コール [p.s.]

163 : ◆BKxUaVfiSA :2005/08/30(火) 18:14:14

ばたばたという足音と共に、楽屋のドアが勢いよく開けられる。
「健!お前どこ行っとったんや!」
「俺ずっと此処にいたよ」
「もう本番はじまっとるんやぞ、早よ来い!」
怒鳴る名倉をまあまあ、と原田がなだめる。

スタジオに向かう途中の廊下でこっそりと原田が尋ねた。
「ケン、本当は何処行ってたの?」
「ん?ちょっと恩を売りにね……」
それに堀内は曖昧な返事を返した。

収録は多少遅れたものの、何事もなく進んでいった。
「お疲れさまでした!」


楽屋では堀内がカチカチと携帯をいじっている。
「ケン、“恩を売った”って誰に?」
静寂を破って、原田が尋ねた。
「さっき、新入りの若手から連絡あったんだ。“せっかく大木さんの石を奪いかけたのに”」
「のに?」
「“堀内さんに邪魔された”だってさ」

一瞬の沈黙。
「あ、れは…邪魔っていうかねー、友達の危機を救っただけだよ。それにまさかあいつらが黒の若手だと思わなかったんだって」
「それ、ホンマか?」
その時、隣で見ていただけの名倉が原田の肩に手を置き、言った。

「泰造、こいつきっと“白”の間者やで」

「はっ…?」
「まっさか!考えすぎじゃない?ケンが俺たちの敵な訳ないでしょ」
「当たり前じゃん!ひっでえよ潤ちゃん!」
堀内は笑いながら名倉を叩く。
「原田さん、名倉さん。ちょっと来てもらえませんかー」
スタッフの声だ。原田と名倉が振り向き、堀内はどこかホッとした表情を浮かべる。
「…いや、すまんな健。冗談やって」
申し訳なさそうにそう言って名倉は先に出て行った。
原田がお気に入りのジャケットを羽織りながら話しかけてきた。
「そうだ。大木の奴も石持ったんだろ?」
「そうだけど…」
「あいつも黒に引き込んでやろっか。そうだな…明日ロケで一緒になるし」
「あし…!!?…や、いや。そっかあ、頑張ってな〜あはは…」
パタン―――扉が閉められ、楽屋には堀内一人のみになる。だがその数秒後、
「あ、ごめん忘れ物………ケン〜?」
再び原田がドアを開けた時には、堀内の姿は無かった。
倒れた椅子と、台本の紙切れが宙を舞っていた。


「もしもし?大木、お前今すぐ上田と有田んとこ行け。“白いユニット”に入れてもらうんだよ!…いいか、助けてやったんだから俺の言うこと聞けよ!」
誰が見ても一方的過ぎる電話だった。相手が出るやいなや一息で捲し立てるとまた一方的に電話を切る。
伝わったかな?大丈夫だろ、あいつああ見えて物解り良いからな。
携帯をぱたんと閉じ、フェンスに背を預けた。
堀内は一階から一気に誰も居ない屋上まで移動していたのだ。
「…あーびっくりした…」
堀内は白のユニットの人間だが、黒である原田と名倉と共に行動している。いわゆる“スパイ”だった。他の二人が黒であるということから自然と自分も黒の人間だと信じ込ませていた。
もちろん原田と名倉も例外ではない。
「黒は嫌いだけど…俺が白って事が泰造たちにばれるのも色んな意味で嫌だなー…。はあ、俺ってばカワイソ。身の振り方考えなきゃなあ〜」
堀内は何度目かもわからない溜息を吐いた。