172 : ◆vGygSyUEuw :2006/02/12(日) 11:37:09
「戻っておいで」 虻川が指示すると、秋田犬の亡霊がきくりんこと菊池の上から退いた。 半透明の体を揺らしながら、虻川の元へ行き座る。ご苦労だったね、と頭を撫でてやると、わん、と一つ鳴いて姿を消した。 菊池は予想外だった犬の襲来に、噛まれた肩を押さえて呆然としていたが、五人の視線を感じたのかやがて静かに口を開いた。 局を出たときには夕方だったのに、もう既に日も暮れとっぷり暗くなっていた。 人気のない路地裏、ビルの窓から漏れる光だけがかすかに闇を照らす。 「…気付いていたんですか」 「ああ、巻こうかとも思ったんだがな。気が変わった」 「相手がアンタなら、改心してもらわないと。」 上田の台詞の後半部を、まだ悲しげな顔の虻川が引き受ける。 「…おとなしく石を出しなさい。」 「痛い目見ねえうちにさっさと降参しろよ。」 「五対一じゃ勝ち目ねえだろ、ほら。」 後輩たちの声に、どっちが黒だかわかんねえな、と上田は苦笑する。 まあちゃっちゃと浄化しねえとなあ、と呟き、石を取り出したその時だった。 「…くっ…はは、ははははは」 余裕ありげな五人を座り込んだまま見上げ、何を思ったか…菊池は笑い出した。 「面白い、本当に面白いですねあなた方は…」 「はあ?何言ってんだ。 ほらさっさとしろ、あんま怪我させたくねえんだよ…」 一番戦闘向きではない能力を持っているにも関わらず、上田が言う。 「ですが、もう楽しんではいられませんよ。」 しかしそれすらも遮り、菊池が立ち上がる。声は小さく、半ば独り言のように思えるほどだ。その目はうつろで、しかし物騒な光をたたえていた。 ズボンのポケットに手を入れ、何かを取り出す。途端に発せられる黒みがかった青色の輝きから、それが石であることは五人には明らかだった。 そしてそれが、汚れた悪しき石であることも。 「この…僕の能力の前に、あなたがたは屈服するのだから」 不敵な台詞とは裏腹に、菊池の体は小刻みに震えている。だがその表情は楽しげに歪んでいて、上田は眉をひそめた。 …ヤバいな、こいつ… その呟きは口に出る前に消えた。 石がひときわ強く、まばゆく輝いたからだ。 その光は目潰しとなり、五人はうわ、と叫んで腕で目を覆った。 そして次に目を開けた時、菊池の手には白い…スケッチブックがあった。 「何だよ、今この状況でネタでもやんのか?お前。」 言葉だけは余裕ありげに、上田が笑う。 光の強い衝撃にまだ痛む目をしばたかせる。頬に冷や汗がつたって落ちた。 首もとのホワイトカルサイトが警告で小さく瞬くのをなだめるように押さえて、思考を巡らせる。 相手の能力は不明、仕掛けてくるのを待つか…いや、強力なものだった場合…。 こちらの即戦力は磯山と虻川のみ、野村と伊藤は補助、自分は戦闘では役に立たない…。 他の四人の間にも緊張が走る。かすかに笑ったままこちらを凝視する菊池だけが異様だった。 「磯山、虻川、とりあえず先手必勝だ!」 上田が叫ぶと同時に、虻川の傍らに犬が二匹現れ、磯山が紫の光を腕にまとい菊池に飛びかかる。 「おりゃあっ!」 腕力強化済みの突きは、しかし菊池の体には当たらず空をかすめた。 菊池がその姿からは想像もできない軽い身のこなしで磯山の後ろをとる。 スケッチブックがひとりでにめくれ、得意の漫画的な絵が浮かび上がった。 自動筆記のようにさらさらと描かれていくそれは、デフォルメされた磯山だった。 「今までのあなたは白でした…」 菊池の抑揚のない声が響く。 磯山は横手に飛び退り、間合いを詰めてもう一度殴りかかった。だがまたも空振りに終わる。 風に揺れる柳のように磯山を翻弄しながら、また一枚、勝手に紙がめくれる。 「そこでこれからは私の手先になってもらいましょう」 言うか言わないかの内に、藍色の光が磯山を捕らえる。 「磯山!」 野村が叫ぶも、もう遅かった。 光が消え、磯山の表情が消える。紙の中の姿と同じように生気がない。 「…邪魔だ!」 そのまま虻川の召還したポメラニアンを蹴りあげる。半透明の体に足は突き抜け地面をかすめるだけだったが、太ももへ噛みつくのを振り払い、もう一匹、愛らしいパグの頭へもかかとを振り落とした。 「磯山、やめろ!」 上田の制止の声も聞こえていない。亡霊を相手にしてもらちがあかぬと考えたか、今度は伊藤へ向かい拳を振り上げた。 「きゃああっ!」 悲鳴とともに、伊藤の足首からピンクの光が吹き出る。 「いや、やめて磯山くん!