アメザリ編 [3]


243 名前:お試し期間中。 ◆cLGv3nh2eA  投稿日:04/11/19 04:22:16

「っ…う」胸を押さえて苦しむ長髪の男に肩を貸しながら、短髪の男は申し訳無さそうに言った。
「悪いな…阿部。俺の石がこんなだから…」
「気にすんなって。吉田の所為じゃないよ…俺のこの石が無かったらお前、死んじゃいそうだしさ」
阿部はいつもの気の抜けたような笑顔でヘラリと笑って見せた。
その額には石の能力の反動で先程から受け続けている痛みの為、薄っすらと汗が浮かんでいる。
「俺があの時やりすぎなきゃ…お前もこんなことには」
平井に言われた事に、つい感情的になりコントロールを忘れてしまっていた。
その事によって、守るべき相手が苦しんでいるとは…吉田は己の非力を呪った。
「お前の所為じゃない…全部石の所為さ」
無意識に拳に力を込めた吉田の様子に、阿部は何とか気を紛らわせようと話しかける。
「俺達の力じゃどうしようもなかった。それだけだよ」
「そっか…調子はどうなの?」納得したように小さく頷き、幾分か調子の戻ってきた阿部に訊ねる。
「うん、大分よくなったよ。もう大丈夫」
「無理しちゃだめだよ。身体的にはダメージがなくても、かなりキツイんだろ?それ」
あの傷を癒すことの出来る石の能力は凄いと思っている。
この石がなければ自分の石は、恐ろしい殺傷能力を持っただけの石となっていただろう。
組織に命じられただけで、人殺しをしなければならないのは絶対に嫌だった。
吉田は相方の石の能力に、心底感謝をしていた。
しかし、あれ程の力を持った石ともなれば反動も当然大きい。

前に阿部本人から、治療した怪我による痛みをそのまま受けてしまうのだと聞いた。
それを聞かされる前までは、自分の能力で阿部が苦しんでいたということになる。
何故教えなかったのかと訊ねたら、忘れてただけと笑って誤魔化された。
自分が平井に与えてしまった痛みを、阿部がそのまま受けていると思うと辛かった。
「まぁ、痛くないかといわれれば痛いけど…自分で手を切る方が痛そうだから」
同じくらいじゃない?と笑いながら返されて、吉田は何も言えなくなる。
「あー…腹減ったなぁ」
たまたま歩いていて通りかかった24時間営業のファミレスの看板を見て、
阿部は沈んだ顔をしていた吉田に言った。
「じゃ、今日は俺が奢ってやるよ」
先程の出来事が嘘だったかのようにのんびりとしている相方の様子に、
吉田はフッと表情を緩めた。

店内に入り、案内された席で適当に注文したものを待っている間、
阿部は石を取り出して退屈そうに掌で転がしていた。
「何で俺らこんなんなっちゃったんだろうね…」
吉田がポツリとそう漏らすと、阿部は遊んでいた石を光に透かして答える。
「何でだろうね。こうしてみると普通の石なのに…変だよね」
「うん…」吉田は短い返事をすると、
こんなことに巻き込まれてしまった経緯を思い出していた。



ある日偶然吉田が拾った石。それは血の塊のような赤黒い色をしていた。
楽屋でその石を眺めていたら、阿部が興味を持ったのか、話しかけて来た。
「どしたの?この石」
「ん?此処に来る途中に踏んでこけちゃってさ。綺麗だから拾ったんだ」
吉田の掌には地面に手を突いたときに擦り剥いたのか、薄っすらと血が滲んでいた。
見る?と石を差し出すと、阿部は手を出してそれを受け取った。
「へぇ…なんか綺麗だけど、ちょっと怖い色してるね」
阿部はその石をいろいろな角度から見ると、短い感想と共に吉田の手に石を返した。

石が擦り剥いた傷口に触れた途端、石に吸い取られる様に血が流れ出した。
「あれ?どうしたんだろ…急に血が」
大した傷ではないのだが、まるで深い切り傷を負ったかのように流血が止まらない。
「どしたのこれ…」「分かんない」
普段どおりのローテンションな会話をしている間も血は流れ続けた。
取り敢えずハンカチで押さえて止血しようとするが、全く効果はなかった。
「これって、やばいんじゃない?」

