316 :バカルディ・ホワイトラム<2> ◆yPCidWtUuM :2006/03/03(金) 23:16:29
アスファルトのくぼみに隠れるように転がっていた空き缶。
三村がビシッ! と指差して全力で叫べば、立派な飛び道具になる。
「むらさきっ!」
飛んでいったおなじみのファンタグレープの缶は、好未の額にガッコーンと当たった。
もはや容赦する気もないらしい三村の高速ツッコミは結構な衝撃だったらしく、
好未はぐらりと身体を傾がせる。
それを見ていたはるかが、「負けない!」と石を握り込んだ。
「だっちゅーの光線!」
はるかが三村を見据えて叫ぶ。胸元では黒い影の走る赤い石がきらめいた。
サァッ、とその石の真っ赤な光が三村に襲いかかってくる。
咄嗟に大竹は自分の石で「世界」を作り出し、相方を守ろうとした。
しかしもはや戦闘の中で力を使いすぎたためにその光は三村まで届かない。
もろに石の力を受けた三村は、「うあっ!」と叫びをあげた。
両手で眼を覆ってその場に倒れ込む三村に、さらに追い討ちをかけるようにはるかが叫ぶ。
それはもう限界をこえている身体からむりやりに絞り出すような声だった。
「だっちゅーの…超音波っ!」
その声を聞いても、もう大竹の石は微弱にしか反応しない。
耳にさすような痛みを感じたが、何の防御もできていなかった三村はもっとひどい状態なのだろう。
耳をおさえて転げ回る相方の姿。唇をゆがめて笑う豊かな胸の持ち主に対して強い怒りを覚えた。
けれども、怒りのせいで逆に冷静になってしまえば、あの胸から出てくる光線やら超音波で
苦しむ自分たちの滑稽さに気づいてしまって少し悲しくなる。
…くっそ、なんつー嫌な感じの戦闘風景だ。
だが、三村にはバッチリ効いてしまったし、これじゃあ攻撃もできない。
さらに好未が息を吹き返し、例の透明な石を手にはるかの体力を回復しようとする。
ブラックスターはもはやうんともすんとも言わない、根性ねぇ石だチクショウ。
…絶体絶命。
もう切り札のあの石を使うしかない。
ここのところ明らかに使いすぎだとわかってはいたが、目の前の危険を回避するにはこれしかなかった。
「…めんどくせっ!」
疲れた声で吐き捨てながら、とりだしたのは虫入り琥珀。
ありったけの集中力を動員して、蜂蜜色の石に力を注ぎ込む。
放たれた強力な衝撃波は、襲撃者パイレーツを完全に打ち倒していた。
三村から視覚と聴覚を奪ったはるかは、すっかり意識を手放している。
好未が、みぞおちあたりを押さえながらひとりこちらを暗い目で見上げてくるのでにらみ返した。
土をなめた女の憎しみの籠った目にも、もう動じることもない。
「あっ、大竹! お前虫入り琥珀使っただろ!」
はるかが気絶したせいか、わずかずつ感覚が戻ってきたらしい三村が薄目で状況を見て叫ぶ。
が、大竹の方はまだ耳が聞こえにくくなっており、三村が何と言ったのかいまいちわかっていない。
おそらく虫入り琥珀を使ったことを責めているのだろうが、今回はああするしかなかった。
…今回はああするしか、って何回言ったかもう覚えてねぇけどな。
そんなふうに心の中でつけ加えて、石の代償の重さに頭を抱える日々。
毎日毎日毎日…じゃねえこともあるか。
けど、とにかくもういい加減にしろ、と言いたくなる。
あまりの黒からの襲撃の多さに、そろそろ頭がプツッといきそうだ。
何でか知らないが、最近黒の奴らに俺らの石は大人気。
特に俺のブラックスターは妙に人気があるらしく、やたらに狙ってくる奴が多い。
確かにこいつは防御には相当有効だけど、そんなに人のもんばっかり欲しがることもねぇだろうよ。
うんざりしながら、その場を後にしようとして三村を見やる。
目蓋やら耳やらを引っぱっている相方に、多分それ意味ねぇと思うぞ、と心の中でツッコミを入れた。
石の影響は一生モンじゃないんだし、ほっとけば数時間で元に戻るだろう。
それよりむしろ今は、自分の石の反動のものすっごい倦怠感が問題だ。
もう即帰宅。ガンガンに引きこもっていく。けど腹減った。けど寝たい。どれをとれっつーんだ。
「三村ぁ、とにかく帰ろうぜ!」
多分まだあまり聞こえていないだろう三村の耳もとで怒鳴る。
三村がこちらを向いて頷き、向きを変える。
そのつま先がこつん、と何かを蹴り、俺の足下までそれは飛んできた。
「何だ…石じゃねえか」
疲れた身体にむち打って拾い上げればそれは、好未が使っていたあの石で。
体力を回復させられるなんて便利だし一応もらっとくか、とポケットにしまいこむ。
それを三村は一瞬見とがめたようだったが、
耳と眼が不自由な状態で会話するのも面倒だからか、さらりと流した。
「アレだっ、飯でも食ってくかぁ?!」
結局空腹をとることにした俺の怒鳴り声にもう一度三村が頷いて、二人で夕暮れの道を歩いていく。
オレンジの光の中、ひきずる二つの影が長くアスファルトに伸びた。
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