バカルディ・ゴールド[6](有吉)


699 :バカルディ・ゴールド (6):有吉 ◆yPCidWtUuM :2006/07/10(月) 23:39:16 

たたきつけられた背中と引っ掻かれた顔が痛い。 
手から自分の石がすり抜けていったのは気づいてた。 
でももう、雲に乗りすぎたのもあって足が動かない。 


「森脇、お前は有吉の石がなきゃ闘えねぇだろ、ソレ渡せよ」 


そう三村さんが言うのも聞こえてた。 
それでももう、これ以上何もする気にはなれない。俺は力つきた。すまん、森脇。 


「すんません、渡せません」 


…っておい、森脇お前まだ抵抗するのかよ、俺、もう石持ってねえのに。 
しかもまだあの化石を封印したままで、三村さんの石のことも不明だから、お前の真鍮も使えないのに。 
何でだ、抵抗したってもう何にもかわんねーじゃねえか。 


「森脇、もう無理だ」 
「おう無理だ…おし、もう10分経ったな」 


そう言った森脇は自分の石をとりだして、呟いた。 



「…『イーグルアイ』、封印!」 
「な…森脇お前!」 


三村さんの手の中で、俺のイーグルアイが、静かに光をなくす。 
俺の石を封印した森脇は、少し笑って三村さんに自分の持つ鉱物、真鍮を見せた。 


「この封印、俺の意志がないとずっと解けませんから」 
「…」 
「俺が望まない限り、これもイーグルアイも、もう使えません」 


言い切った森脇の目には何か、強い決意の光があふれていて。 
前に相方のそんな姿を見たのは一体いつだったろうなんてつまらないことを考えた。 
ぼんやりとその横顔を見つめていると、また森脇は口を開く。 


「…三村さん、俺はもう嫌なんですよ」 
「何がだよ?」 
「この石をめぐる闘いが」 
「気ぃあうな、俺も嫌だぞ」 
「でも三村さんはその石で闘えるでしょう、俺はダメだ」 
「…」 
「自分じゃ何も変えられない、それなら俺はこんな石なんていらない」 



そう吐き捨てた相方が、ギリ、と歯を食いしばるのを俺はただ見ていた。 
数々の襲撃を退けてきた裏で、森脇はそんなふうに考えていたのか。 

なあ森脇、確かに真鍮はそれだけじゃ闘えない代物だ。 
でもいつもお前の助けがあったからどうにか乗り越えてきたんじゃねえか。 
そんなことも伝わらないほど、俺たちは遠かっただろうか。 

すまん森脇。お前がもう闘いたくないって知っても、俺は。 


「俺は、石を手放すなんてしたくねえ…!」 


絞り出すような俺の声に、森脇がふりむく。 
右頬の下のアスファルトは、まだ夏を迎える気配も見せずに冷たかった。 
悲しそうに俺を見る相方、それでも俺は執着を捨てられない。 
この闘いへの、この石への、そしてこの世界への。 
這いつくばったままの俺に視線を向けて、森脇が静かに口を開く。 



「なら有吉、お前、黒に行け…俺の真鍮が手土産なら、邪険にはされねえだろ」 
「そりゃ、俺一人で行けってことか」 
「…10分たったらイーグルアイの封印を解く」 
「おい森脇、」 
「そしたら黒に行けよ、このままでいるよりマシだ」 
「っ、だから!お前はどーすんだよ!」 
「…もう俺はこの闘いに意味なんか見つけられねえ」 
「それは…俺一人で闘えってことか」 
「お前は、闘える」 
「…」 
「闘えるじゃねーか」 


…ああ、きっと俺の言葉はもう、森脇には届かない。 

森脇を殴ってやりたい気持ちにかられて、立ち上がろうとした足はやっぱり言うことをきかなかった。 
そのまま地面にぐしゃりと崩れる自分の身体に、いらだちばかりが募る。 
それでも地面に突っ伏したままでいるうちに、頭が少しずつ冷えてきた。 

そうだな、きっと俺は一人でも闘える。森脇がいなくても。 
負けるときもあるかもしれない、それでも、俺が無抵抗でやられることはないだろう。 
相手の力がわかるならどうにか反撃はできるだろうし、雲に乗って逃げることだってできる。 
そうだな、多分、闘えてしまう。お前にはできないことができてしまう。 

…だけど、お前のいない闘いなんて考えたこともなかった。 



「有吉」 
「…はい」 


俺たちの会話を静かに聞いていた三村さんに名前を呼ばれる。 
声の方へ向きなおって返事をしようにも身体が動かずに、首だけ回して答えた。 
どうやらもう三村さんも疲れているらしく、地べたに座り込んだままの格好で俺を見ている。 


「お前、どーすんの?」 
「…どーしたらいいんすかね」 
「真鍮とイーグルアイ持ってお前が黒に来るんなら、こっちは文句ねーよ」 
「俺、何かもう、わけわかんないんすよ」 
「…俺も疲れてわっけわかんねえ感じになってきてるけどな」 
「『わっけわかんねえ』ままいったん退いてもらうとか無理っすかね」 
「あー、それはできねーわ、俺も色々あんの」 
「色々ですか」 
「おう、色々な」 



強引に事を進めようとはしないが、退く気もなさそうな三村さんに溜息をつく。 
どうしても俺はここで身の振り方を考えなければならないらしい。 
森脇をちらりと見れば、奴は奴で疲れ切った顔でアスファルトにだらしなく胡座をかいていた。 
そうだな、もう答えなんか出てるんだろう。俺は一人で闘うんだ、これから。 


「…俺、やっぱ石手放したくないっすわ」 
「来るか、黒」 
「よろしくお願いします」 

「…何だ、一件落着しちまってんじゃねーか」 


突如として今までその場になかった声が耳に響く。 
驚いて声の方に首をむけると、そこにはバカルディの大竹さんがいた。 
そしてその後ろにのそりと立つ大きな影。 
よくよく見ればそれは、事務所の先輩である土田さんだった。