阿部のこの台詞を境に、吉田の記憶は一時的に中断される。

「あれ?俺今何してた?」吉田は目を覚ますと、キョトンとした様子で辺りを見回した。
「吉田、気づいたんだ!よかった…」
その後阿部が自分が気を失っていた間にあったことを話してくれはしたが、
なぞの老婆が現れて自分にも魔法の石を渡してくれたなどと真顔で説明されて、
信じられるはずもなかった。

「だから…この石が光ってそれで血が止まったんだって」
今さっき自分の身に起こった出来事をオーバーに話してくる阿部。
「そんな話信じられるわけないだろ?」
だが吉田からしてみれば、突然謎の大量出血で意識を失い、
目を覚ましてみれば魔法の石に助けられたと言う
そんな笑い話にもならないようなファンシーな話信じたくなかった。
自分としては全てが夢であって欲しかった。
だが無情にもその望みは床に広がる血溜りに呆気無く打ち砕かれた。

二人がネタあわせそっちのけで言い争いをしていると、突然楽屋のドアが開かれた。
吉田がマズイと思ったときはもう遅かった。
「これは一体、どうしたんだ?」真っ赤な血が広がっている床を指して先輩は訊ねる。
「や、その…」「これは…」二人とも自分でも何が起こったかは分かっていなかった。
魔法の石などという冗談が通じるような先輩ではなかった。
どう説明したら良いのかと自分達が間誤付いていると、
その焦った様子に先輩芸人は顔を見合わせてニヤリと笑った。
「ちょっと話がある…」二人は楽屋内に入ってくると、後ろ手でガチャリと鍵を閉めた。

先輩は二人にいろいろなことを話して聞かせた。
妙な力を持った石が芸人達の間に出回っていること。
そしてそれを巡る二つのユニットの存在。
阿部に石を与えた老婆は、先輩コンビの所属している黒いユニットの者だと言うこと。

それを聞いたときの、阿部のどうだと言わんばかりのしたり顔を吉田は今でもよく覚えている。

「そんな…こんな危ない力を使った争いなんて、俺達興味ありませんよ」
阿部は全てを聞いた後、二人に石を返そうと差し出した。
「いや、それはお前の石だ。他のヤツには使えないから持っていろよ」
先輩は笑いながらその手を押し戻した。
「俺も無理です。確かに凄い石ですが、同じ芸人同士で戦うなんて…そんなこと出来ません」
そんな物騒な争いに巻き込まれるのは吉田もごめんだった。
「俺達も無理にとは言わないさ。嫌なら嫌で良いんだ」
じゃあな、と先輩は手をあげ、楽屋から出て行こうとした。
吉田がほっと胸をなでおろしたとき、
「ああそうだ、大事なことを忘れていたよ」
何かを思い出したように先輩が吉田に耳打ちしてきた。

このとき先輩が言った言葉の所為で、自分達はこんな面倒な戦いに引きずり込まれてしまったのだ。

『お前らの石を奪って他の連中に使わせることも可能だが、
そうなれば確実にその能力で人が死ぬ。流石に俺らもそれは嫌なんでね、
もし嫌ならお前の相方をこっちの能力で操って、
無理にでもお前にこっちのユニットに入ってもらうぞ?』

「…待って下さい!」表情を変えた吉田が振り向き、その後姿を呼び止めた。
立ち止まった先輩芸人はニヤリと笑った。
「どうした?嫌なんじゃなかったのか?」振り向かず、先輩は意地悪そうに訊ねてきた。
「やっぱり…協力します。させて下さい」状況はよく飲み込めていなかったが、
人が死ぬだの相方を操るだの、
自分が断れば確実に良くない事が起きるということだけは理解できた。

