アメザリ編 [2] ※流血シーン注意


237 名前:お試し期間中。 ◆cLGv3nh2eA  投稿日:04/11/19 03:44:07

両者は数メートルの距離を置いて対峙していた。
平井も短髪の男も、お互い武器を構えて相手の出方を窺っている。

「って、こないなとこで堂々と…お互い目立つ能力やないか!誰かに見つかっても知らんぞ」
柳原は肝心なことを思い出し、慌てて辺りを見回した。
幸いなことに、そこは人通りの少ない道だったため周りに一般人の姿は見当たらない。
だが駅の近くということもあり近くには大通りも通っている。
長居すればそれだけ目撃される危険が高い。
「誰かに見られたら面倒なことになるで!!さっさと蹴り付けて逃げたほうがええ!!」
柳原は邪魔にならないように数歩平井から離れ、急ぐように促した。
長髪の男の方も、数歩下がって二人の様子を見ている。

「言われなくとも、さっさと終わらせてあげますよ」先に動いたのは短髪の男の方だった。
手にした紅の剣を振り上げ、平井に向かって思い切り振り下ろす。
「お…っと」平井は後ろへ飛び退きその切っ先を避ける。風圧を感じたが、完全に避けきった筈であった。
「そう簡単にやられるようじゃヒーローにはなれへんで」
にいっと不敵な笑みを浮かべた平井は、頬を伝う生暖かい感触に気づいた。
「…って、あれ?何やこれ」
頬に手をやり指についた液体を舐めると、それが自分の血であることに気づいた。
「ぼけっと突っ立っているだけだと、あっという間に血塗れになっちゃいますよ?」
短髪の男は血の気のない青白い顔で言った。右手には変わらず紅い剣が握られている。
「平井ぃ!そいつの剣、よう分からんけど伸び縮みするみたいや。舐めて掛かると痛い目みるで!!」
少し下がったところでその様子を窺っていた柳原の目には見えていた。
剣は鞭のように撓り平井の右頬を薄っすらと傷つけていたのだった。
「そう言う大事なことは早く言って欲しいわ…」平井はそうぼやくとぐいと袖で血を拭い、
改めて手元の植物に力を送る。
植物の根らしきものはまるで意志を持っているかのようにうねり、長い鞭のような形を作り出した。
「目には目を…そっちが血の鞭ならこっちは蔓の鞭や。ほんなら今度はこっちから行かせてもらうで!!」
平井が手を動かすと鞭の先が鎌首を擡げた。
「さぁ、これをどう避けるんや?」
蔓は獲物に襲い掛かる蛇のごとく、短髪の男目掛けて襲い掛かる。
鞭の先が男目掛けて振り下ろされた。
男は無表情のまま鞭を剣で受け流し、勢い余って鞭は地面へと叩きつけられる。

「どうしました?こんなんじゃ俺に勝てませんよ?」
男は剣を垂直に構えると、地面に横たわる蔓に思い切り突き立てた。
蔓に刺さった剣は地面へと貫通し、アスファルトに鞭を縫い付けてしまっている。
「やばっ…抜けへん」
植物の強度を上げる為、鞭状に編みこんだのが仇となってしまった。
引きちぎろうにもその強度は人間の手で切れるほど弱くはない。
「そんなん次ぎ作ったらええやないか!!よそ見しとる暇ないで!!」
相方の鋭い檄に顔を上げると、男が新たに作り出した剣で切り掛かって来る所だった。
「何をよそ見してるんです?」男は無情に剣を振り下ろす。
「っの…アホが!!」柳原が見兼ねて飛び出そうとした瞬間、
ガッと鈍い音が響き男の剣が止まった。
「ふー…危ない危ない。もう少しで開きになるところだったわぁ」
寸でのところで植物を盾状にして出現させることに成功し、男の剣を受け止めていた。
こんなときでも暢気な相方の台詞に柳原は思わずツッコミを入れる。
「何や心配させよって!!命かかっとるんやで!?もっと真剣にせぇ!!」
背後で喚く相方をよそに、平井は男に話しかけた。
「悲しいモンやなぁ…笑いを追及してる芸人の俺らが、こないな真剣勝負せなあかんのは何でやろ」
平井の手元の植物の塊は、男の剣をずぶずぶと飲み込んで行く。
「なぁ?お前ら黒いユニットは芸人にとって…いや、
人間にとっても一番大切なモンを忘れてしもたんかいな?」
「大事なもの…」言われて男は微かな反応を見せる。
武器を止められては男も離れることは出来ず、
平井にあまり戦う気がないのを感じ取りその問いかけに答えた。
「俺にはそんなことはわかりません…ただ、之だけは言えます」
無表情だった男の顔に辛そうな表情が浮かべられ、
一瞬斜め後ろに佇む長髪の男を見遣ったのを平井は見逃さなかった。
「ほんまはお前ら…」こないなことやりたくないんやろ?
…そう言い掛けた平井の言葉を遮り、
「俺はやらなきゃいけない。命令に逆らうわけには行かないんだ…っ!!」
男は決意のこもった声で叫んだ。

