324 :お試し期間中。 ◆cLGv3nh2eA :2005/11/14(月) 01:44:58
深い溜息の後、今野は持っていた携帯を壁に投げつけた。
「信じてたのに…何だよ!」
夜だということも忘れて大声を上げる。パンッと何かが弾ける音がした。
床に転がった携帯がショートしたらしい。少量の煙と共に焦げ臭い匂いが室内に漂った。
ストラップの石が持ち主の心の動揺を察したかのように、不規則な瞬きを繰り返している。
「あの時も、あの時も!皆して俺達を騙してたってのかよ!!」
まだ石を持っていなかったころ。力を持った石を巡る争いついて訊ねた時の、
周りの人間の自分達への態度を思い返して更に怒りは増した。
部屋の窓がくもり始める。室内の湿度が急激に上昇していた。
ショートして煙を上げる携帯についているストラップの石が、
今野の怒りに触発されたかのように強い光を放ち出した。
「こんな石の所為で、皆がおかしくなったんだ…俺達の事務所が…」
ガラス窓のくもりを手で拭う。集められた水滴が一瞬にして窓に凍りついた。
「あんまり怒らない方が良いよ。人間誰だって力を手に入れたら変わるものさ」
今野が見ていた窓とは反対の方向にあるドアのあたりから、突然声が聞こえてきた。
「…プロデューサーさんからお届け物です」
驚いて振り向いた今野の足元に走り寄って来たのは、彼の愛犬だった。
嬉しそうに尻尾を振る愛犬を抱き上げ、今野は目の前の人物に視線を移す。
「あ…どうも」
空間にぽっかりと空いた穴の縁に腰掛けていたのは、大柄な男のシルエット。
「これ、家宅侵入になっちゃうんだけど…電気ついてなかったから。
とりあえず犬だけでもと思って、と男は今野の胸に抱かれている愛犬を指差した。
「わざわざ有難うございます。あの、電気…」
「あ、つけた方が良い?真っ暗じゃ君の愛犬が無事かどうか確認できないか」
冗談混じりにそう言いながら男はドア付近の壁にあったスイッチを入れた。
「土田…さん?」
明るくなった室内に居たのは、先輩芸人の土田だった。
「あなたも黒だったんですね」
突然室内に現われた人間に、普通なら疑問や恐怖を感じる筈だが、
お笑いの先輩であり今頼りにすべきグループの人間となれば話は別だ。
「プロデューサーさんからの伝言。『辛いかもしれないけど、黒は君らの味方だよ』だって」
「…有難うございます」
事務所の先輩に裏切られ、孤独感を覚えていた今野にとって、
先輩の優しい言葉ほど有り難い物はなかった。
無事を確認した愛犬をゆっくりと床に降ろすと、今野は土田に質問をした。
「俺、これからどうすれば良いんですか?」
設楽の言葉を純粋に受け止め傷ついた今野の心に、黒いユニットに入ることへの迷いは無かった。
「さっきも言ったとおり…力を持つと人間は変わる。変わってしまった彼等は君を裏切った」
土田の言葉を聞きながら、今野は強く拳を握り締める。
「力を奪ってしまえば、また正気を取り戻すかもしれない」
その言葉を聞いた彼は、真剣な目つきで土田に言った。
「皆から石を取り上げれば…元に戻せるんですか?」
「でも、そうするとなると君は彼らと戦わなければいけないよ?」
同じ事務所の先輩である彼らと、と土田は念を押す。
「それで皆が戻るなら…」
今野は床に転がっている携帯を拾い上げた。
「皆が石の力の所為でおかしくなったのなら…俺はこの石の力で皆を元に戻す!」
壊れた携帯からストラップを外し、石をしっかりと握り締める。
「分かった…此方も、できるだけ協力させてもらうよ」
彼の決意を察した土田は、そう答えるとゲートを開いた。
「それじゃ、プロデューサーにそっちの事務所の件に協力するように言っておくから、
何か決まったら連絡するよ」
「お願い…します」今野は軽く会釈をしてゲートが閉じるのを見送った。
一人と一匹が取り残された室内は、しんと静まり返っていた。
ぼんやりと立ち尽くしたまま掌の石を眺める今野の頭の中には、石の噂が広まる前の楽しかった時期。
のんびりとした雰囲気の人力芸人達の笑顔が浮かべられていた。
「俺は、皆を取り戻す…」
そう呟いた今野は、妙な音に気付き視線でその音を追った。
それは椅子を使って器用にテーブルに上った愛犬が、
冷えきった肉まんを美味しそうに食べている音だった。
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