コール [1]

149 : ◆BKxUaVfiSA :2005/08/29(月) 18:20:07

「おーい、ちょっと。俺の話ちゃんと聞いてる?」
「はいはい。もちろん聞いてますよー…」
とある喫茶店の中。二人の男が、素麺をすすりながら会話をしている。
麺が伸びてしまうのも気にしないと言った風に、箸を振りながら一方的にペラペラと喋っ
ている茶髪の男が、向かいの席に座っているやや小太りの男の顔をズイッ、と覗き込んだ。
「でさー……そんでさぁ……なっ、馬っ鹿だろー?」
「へぇ、そうなんですかー」
 ―――それは前にも聞きましたよ。何回も。
とは、いくら仲が良くても相手が先輩なので絶対言えない。
それ以前に、こんなに楽しそうに話してくる彼を無責任な言葉で傷つけたくないこともあったが。
苦笑を浮かべ軽く溜息を吐く。そして再びオチの分かり切っている話に耳を傾けた。
「大木ぃー、お前のメロンソーダ旨そうじゃん。ちょっと頂戴」
茶髪の男が身を乗り出して、綺麗なグラスにアイスが盛りつけられているメロンソーダに手を伸ばした。
大木は慌ててその手を払いのける。
「だ、駄目!駄目ですよ!これ俺のなんですから!」
「じゃあアイスの部分だけでいいからさぁ〜」
「それ一番駄目なトコじゃないすか!」
テーブルをガタガタと揺らし、大声を上げながらジュースの取り合いをする。
だがさすがに周りの客の突き刺さるような視線に気付いたのか、戦いは自然と一時中断され、
二人は軽く愛想笑いをすると、縮こまって再び椅子にゆっくりと腰を下ろした。

「あ〜あ、何かつまんねーの!面白い事ねぇかなー…」
キシキシと音がするくらいに体重を掛けて行儀悪く椅子の背にもたれかかり、茶髪が呟く。
大木はそれを見ながら、転倒しないだろうか、などと行き場の無い手を宙に彷徨わせてハラハラしている。


「あ…そういえば最近、番組で共演してるくりぃむの二人や川島君たちの様子が、何つーかちょっとおかしいんですよ」
「ふうん?」
「何か“石”がどうのこうの言ってて…」
「石…」
石。その単語を聞いた途端、茶髪男の目の色が変わった。体制を正し、テーブルの上に肘を乗せる。
「へ…?何か知ってんですか?」
「ふふーん、まあね!そっかー、お前にもついにコレを渡すときが来たな!」
どっかのゲームに出てくる師匠のような台詞に少し吹き出した。
「えー何です?何かくれるんですか?」
冗談半分で手の平を差しだしてみると、
「ほいっ!」
綺麗な石を手の中に落とされた。わずか3センチほどの、小さな緑色の石。
先端が曲がっていて、中学の社会の教科書で見たことがある形だ。
「勾玉じゃないすか。すげ、本物の宝石ですか?」
手の平でころころと転がしてみたり、天井のライトの光に当てて反射させてみたりと、大木は石の観察に忙しない。
その横で、茶髪の男がメモ帳を取り出して何かをサラサラと書いている。
それを小さく折りたたんで大木に握らせた。
「何ですか、コレは」
紙を開こうとすると、男に制止された。
「あー駄目駄目!いい?コレはその石とセットだから。ピンチになったら、その紙を開いて、書いてある事を読めよー」
「は…ピンチって…え?」
「はいはい、この話は終わりー!あ、それよりさぁ。さっきの話の続きなんだけど…」
男は大木の問いかけを遮りにっこりと笑ってはぐらかすと、またいつものように雑談を始めた。また以前に何度も聞かされた話だ。
大木は男の態度に疑問を持ちつつも、深く考えず、いつものように相づちを打った。

「じゃーな。ボンス、また遊ぼうな!」
妙なあだ名で大木を呼ぶ男は、大きく手を振って喫茶店から出て行った。
一人残った大木は手を振り返しながらコーヒーを飲んでいる。
テーブルの端に置いてあった紙を開こうとするが男の言ったことを思い出し、踏みとどまった。
そして、あの勾玉と一緒に鞄の中にしまい込んだ。

「どういう事なんだろ…」
大木が呟くと同時に、
「あー、そうそう!」
ドアが勢いよく開き、茶髪の男が突然戻ってきた。
その真剣な瞳にぎくっ、と身体が強ばる。
「な、何ですか…」
「お前さー、俺が同じ事何度も言ってんのに全然覚えてねーよな?」

