Blaze&Freeze 2話・発露〜或いは動き始めた歯車〜


134名前:カンニング編◆8Y4t9xw7Nw投稿日:04/11/1223:50:22

2人の元へ石が転がり込んでから数日後。
カンニングは地方の小さなホールでのイベントに呼ばれていた。
控え室で出番を待ちながら、2人は求人情報誌に目を通している。
――――その日は、今にも雨が降り出しそうな暗い雲が空を覆っていた――――

竹山は、食い入るような眼差しで記事を見ていた。
仕事は大分増えたが、それでもバイトは欠かせない。
こういう時に情報を仕入れていざという時に備えるのが、もう半ば習慣のようになっていた。
外からは見えないが、その胸元には細い革紐に括られたあの紅い石が揺れている。
きちんとペンダントに仕立てる事も出来たのだが、
削ってしまうのが惜く感じたので上部に小さな穴を開けるだけに留め、そこに革紐を通した。
角の無い楕円形にカットされた石は、光にかざせばキラキラと光を反射して輝く。
加工費の出費は痛かったが、石の輝きを見ているとそんな些細な事は許せる気がした。
その輝きに秘められたものは、まだ誰も知らない。

真剣に求人広告に目を通していた竹山は、ふと向かいに座る相方へ視線を向けた。
ボーっとした表情で手にした求人情報誌をパラパラと捲るその様子は、心底疲れているようで。
記事の内容がしっかり頭に入っているとは到底思えない。
まぁ、中島はその料理の腕を活かして長い間総菜屋のバイトを続けているのだから、
それ程緊急に新しいバイトを探す必要も無いだろう。真剣に目を通す必要も無い。
「幸せボケか?」とからかってやろうかとも思ったが、
本当に疲れた様子の中島の邪魔をするのは良くないだろうと思い直し、竹山は再び自分の求人情報誌に視線を戻した。


ページを捲る手を止めた中島は、ゆっくりと顔を上げた。
ここ数日身体が重くなったような倦怠感に悩まされているせいか、
いつもなら気にならない廊下からの物音がやけに耳につく。
イライラしたように眉を顰めて扉へ視線を向けると、中島は吐き捨てるように呟いた。
「せからしか・・・・・・」
「ん?」
「・・・・・・いや、何でもない・・・・・・」
幼い頃から慣れ親しんだ博多弁。
だが、東京に来てから長い年月が経ち、訛りはともかく帰郷した時以外に方言を使う事などほとんどなくなっていた。
無意識とはいえそれが出てくるという事は、自分の思っている以上に疲れが溜まっているという事なのかもしれない。
中島は、小さく溜息をついた。

彼の上着の胸ポケットには、あの蒼い石が無造作に放り込まれていた。
僅かに黒ずみながらも美しい輝きを放つ石。
その石に魅入られている事に、中島本人もまだ気付いていない。
もちろん、この石に隠された危険性にも。
「・・・・・・はぁ・・・・・・」
家族にも仕事にも恵まれ幸せなはずの彼がつく溜息は、どこまでも沈んでいきそうな程重かった。



いつもと殆ど変わらない、控え室の風景。
だがそのいつもの光景の中、本人すら気付かない程密やかに、そして確実に、何かが始まっていた。
――――石に秘められた力は、解放を待っている――――




それから数時間後。
2人は、舞台の上に居た。ひたすら怒鳴り散らし笑いを取る、いつもの姿。
淀み無くネタは進み、お決まりの給料ネタに差し掛かる。何度と無く繰り返してきたやり取りだ。
「――――誰でも、ホント誰でもいい、五千円貸してください!」
その言葉に、いつものようにツッコミを入れようと口を開いた瞬間。
『――――!』
「!」
どこからともなく聞こえてきた声に、中島は一瞬ギクリと身を竦ませた。
それはあの日、石を拾った日に聞いた声。
そしてその直後――――ガラスの砕ける音と鈍い衝撃音が響き、ステージが微かに揺れた。



2人の足の数十センチ先、ステージの床を大きくへこませ転がった黒い塊――――
天井に吊り下げられていた筈の照明の1つを見て、竹山は顔を青くした。
あと少しマイクの位置が違っていれば、この照明は自分達に直撃していたかもしれないのだ。
ホール全体が、一瞬の間にざわめき出す。
「――――」
隣の相方に視線を向け声を掛けようとした竹山は、そのままの姿勢で凍り付いた。
まるで恐ろしいものでも見たような表情で立ち竦む中島の顔は異常な程に蒼白く、
光の加減か、それとも気のせいか――――
その目は、表情とは正反対の冷たい光を帯びているように見えたのだ。
今まで見た事も無い、相方の冷たい目。
今は知る芳も無いが、数時間後、竹山は再びその視線を目の当たりにする事になる。

――――まだ、気付く者は居ない。中島の上着の胸ポケットに入っていた蒼い石が、ほんの微かに光を放った事に。