「いきなりどうしたの吉田?俺そんなの嫌だよ。おかしいじゃん」
突然態度を変えた自分に阿部は抗議してきた。
「石を持ってしまった以上、何もしないわけにはいかないんだ…
阿部、分かってくれるよな?」お前の為でもあるんだ…出掛かったその言葉は、
言ってしまうと阿部の負担になると思って飲み込んだ。
「ぅ…ん」自分の真剣さが伝わったのか、阿部は渋々頷いてくれた。

あの時の行動が自分で間違っていたかどうかは分からない。
だが、あそこで断ってしまえば先程戦っていたアメザリの二人は
この能力を持った他の誰かに殺されていただろうし、
相方である阿部もいつかの集会で見た者達と同じ目に合わされていたかもしれないのだ。
組織に操られた者達の姿は悲惨なものだった。
目は虚ろで本人の意思が働いているのかさえ分からない。
ただユニットの幹部から命じられることを淡々とこなす、まるで人形そのものだった。
相方をあんな状態にされるわけにはいかない。
二重の足枷が吉田を黒いユニットに繋ぎ止めていた。

「ごめんな、こんなことに巻き込んで…」
「ん?どうしたの急に」
相方の頼みとはいえ、あんな恐ろしい事に阿部が付き合ってくれるのが不思議でたまらなかった。
もしかしたら阿部も何か連中から脅されているのかもしれない。
「何で、お前は俺に付き合ってくれているの?」
あいつらに脅されたんじゃないのか?直接言えば良いのに、それを言うのが何故か怖かった。
「何でって…俺が居なかったら吉田、出血多量で死んじゃうじゃん」
冗談なのか、本気なのか。言っていることは事実なのだが、彼の本心は良く分からない。
「また…俺に何か、隠してる?」石の副作用をすぐに言ってくれなかったときのように。
「別に?…あれ、もしかしてまだあのこと根に持ってるの?
あれはホントに忘れてただけだって」阿部は困ったように頭を掻いた。

「じゃあ…」組織に何か言われたの?意を決してそう訊ねようと思ったとき、
ウェイトレスが注文したメニューを運んできてしまった。
「ほら、今はそんなこと忘れて。美味しい物も美味しく無くなっちゃうよ?」
あんなことがあった後なのに。能天気に笑う相方に、悩んでいる自分が馬鹿馬鹿しくなった。
「そうだね、それじゃ…」今この時位は、忘れてみても良いのかもしれない。

「「いただきます」」


吉田は数週間振りに味のある食事をした気がした。
組織から命じられて黒い欠片を飲み始めて以来、
何を食べてもまともに味を感じることがなかった。
阿部の下らない冗談にも思い切り笑えた。
他の芸人を傷つけて、毎日のように血を見て過ごしていたら、
芸人だというのにあまり笑うことが出来なくなっていた。

『なぁ?お前ら黒いユニットは芸人にとって…いや、
人間にとっても一番大切なモンを忘れてしもたんかいな?』

平井に言われた言葉が思い出される。
(いや、違うよ平井さん…俺は人間として大切なものを手放したくないからこうしているんです…)
自分が切り掛かる前に、平井が何か言いかけようとしていたのにも気づいていた。

『ほんまはお前ら…』

(ええ、あなたが察したとおりですよ…平井さん)
自分がつい数十分前に酷い目に遭わせてしまった先輩に、
何故かもう一度会ってちゃんと話してみたいと吉田に思わせたのは、
平井が持つ石「オパライズウッド」のもう一つの能力のお陰だったのかも知れない。
黒いユニットの陰謀に捕らわれ鎖されてしまっていた後輩の心を、
平井は瀕死の重傷を負わされながらも本来の姿へと開放しようとしたのかも知れない。

真実は、張本人である平井以外は分からない。



「ックシ!!…あーやってもうた」
「うわっ、汚っ。上着貸したってるんやから汚さんといてやー」
ズルズルと鼻を啜る平井に、柳原が嫌そうに言った。
「俺に文句言うなや。文句があるなら、俺の噂しとる奴に文句言ってきたらええねん」
自分は悪くないと胸を張る平井に、柳原はこうツッコまずには居られなかった。
「んなベタなことがあるかい!」
人の殆ど居ない終電に、柳原の軽快な高音ツッコミが響いていた。


 [POISON GIRL BAND 能力]