次の瞬間、メキと木の裂ける音が聞こえた。
次いで男の腕が左斜め下へと振り切られたのが平井の目に映った。
肩から腰に掛けて、斜めに鋭い痛みを感じる。
「はは…やってもうた」平井は自分の甘さに苦笑した。
流れ出す血液と共に、力が抜けていく感じがする。
全身の力が抜けて、ガクンとその場に崩れ落ちた。
地面に倒れこむ瞬間平井は、男の口が『ゴメンナサイ』と動いたのを見た。

「平井ぃ―――っ!!」
目の前で起こった事の現実味のなさに、一瞬呆然としていた柳原が絶叫する。

「っの…お前ら自分で何したか分かっとるんか!!」
逆上した柳原は、自らの危険も顧みずに男に殴りかかろうと駆け出した。
「少し黙ってもらいます…」
足元に崩れ落ちた平井を見つめていた短髪の男は、手にした紅い剣を一振りする。
「か…はっ」それは一瞬で柄の部分が長いハンマーへと形を変え、柳原の腹部に強烈な一撃を加えた。
かなりの衝撃だったのだろう。柳原はがくりと膝を付くと、悔しそうに短髪の男を睨みつける。
「大丈夫です…平井さんもあなたも、命はとったりしませんから…」
聞き取り難いぼそぼそとした喋り方で、短髪の男は柳原に告げた。
「っ…」その声を聞きながら、痛みに耐えかねた柳原は前のめりに倒れこんだ。

「ご苦労さん…取り敢えず、石は貰ったよ」平井のズボンのポケットから
浄化されてしまった石を回収した長髪の男は、短髪の男の顔を見上げて言った。
「それじゃ、お前の石で早く平井さんを…」
「うん」今まで黙って事の次第を見ていた長髪の男は、ポケットから濃緑色の石を取り出した。
地溜りの中にうつ伏せに倒れている平井を仰向けにすると、微かに息をしているものの
出血量の多さからその傷はかなり深いことが素人目にも分かる。
傷による痛みからか、出血のショックからか、平井は完全に意識を失っているようだった。
「ちょっとやりすぎたんじゃない?」「ごめん。つい感情的になっちゃって…」
そんな会話をしながら、長髪の男は平井の胸の傷口に石を翳す。
濃緑の石はよく見れば中に赤い斑点が幾つも存在していた。
その赤い斑点が歪んだように見えた瞬間、
石から赤い霧が流れ出て平井の胸の傷を覆い隠した。
長髪の男は完全に傷が覆われたのを確認すると立ち上がり、
短髪の男の手の傷にも同じ行為を施す。
赤い霧が晴れた後の男の右手からは、自分でつけた筈の切り傷が消えていた。

柳原はその様子を、腹部の痛みと戦いながら窺っていた。
辛うじて意識は保っているものの、気を抜けば痛みで気を失ってしまいそうだ。
「それじゃ、用も済んだし…行くか」
短髪の男は傷の消えた右手を慣らすように動かしながら歩き始める。
「平井さんの傷は全部元通りに治したから…それじゃ」
長髪の男は去り際に、地面に倒れている柳原にそう言い残し、
足早に短髪の男の後を追って行った。

「何や…わけ、分からんわ…」二人組みの男の意味不明な行為にツッコミをいれつつ、
ついに柳原は襲い来る痛みに負け、意識を手放した。

「…おい、ヤナ…大丈夫か?」
遠く相方の声が聞こえる。
(あれ?平井…なんや自分、あれだけで死んでしもうたんかいな…短い人生やったなぁ)
あの時の平井の傷は明らかに致命傷に見えた。
まさかこんなにすぐに回復できる筈がないと思い、自分が居る場所が死後の世界かと錯覚する。
「おいっ…生きとんのやろ?返事くらいせぇって!!」
ガクガクと体を揺さ振られ、現実世界へと引き戻された。
「ん…何や平井。生きとったんか…てっきり死んだのかと思ってたわ」
一体自分はどれほどの時間意識を失っていたのか、ぼんやりとした意識のなかそんなことを考える。
「あれ?平井!?…無事だったんか!!」状況を思い出した柳原の目は一気に覚めた。
目の前でバッサリと袈裟懸けに切り倒された筈の相方の元気そうな顔がある。
裂けたシャツは血が乾いて真っ黒になっていたが、そこから覗く平井の身体からは傷が消えていた。
「…傷はどうしたん?」あれだけ見事に切られておいて、
自分が気を失ってた短い時間に再生していたと言うのなら、
二人の共通の趣味であるアニメの世界の話である。
「や、なんや切られた辺りまでは覚えとんのやけど…その後目ぇ覚ましてみたらこんなんなっとって」
俺にもよう分からんわ、と頭を掻きながら平井は答えた。
『平井さんの傷は全部元通りにしたから…』
柳原の頭にあの長髪の男の台詞が思い出される。
「突然現れて、襲ってきて、怪我させたと思ったら元に戻して…何やったんやろ、あいつらは」
柳原は全く分からないといった様子で首を捻った。
「俺にもようわからんけども…あいつら悪い奴やないと思う。きっと誰かにやらされとるんや」
間違いあらへん、ときっぱり平井は言い切った。
「はぁ?」(あれだけ見事にやられて置いて…よう言いよるわコイツ)
一人納得したようにうんうんと頷く相方を見て、柳原は呆れたように溜息をついた。