちゃんと任務を全うして!」
ヒャー!とはしゃぐ佐久間の頭を水鉄砲で軽く叩く。

「このまま松田のやつを捕まえて黒のこと全部吐かせてやろうぜはっはっはっはぁ!」
「あべさん、外道ー!」
佐久間はノリでツッコミつつ、引きつった笑いを浮かべた。
阿部は本気かどうか定かではないが、端から見れば世間で言うところの「ええ声」も手伝って余計に怖い。


「くっそー!何が正義だ!あの人絶対鬼だろ!」

先程と立場が完全に逆転して、松田は逃げ回る。
まさか子供を使ってくるとは思わなかった。
いくら手段を選ばない黒でも、何も知らないいたいけな少年少女を傷つけるほど人間は腐っていない。
この場合手段を選んでないのはあべさくの二人だが。
このまま夜になるのを待つのが良い策だ。
だが相手はかくれんぼ鬼ごっこ大好きな子供10人+いい歳の大人2人。
初めはブロック塀や倉庫が並んだこの場所も、サンドストーンの力によって壊され、
格段に辺りが見渡しやすくなっている。つまり、夜までに見つけられる確率が高い。
ついでにあの水鉄砲で一度でも撃たれたらお終いだ。
冗談じゃない。

のほほんとしたあの二人にのほほんとやられるのは何か嫌だ!凄く不満だ!


「松兄…松田さん!」
何処かから声がした。




「綾部か?」
高いコンクリートの塀が途切れ、代わりに有刺鉄線のフェンスが張り巡らされている。
そのフェンスの向こう側から、綾部と又吉が頭上で大きく手を振っていた。
「どうなってんだ!あべさん来ちまったじゃねーか!」
フェンスにしがみつきたい気持ちを抑えて、松田が叫んだ。
「ああーコレには深いドラマチックな訳がありまして…」
「もうね、映画みたいな話ッスよ!こんなことってマジであるんですね!」
何故か妙に興奮している綾部に、ドラゴンを出すお前が言うな、と又吉が項垂れる。
「本当ありえないよ、あべさん子供10人くらい引き連れてんだよ!?」
「鬼ですねあの人。だからここは引き上げましょう。分が悪すぎる。とりあえず佐久間さんの件は白紙に戻します」
「じゃあ、鈴木さんには何もしないんだな」
松田はすかさず何も知らない鈴木の名前を出す。
今逃げて、後になって「任務失敗したから」といちゃもんを付けられて鈴木を黒に奪われるかも知れないと思ったからだ。



「えっ……。…あ、はい…今回は、仕方ないと言うことにします」
一瞬驚いた後、又吉は少し考え、苦虫を噛み潰したような表情で渋々了承した。
そして、そっぽを向いて小さく舌打ちをした。
松田は頭がよく回る。
都合の良い怪しい話には容易く引っかからないようだ。

「じゃあ、龍でこのフェンス突き破ります」
綾部が石をかざした。
幸いここには十分すぎるほどの土があった。
これなら有刺鉄線を破ることが出来るくらいの龍を作り出せる。目を瞑って精神を集中させ、頭の中に龍の姿を鮮明に思い浮かべる。
ふっ、と石(エレスチャル)が輝き始めた瞬間だった。

「見つけたぞ!!」

阿部と佐久間が砂埃を上げて駆け込んできた。
「やばい」と松田が振り向く。
いきなりのことに精神が乱されて綾部の石の輝きが一瞬だけ怯んだ。




阿部は綾部と又吉の姿を見て、ぎゅっと眉を寄せた。
「やっぱりお前ら…」
その声には怒りが含まれている。無理もない。
阿部と佐久間を陥れたのはこの二人だったからだ。
全てを察した阿部が、隣でまだ「?」を浮かべている鈍い佐久間に仕方なしに状況を説明する。
話を一つずつ理解していくにつれて、佐久間の周りの雰囲気が次第に変わっていく。
明らかに、怒っていた。

説明を聞き終わったのか、佐久間は阿部から一歩離れてふうと溜息を吐いた。
両手を腰に当てて、考え込むように眉を顰める。そして、
「ああー何か急にお腹空いてきたなー」
佐久間は何を思ったのか、そんなことを口走った。
「え?」
松田と綾部と又吉はぽかんと口を開ける。