………………

「はぁあ!!?」
身体の力が一気に抜けた。


それから暫く経ち…

「帰ろうか、それじゃ」
残りのコーヒーを一気に飲み干して立ち上がった。
その時、男の客が二人で、黙々とケーキを食べているのが目に入った。
(はあー…珍しいなぁ…)
最近は若い男性にもすっかり甘党が増えて、ファミレスなんかで堂々と、チョコレートパフェなどを注文する。
だが、今大木が目に留めたのは、ファミレスよりも居酒屋が似合いそうな風貌の男達だった。
セットされていない髪に、寝不足なのかとろんとした目…。
色んな人間がいるな、と大木は首を振ってレジに向かった。

外にはもう茶髪の男の姿は無く、大木は一人で歩き出した。
信号が赤だ。足を止めて、ここの信号長いんだよなあ、などと考えながら目の前を通り過ぎていく車をぼーっと眺める。
すると、後ろからぽん、と無言で肩を叩かれた。振り向くと、さっき喫茶店の中でパフェを食べていた二人組が立っていた。
そして、いきなり大木の腕を片方ずつがっしりと押さえつける。
「ちょ、何すんですか!」
と、大木は言ったが、男達の行動がいかに素早かったかは、その言葉を言い終えた瞬間には、いつの間にか目の前に停められてあった車の後部座席に座らせられていた、という点からも分かる。
「誰なんだよ、あんたら…」
「おい、車出せ」
大木の言葉を無視して、一人が言った。

車が走り出すと、やっと掴まれていた手が離される。
大木は怖いよりも何よりも、ただ呆然としていた。



「あのー…何の御用?」
恐る恐る尋ねる。
「いえ、ちょっと聞きたい事がありまして…」
聞きたいのはこっちだ、と大木は思ったが、それ以上は口を開かなかった。相手の顔がどう見ても、友好的とは言えない顔をしていたからだ。
晩飯、遅くなっちまうな…。などと暫く呑気なことを考えていたが、周りの景色が段々寂しくなっていくのに連れて、恐怖感も生まれてきた。


連れて来られたのは、人一人居ない、寂れた倉庫。今はもう使われていないのか、角材や錆びた鉄パイプなどが無造作に置かれている。
天井のトタンは所々破れ、そこから夕日が漏れている。
車から降ろされると、男達も続いて降りてきた。
「…聞きたいことって…何だよ」
振り向きざまに、大木は思い切って尋ねた。
片方の男が口を開く。
「石ですよ。大木さん、受け取ったでしょう。喫茶店で」
「石…?」
そういえば、確かに受け取った。綺麗な緑の石を、あの茶髪の先輩から。
「それを渡して欲しいんですけど」
「渡して戴ければ無事に帰してあげます」
大木は少し戸惑った。そりゃあ早く帰りたいが、こんな見ず知らずの怪しい奴らに先輩から貰った物を易々と渡す訳にもいかない。
ふいに、石を渡された時の事を思い出す。何時になく真剣な口調、詳しく聞こうとするとはぐらかされた事。
石を他の人に見えないように自分の手に握らせた事…。

「大木さん?」
「…駄目だ…」
男達は難しい表情で顔を見合わせ、大木に視線を戻す。
「これは大事な物なんだ。悪いけど…渡せない」
「じゃあ、力ずくでも…!」
男が繰り出したパンチを間一髪で避ける。石の入ったリュックを脇に抱え込んで、走り出した。
走りながら振り向くと、何故か男達が追いかけてくる様子は無い。もう諦めてくれたのだろうか、などと考えていると。
「え…!?」
片方の男が腕を前に突き出すと、赤色の光が真っ直ぐ大木に向かって放たれた。
あり得ない光景に言葉を失ったが、直ぐ我に返り、しゃがみ込んでその光を回避した。
「無駄です!」
男がくいっ、と手を引くと、赤の光がまるで蛇のようにぐにゃりと曲がってUターンし、もの凄い速さで大木に命中した。

「うああああっ!い…痛ってえ!!」
気を失いそうな程の痛みに、思わず身体を抱えて倒れ込む。その拍子に口の開いていたリュックからバラバラと中身が撒け落ちた。
目の前にヒラリ、と小さな紙切れが舞い落ちる。少し前にはあの緑色の石が転がっていた。
「よし、落としたぞ」
男達が石を拾おうと駆け寄ってくる。

あーやばい、石、取られちまう…。どうしようどうしよう…。
その時、大木の頭に、あの言葉が蘇った。

―――『ピンチになったら、その紙を開いて、書いてあることを読め』

もうどうでもいい。助けてくれ…!
大木は痛む身体を起こして、縋るような気持ちで紙を開いた。