わたしよ、さおりよ!」 その声にすんでの所で磯山の動きが止まる。二つの力がせめぎあっているようだ。 びくりと体が跳ね、耐えられなくなったのか、やがてゆっくりと倒れた。 「磯山くん!」 彼の恋人になりきっている伊藤が、磯山の体を膝の上へ抱き起こす。 慌てて野村が駆け寄り、急いで二人がかりでビルの陰へと磯山を運ぶ。 これで今戦えるのは、上田と虻川の二人のみとなった。 「おや、まあ…いいですよ。いくらでも手はありますから。 …それに、そちらにとっても大きなダメージでしょう?」 菊池が微笑んだ。白い紙がうっすらと藍色に点滅する。ぐしゃぐしゃと殴り書きが見え、また消える。 「…まずいな、あんな能力だったとは…」 上田の表情に焦りが出る。人数的にはこちらが圧倒していたのに、戦力が一挙に三人も消えたとなってはまずい。残る頼りは虻川の犬だけだ。 夜気と寒風と、ビルの空調熱がまじりあった空気が、やけに重い。 「…てっきりただの偵察役かと、よほど弱いだろうと踏んでたのになあ」 挑発するように上田が言う。それが気に障ったか、菊池は眉を顰めた。 「あなたは戦闘向きじゃないことは分かってるんですよ、上田さん。さっさと石を渡してもらえませんか。そうすれば…そうすれば…」 後半は壊れたラジオのようになって、そしてまた薄ら笑いを浮かべる。 「ふん、言ってろ。どういういきさつで黒に入ったかは知らねえが…つけあがんなよ、所詮お前は弱いまんまだよ。」 余程癪に障ったと見える。上田の言葉に、菊池が豹変した。 「うるさい、黙れ、だまれェェェ!!!」 ありえないほどに激高し、武器であるスケッチブックも放り出して上田につかみかかる。 目の色が赤く変わっているように見えるのは石の作用か、怒りによる充血か。 「が、はっ…」 身長はそう変わらないはずなのに足が浮くほどに高く、強く締め上げられ、上田が苦しげに顔を歪める。息が詰まり、肺が痛む。更に強い力がかかり、首がぎりぎりと言った。 「こらあ、上田さんを離せー!!」 虻川の叫び声に合わせて、菊池の背中にドーベルマンが飛びかかる。 「うわっ…」 大型犬に体当たりされ、菊池は上田を下敷きにし、転げる。 上田はどうにかそこから這い出すと、激しく咳き込みぜえぜえと荒い呼吸を繰り返した。 「おいこら…俺まで殺す気か…」 解放された喉元をさすりながら、力なく呟く。 虻川はすいません、と短く謝ると、悲しみに顔を歪め、更に犬を呼んだ。 「わたしは負けるわけにはいかない…あなたたちに…お前らなんかに負けるわけには…」 菊池は立ち上がるとぶつぶつとそう繰り返し、焦点の定まらない目で虻川を見ていた。 ズボンのポケットを探ると、何かをつかんで口に放り込んだ。二、三回咳き込んだが、顔を上げると引きつった顔で笑う。 虻川はその行為に不審そうに眉を顰め、数匹の犬を従えて、無言のまま菊池を睨み付けた。 「いっけーお前らー!」 様々な犬種の犬が、一斉に駆けた。 菊池の石が光り、また新たなスケッチブックを出す。 「今までの犬は獰猛でした…そこでこれからは、全員おとなしくしてしまいましょう!」 藍色の光が犬たちを包む。 途端に、ごろりと寝転がる者、欠伸をする者、仲良くじゃれあう者…。 虻川は舌打ちをしてすべての犬を消した。新しく二匹ほど呼ぶも、それもまたやる気がなくなっている。 「ちくしょ…」 犬を封じられ、為す術がなくなった。 上田は未だ倒れ伏したままで、必死に考える。 「これで終わりですよ。」 勝ち誇ったような菊池の声がどこか遠くに聞こえる。 「今まであなたがたは石を持っていました」 どうすれば、どうすれば… 「しかし、たった今からは」 頭が巡らない。首が痛む。くそ、絶体絶命だ――。 「その石は僕の手に、」 「困ったときのっ、」 菊池の言葉を無遠慮に遮り、突然に声が響いた。 「スーパーボール!!」 淡い紫の光が辺りを包み、弾け、大量の小さな球体となって落下する。 「うわ、あ、ああああああッッ!!」 どどどどどどどどどどどどどどっ……! 狙うはきくりんただ一人だ。 意趣返しとばかりに、無情にも容赦なく雪崩れ落ちていく。 ぎゃあああああ、と断末魔が響き、そして無数のボールが立てる音にかき消された。 上田と虻川は、突如現れたスーパーボールの大群を見て呆然としていた。 「やった、成功!」 「よっしゃあ、名誉ばんかーいっ!」 その声に二人が振り返ると、医者の格好をした野村と、立ち直ったらしい磯山が立っていた。 