Blaze&Freeze 3話・始まりを告げる声〜或いは慟哭〜


191 名前:カンニング編 ◆8Y4t9xw7Nw   投稿日:04/11/15 03:55:21

バタン!
背後で扉が閉まる音がやけに大きく聞こえて、竹山は眉を顰めた。
あの後、照明落下事故を理由にイベントは中止され、
2人はスタッフに言われとりあえず控え室に戻ってきていた。
観客への説明や事後処理に追われているのか、控え室の周辺には人気が無い。
眼鏡を押し上げて溜息をついた竹山は、
先に室内に入っていた中島が頭を抱えて屈みこむのを視界の端に捉え、慌てて駆け寄った。
きつく耳を塞いでしゃがみ込むその姿は、明らかに普通ではない。
「おい、大丈――――」
「来るな!」
その声の強さに思わず足を止めたその瞬間。
・・・・・・何かが冷たい風と共に竹山の手を掠めた。
「!?」
鋭い痛みに驚き視線を向けると、手の甲にまるで鋭い刃物で切ったような傷が出来ている。
幸い皮一枚程度の軽い傷だったが、それはまるで紅い線を引いたように手の甲を横断していた。
「・・・・・・っ!?」
再び視線を前に向けた竹山は、驚愕に目を見開いた。
傷に気を取られた一瞬の間に、きら星のように中島の周りに舞い散った何か――――
それは、冷気を漂わせる小さくも鋭い氷の刃。
目の前の信じられない光景に、嫌な汗が背中を伝う。
だが、そんな状況でもこれが自分目掛けて一斉に飛んでくれば
確実に命に危険が及ぶという事は容易に理解出来た。
さっき自分の手を掠めたのも、これなのだろうか。
「・・・・・・」
ピンと張り詰めた空気に、声さえ上手く出てこない。
どこかで、氷の刃が微かにぴきんと音を立てた。


先程から、中島の上着の胸ポケットに入っている石は淡い光を放ち続けていた。
黒ずんだ、冷たい光。だが、今の彼にそれに気付く余裕は無い。
『――――!』
照明が落下した直後から止む事無く聞こえ続ける声は、確実に中島を追い詰めていた。
鈍い頭痛も感じ、立っている事さえままならない。
まるで頭の中を直接かき回されているような、言い様の無い不快感。
『――――――――』
周りの音を掻き消す程に響き、耳を塞いでも聞こえてくる声。
それなのに、何を言っているのか聞き取る事が出来ない。
『―――――――――!』
いや、違う。聞き取れなかったのではない。聞きたくなかったのだ。

あの時、舞台に照明が落下する直前。
再びあの声を聞いた瞬間、気付いた・・・・・・気付いてしまった。
あまりに聞き慣れているせいで気付けなかったその声の主に。

――――間違いない、これは・・・・・・これは、俺の声だ。

少しづつ、声が明瞭さを増していく。
聞きたくない思いを、突き付けてくる。

『――――――――あのまま板前でも続けてれば―――――――家族にだってもっと楽を――――こんな―――――』

「・・・・・・やめろ・・・・・・」
違う・・・・・・そんな事思ってない!

『――――――こんな仕事、ずっと辞めたいって思ってたんだよ!』

「――――やめろぉぉ!!」
その声に呼応するように、胸ポケットに入っていたサファイアが、眩い程の蒼い光を放った。


「・・・・・・」
まるで自分を狙っているかのように冷たく煌く氷の刃に動く事も出来ず、
竹山はただ強く拳を握り締めていた。
爪が食い込んで手が痛むのも、構わない。
自分を傷付けた相方よりも、
彼がそこまで追い詰められている事に気付かなかった自分自身に酷くイライラしていた。
腐れ縁でも、長い付き合いでそれなりに相方の事は理解していた。
・・・・・・理解していた、つもりだった。
自分の不甲斐なさに、怒りが込み上げてくる。
中島の叫びを合図とするように、自分目掛けて飛んできた無数の氷の刃。
それを目にした瞬間、灰の下の熾火のように燻っていたその怒りが、一気に燃え上がった。

「――――!!」

言葉になどならない、ただ抑え切れない激情だけを込めた叫び。
その声と同時に、その首に掛けられていたルビーが鮮やかな紅い光を放った。