青木さやか短編


359 名前:お試し期間中。 ◆cLGv3nh2eA 投稿日:04/12/02 19:59:54

「一体どうしたって言うのよ!!」
「どうもしてないわ!…只アンタが前々からウザいと思っていただけや!!」
青木さやかは自分の身に起こっていることを必死に理解しようとしていた。

ある地方ライブ終了後、
打ち上げにでも行こうかと芸人仲間で友達でもある友近と一緒に会場を後にした。
こっちの方が近道だったはずだからと人気の無い通りを進む友近の後を、
青木は何の疑いも無く付いて歩いていた。
道の途中で青木の携帯が鳴り、会場で別れた他の女芸人からのメールに
返信したところまでは普通の日常の光景だった。

携帯から顔を上げた青木の目の前に、光の蝶の群れが襲い掛かってくるまでは…

「いい加減にして…こんなことしてただで済むと思ってんの!?」
青木は次々に襲いかかってくる光の蝶の群れを避けながら、
友人である筈の友近に呼びかけた。
「ただで済まなかったらお幾らくらいならよろしいんでしょうなぁ?」
青木を馬鹿にしたように笑いながら、友近は攻撃の手を緩めようとはしない。
(あの様子は明らかにおかしい。きっと石の力にのまれたのね…)
同じような状態になった芸人に襲われたことの合った青木は
直感的にそのことを思い出していた。
敵意剥き出しに襲い掛かって来る友近をどうにか元に戻そうと、
自分の石マラカイトへ精神を集中させる。

(何があったか知らないけど、アンタと芸や人気でならともかく…
こんな石の力で戦わなきゃいけないなんてね)
青木は友近をキッと睨み付け、ひと呼吸置くと大声で叫んだ。
「何処見てんのよぉっ!!」
青木の叫び声とともにエメラルドグリーンの淡い光が放たれ、
その場から彼女の姿は消え去った。

「っ…面白い能力やないか。自意識過剰な誰かさんにはお似合いやな!!」
視界から突然姿を消した青木に友近は驚いたような顔をしたが、
その表情はすぐに不敵な笑みへと変わっていた。
(いちいち癪に障ること言うわね。元に戻ったら覚悟してなさいよ、友近)
突然の友人の変わり様に青木自身相当動揺していたが、
友近のその一言が青木に元の調子を取り戻させた。

姿の見えない相手を探し、辺りをキョロキョロと窺っている友近の背後に回るのは、
姿を消している青木にとっては容易い事だった。
「…隠れても無駄やで?」
友近は誰も居ない空間を睨みつけ、隙の無い様に自分の周りに光の蝶を大量に出現させる。
(私の姿は見えていないはず…今のうちにあの石を取り上げれば…)
友近の左腕手首に光る細身のチェーンブレスレット。
そこにあしらわれている小さめのレッドベリルが事の元凶であろうと感じた青木は、
ひらひらと舞う蝶を避けながらそれに狙いを定める。

友近の周りを飛び交っていた蝶がいつの間にか辺り一面に広がり、しきりに羽根をバタつかせている。
(蝶が離れた…今なら行けるわね)
青木は友近の背後から素早く駆け寄り、ブレスレットに手を伸ばそうとした。

「…そろそろ、限界が来てもおかしくないんやけどなぁ」
友近がのんびりとした口調でそう呟く。
(限界?一体何の…っ!!?)
もう少しで手が届くと思ったとき、青木は身体が鉛のように重くなったのを感じた。
ひらひらと舞う光の蝶が撒き散らしていたのは毒を含んだリ燐粉だった。
(これ、は…蝶の毒?)
全身から力が抜け、その場に崩れ落ちるように倒れ込んだ。
「な?隠れても無駄って言ったやろ?」

意識を失った為に石の能力が解けて姿を現した青木を見て、友近は冷たく微笑んだ。
「さて、そろそろ消えてもらうとしましょうか。ライバルは少ないに限…」

「私だけでしょうか…」

自分の独り言を遮る聞き慣れた声に、
友近は青木の周りを飛び交っていた光の蝶を自分の元へと舞い戻らせた。

声のした方を見遣ると、そこにはつい先刻まで同じライブに出演していただいたひかるが立っていた。
「アンタは…」
どうしてここに、友近がそう言いかけた言葉を遮るようにだいたは、
「白とか黒とか、同じ芸人なのに真剣に戦わなきゃいけないなんて馬鹿げていると思うのは…」
友近の足元に倒れている青木をじっと見つめながら、御馴染みの台詞を淡々と呟いた。

「…何か用?邪魔しないで欲しいんやけど。それともアンタもやられたいんか?」
光の蝶を嗾けようと、ブレスレットを嵌めた手をだいたに向ける。
「私だけ…青木さんの能力でも、友近さんには十分対抗できたと、思う」
友近の威嚇を全く気にしない様子で、だいたは続けた。

