Blaze&Freeze 1話・ささやかな変化〜或いは予兆〜


724名前:名無しさん 投稿日:04/09/2923:41:43

もう充分深夜と呼べる時間帯。
繁華街から少し外れた人通りの少ない路地を帰路に着く男が居た。
「暑・・・・・・」
少し神経質そうな仕草でずり下がった眼鏡を上げるその男は、カンニングの竹山である。
薄暗く細い路地を慣れた足取りで歩きながら、竹山はチラリと腕時計を見て眉を寄せた。
深夜の収録の翌日に朝からアルバイトの予定が入っていた事だけでも充分不運だったのだが、
予定より押した収録のせいで更に睡眠時間を削らなければいけなくなったのだ。
現在の時刻と明日の起床時間を考え、思わず小さく溜息をつく。
その姿はひたすら怒鳴り散らすネタ中の彼とは正反対だが、
本来それ程荒い気性では無い竹山にとってはこちらの方が“素の自分”なのだ。
それ以前に、もし竹山が常にネタ中と同じテンションだったならアルバイトなど出来るはずも無いのだが。
「?」
家に帰ってからの予定を思い浮かべ、少しでも長く睡眠時間を確保するにはどうしたらいいかを
考えながら歩いていた竹山は、コツンと何かが足元にぶつかった感触に、ふと視線を下に向けた。
薄暗い路地のアスファルトの上、何かがキラリと光っている。
「・・・・・・石?」
屈んで拾い上げてみると、それは少し小粒の透明な紅い石だった。
澄んだ紅い色から考えると、ルビーなのだろうか。
専門知識の無い竹山にはそれが本物かどうか確かめる術は無いが、
その石は地面に転がっていたにも関わらず汚れ1つ無く、美しい輝きを放っている。
「・・・・・・」
一瞬の逡巡の後、何かに引き寄せられるように竹山はその石を上着のポケットに入れた。





――――同時刻。別の街の、とある並木道。

竹山の相方である中島は、ゆっくりとした足取りで自宅へ向かっていた。
いつも通っている路地が工事中で、ここ数日は普段滅多に通らない少し奥まった並木道を利用しているのだ。
妻はもう寝ているだろうし急ぐ必要は無いが、少し面倒だと感じるのも事実である。
所々にある街灯は電球が切れて役割を果たしていないものもあって道は薄暗く、両脇に植えられた木が影を落としている。
これで柳なんかが植わってたら怪談話の舞台にはぴったりだな、
などと思いながら歩いていた中島は、視界の端に何か光るものを見つけ、立ち止まった。
無視して通り過ぎる事も出来たのだが、なんとなく気になって光が見えた方に歩み寄る。
「何だこれ・・・・・・石?」
道端にしゃがみ込んでそこに転がっているものを見てみると、それは小さく透明な蒼い石だった。
先程光っていたのはどうやらこれのようだ。少し黒ずんではいるが、色合いからするとサファイアのように見える。
ふと好奇心にかられてその石を拾い上げた――――その瞬間。
『――――!』
「・・・・・・?」
一瞬の間、吸い寄せられるように石の深い蒼に見入っていた中島は、微かに聞こえてきた声に立ち上がって辺りを見渡した。
だが、薄暗い深夜の並木道には人影は全く無い。
中島は首を傾げながらも、無意識の内にまるで当たり前のようにポケットに石を入れていた。
「・・・・・・」
今の声は何だったのだろうか。内容は聞き取れなかったが、怒りとも悲しみともつかない激情が込められた声だった。
そして、その声には確かに聞き覚えがあるような気がしたのだが。
――――そう、とても身近な。

再び歩き出した中島は気付かなかった。
石を拾い上げた瞬間に渦巻いた、先程までと明らかに違う冷たい空気。
そして、彼のすぐ傍の街路樹――――その幹に、鋭い何かにえぐられたような細かい傷がいくつも刻み込まれていた事に。