「上田さーん、お寿司おごってくれますよね?」 それに、笑顔の伊藤も。 上田はあまりにもあっけないと言えばあっけない結末に肩をすくめると、 「…まわる奴で勘弁しろ。」 と言って、気が抜けたように笑った。 …さて、それからはというと。 気絶した菊池の石を浄化し、さすがにこの季節放置しておくのはまずいと家まで送り届け(誰も菊池の自宅を知らなかったので、上田が能力を使った)、 いくら待っても目が覚めなかったので後日たっぷり話を聞くことにし(一応野村が診察し、大きな怪我がないことは確かめた)、 作業を終えると既に深夜となっていたので、上田が朝まで営業しているラーメン屋に五人を連れて行き、遅めの夕食をおごった。 (さんざんブーイングが飛んだものの、全員しっかりチャーシュー麺をたいらげたのは言うまでもない。中にはおかわりする者までいた。) それからどさくさに紛れて飲み会となり、五人ともしっかり二日酔いとなった。(もちろん代金は上田持ちである。) そしてその翌々日のこと。 「上田さん、この前はすみませんでした」 上田の楽屋に菊池が訪れた。なんと菓子折まで持参している。 この番組は菊池の出演しないものだったので、わざわざ謝罪に来たのだと知れた。 「いや、いいよ。こっちこそ随分荒っぽくなっちまって、すまなかったな。」 予想外の低姿勢に驚きつつ、上田が返す。 「いえ、一日寝込むだけで済みましたから。」 「…お前根に持ってんだろ、つーか皮肉言いてえのはこっちだよ。」 「あ、いえそんなつもりでは…」 慌てて菊池が訂正するのを尻目に、煙草に火を点ける。 絞められた首はすぐに冷やしたためか痣にならずに済んだが、打ち付けた背中はまだ痛む。 「なーに、何の話?」 そこに有田が首を突っ込んだ。 「ああ、こないだ菊池と乱闘してな。」 上田が適当に説明するのを聞いて、有田が菊池に視線を滑らせる。 菊池の肩がびくっと跳ねた。見るからに怯えている。 「ナニ、お前黒?」 「いっいえ、もう抜けました。上田さんたちのお陰で…」 首を素早く横に振る。 石が浄化されたため己の行動を記憶していなくとも、前の事件はよほど骨身に染みたのだろう。菊池はすっかり前のように大人しくなっていた。というより、前よりも、か。 「それであの、虫のいい話なんですが、是非白に入らせていただきたいと」 「ああ、いーよ。」 あっさりと上田が答える。 「人手不足だしな。」 「黒と違って少ねえんだよなー、せっせと浄化して引き込んでっけど」 「…それ、あんまり黒と変わらなくないですか。」 言いかけた菊池は上田のひと睨みで黙る。 「まあまあそんなに怯えさせなくてもさあ上田さーん。」 と有田がさも楽しそうに言いながら、にやにや笑って菊池の肩に手をかける。 その行動に、またも菊池が大きく震えた。 「面白がってんじゃねえよ。」 上田が呆れて有田の頭をはたく。 「んじゃきくりん、これからよろしく頼むな。」 と上田が言い、悪いなそろそろ収録始まるから、とくりぃむの二人は足早に去っていった。 菊池も楽屋を退出し、廊下を歩きだす。 とそのとき、携帯の着メロが鳴った。 「…ああもしもし、…はい、はい。」 電話を取ると、菊池はにやりと笑みを浮かべて応対しだした。 「ええ、計画は…はい。大幅な変更は強いられましたが、結果オーライということで」 歩きながら通話を続ける。誰もいない廊下に、菊池の靴音が響く。 浄化された筈の石は、菊池の声に呼応するように黒ずんだ光を発していた。 ポケットの中で、じゃらじゃらと石とそれ以外の何かが音を立てる。 「ちょろいもんですよ、…ええ、成功しました。 また追って報告しますね…はい、では失礼します。」 ピ、と電話が切られ…それからはもう、菊池の顔に表情はなかった。 |
179 : ◆vGygSyUEuw :2006/02/12(日) 11:47:40 スレ大量消費すみません。予想外に長かった…。 きくりん 石:花崗斑岩 能力:「今までは○○はこうでした」「そこでこれからは××にしてみましょう」 と言う一連のネタの流れをやる事により、ネタを見せた相手の考えを一定時間変えることが出来る。 例:「今まではずっと手を抜いていたから勝てなかった」 「そこでこれからは本気でやってみよう!」 →ネタを見た人が本気で勝負するようになる、とか。 条件:今までとこれからのイラストを事前に用意し、それを相手が見ること。 考えを変えるだけなので、本当にその通り行動するかは別。 +黒の欠片で能力増幅、みたいな感じで。 |