「等身大のでっかい人形焼きが食べたいなー」




聞こえよがしに佐久間は再び、さっきよりも大きな声で(説明付きで)言った。
「………あの」
三人の顔がみるみる青くなる。

「あれれ?ちょうどこんな所にいい材料が!」
芝居がかった口調で態とらしく人差し指をピースの二人に向ける。
「まさか」

「…人形焼きにされたくなかったらどっか行け!!」
次の瞬間、佐久間は見たこともない形相で怒鳴った。
いつだったか、彼の前で下ネタをうっかり口走ってしまったときにキレられた事がある。
その3倍は迫力があった。
ここまで大声が出る物なのか、と綾部はたじろいだ。
だが落ち着け。
あいてはあの平和主義の佐久間だ。
いくら怒っているからといって、石の能力は所詮攻撃系でも強化系でもない弱小の物の筈。
綾部は怯えるフリをしつつ背中にこっそり回した手に持った石を握り、意識を集中させる。



石が淡く光る。
ゴゴゴ、と地響きを立てて佐久間の背後に土の龍が姿を現した。
びきびきと岩の肌をくねらせ、龍が佐久間めがけて襲いかかる。
佐久間は逃げるどころか人差し指をチョイと龍に向けて翳す。

---つたわれ。

静かな声と共に指先から発した光が龍を包み込む。
龍の雄叫びが小さくなり、綾部が「嘘お!」と驚愕する頃にはその巨体は一匹のトカゲに姿を変えていた。
ちょろちょろと逃げ回るトカゲは、あっというまに草むらの影に隠れてしまった。
「こっちもつたわれ!」
間髪入れず佐久間はいきなり綾部と又吉に向き直ってキーワードを唱えた。
有無を言わせず掌からポンと発射される光。
---人形焼きにされる!
佐久間の目は本気だ。
本気で人形焼きに変えて頭からむしゃむしゃ食べる気だ。




さすがに命が惜しいのか綾部と又吉は転がるようにばたばたとその場から逃げ出した。
放たれた光はフェンスに当たって消えた。
「……!」
松田は目を丸くしてその場にへたりこんだ。

「松田。もう観念しろ、さっくんマジで怒ってるからさ、抵抗しない方が身のためだぞ」
一部始終を見ていた阿部が松田に近寄る。
「あれ?子供は…」
「帰したよ。一般のちびっ子を巻き込むわけにはいかないだろ。……つーか黒の目的とか、マジでなんなの?」

阿部がしゃがみ込んで目線を合わせてくる。
本格的に取り調べる気か。
松田は視線をあちこちに動かし、どうするべきか悩んだ。
ピースの二人を追い返すほどの力があるのなら、この人達に頼っても良いかもしれない。鈴木の事も何とかしてくれると、そう思い始めた。




「あべさん」
「何?」
「…俺と鈴木さんを助けてください!」
「…ん?ん?ん?」

いきなり地面に手を突いて土下座してきた松田に、阿部は目をぱちぱち瞬かせた。
物分かりは良い方だと自分でも思うが、如何せん唐突すぎる。
「俺ひとりじゃこれ以上鈴木さんを庇いきれません。力を貸してください」

必死なその声は演技では無いと直ぐに理解した。
戸惑いながら阿部が「わかった」と言うと、松田は少し安堵を含んだ表情で顔を上げた。

「俺、なんとか黒から抜けてみます。その時には黒のこと…少ししか分かりませんが、また話します」
「ああ、そう…。うん、取りあえず良かった!」
何だかよく分からないが、松田が心変わりしてくれたことは確からしい。
阿部と佐久間は顔を見合わせて笑い合った。




「あーのぉー…松田さん?」

頭上から声が振ってくる。
見上げると、気持ち悪い顔と長い髪が見えた。
鈴木が申し訳なさそうに立っている。
「あれ?Qさん!」と佐久間が言った。
「全然帰ってこないから心配で…ちょっと来てみました。いや?俺にナビ能力があって良かった!」
鈴木は場違いに明るい声を出して笑った。

あ、このフェンス邪魔ですね。と鈴木が指先で押しただけで、固い筈のそれは脆くパキパキと崩れる。
同時に広がる甘い匂い。
粉になったフェンスの一部が髪や指に糸状になってまとわりつく。
微かに漂う甘い匂いはその糸からするものだった。


「あ、なにこれ、美味しい!」

思わず指先を舐めてみた鈴木が歓喜の声を上げる。
佐久間の石の光を受けた有刺鉄線の危険なフェンスは黄金に輝く飴細工になっていた。

「何で美味しいの!?何コレ!すげえ!ええ!?」
鬱陶しく騒ぎ立てる鈴木を見て、三人は一斉に吹き出して笑った。