「何言ってるん?出来んかったから此処にこうして転がってるんやないか」
友近はフンと鼻で笑い、足元に倒れる青木をあざけ笑うように見下ろした。
「私だけ…青木さんは、友近さんを助けたいと思っていたと、思う」
「っ…」それを聞いて、地面に倒れ付した青木を見ていた友近の表情に迷いが出た。
だいたはそれを見逃さなかった。

「…気分が乗ってきたので、歌を歌いたいと思います」
だいたはそっと目を瞑り、小指に嵌めたシンプルなデザインリングにはめ込んである
ブルートパーズに手を添えた。
「嘘や…青木だって内心私のこと潰したいと思ってるって…アイツが」
友近は頭を両手で押さえ、ボソボソと呟いている。
「どうでも良い歌。聞いてください…」

「そんな、私はただ芸人として青木に負けたくなかっただけなんに…」
友近は両手で肩を押さえ、倒れた青木を見てガクガクと震えだす。
「ど〜でもいいですよ…」
「何よ、どうでもいいわけないやない!!アンタだって、ホントは仕事が入った方が嬉しいんやろ!!」
逆上した友近のその一言に、だいたは瞑っていた目をそっと開く。
友近は恐ろしい目付きでだいたを睨みつけて、光の蝶を一斉に放った。
「女芸人同士の、潰し合い…」
だいたは鋭い目つきで友近を見据え、一歩前へと踏み出した。
「…っ、何で、何で当たらんの!!?」
友近が次々に嗾ける光の蝶は、だいたを避けるように飛んでいく。

だいたは歩みを止めずに一歩一歩確実に近付いてくる。
その視線は真っ直ぐ友近を見ていた。
芸人の世界でも、女芸人という更に厳しい世界の中で、いつ人気や仕事を奪われるかと、
同業者に怯えずには居られない辛さはだいた自身も良く分かっていた。
そんな心の弱みに付け込まれてしまったのであろう友近を、
哀れむような目でだいたは見つめていた。

「…どーでもいいですよ」
(私は、あの黒いユニットの支配からは開放してあげることは出来ないけど…
これは貴女自身の問題でもある…)
指に嵌めたリングの、ブルートパーズの光がいっそう強くなる。
(白とか、黒とか言うけど…結局は全て自分の意志次第。
迷いを払う手助けだけはしてあげる…)

「石を巡る…争い」
だいたがその言葉を言い終わった瞬間、辺りを紺碧の輝きが包み込んだ。
「何っ、きゃぁっ!!」
友近の短い悲鳴と共に、あたり一面に広がっていた光の蝶はかき消された。

「…黒も白も関係ないんですけどね」光が引いた後、
その場に呆然と立ち尽くしている友近と、
地面から身体を起こして頭を振っている青木を見ながらだいたはポツリと呟いた。


「青木さん?大丈夫ですか?」
青木の方に歩み寄り、肩を軽く叩いてだいたは訊ねた。
「あれ?私なんでこんな床に座って…」
「もう、いやですねぇ。今自分で転んじゃったんじゃないですか」
苦笑いを浮かべながら、だいたは手を差し伸べる。

「友近さんも、ボーっとしちゃって…どうしたんです?」
手を貸して青木を立たせながら、友近の方へと向き直る。
友近という名を聞いて、青木の手が一瞬強張ったことにだいたは気づいた。
「え?あ、その…いま私何してはった?」
目を瞬かせる友近を見て、だいたは能力の成功を確信する。
「さあ、仕事終わったんで気が抜けちゃったんじゃないですか?」
不思議そうな顔をする友近に、だいたはにこやかな表情で答えた。

「早く打ち上げ行きましょうよ。皆さん待ってますよ?」
「ねぇ、ホントに何もなかったの?」
「最近物忘れ激しくなってるんかな…」
未だ納得のいかなそうな二人を急かし、だいたは歩き始めた。
「仕事で疲れてるんかなぁ…」
「きっとそうよ、早く行きましょ。遅れると皆煩いから」
青木はそんな友近の様子を見て、安心したように小さく溜息を吐くとだいたの後に続いた。

「助けてくれて…ありがとね」
青木が小声で礼を言うと、だいたは振り返ることなく素っ気無く答えた。
「下らない争いの所為で、友情を壊されるのが嫌だっただけですよ…
私は私のやり方で、私の正しいと思ったことをしただけですから」

「ちょっとぉ!二人で何こそこそ話してるん?」
後から追いついてきた友近の慌てた様子に、二人は思わず噴出した。
「あ、また私の悪口でも言ってたんやな…もーええ加減にしてほしいわぁ」

青木も友近も、相方も連れずたった一人でお笑いの世界で戦っているライバル。
女ピン芸人として商売敵ではあるけど、
それ以前に女友達同士としてこうして笑い合えている時間が一番心地良い。
だいた本人にしてみれば、下らない石の力を巡る争いなんて…

二人とのやり取りに、楽しそうに笑いながらだいたは呟いた。

「どーでもいいですよ」


 [青木さやか 能力]
 [友近 能力]
 [だいたひかる 能力]