チャブ短編


834 名前:726 ◆B0ZJs1mt1.   投稿日:04/10/16 06:28:39

「あ、いた!おーい、柴田ー」
楽屋に戻る途中で、山崎が手を振りながら廊下を走ってくる。
「あれ、どうしたよオマエ!」
「いやね、中華まん用意したから」
なるほど、確かに彼の手には中華まんが一つある。
「はい」
山崎は中華まんを二つに割って、肉のあんが詰まったそれを相方の手に持たせる。
「それでわざわざ急いで来たってか?オレ、トイレに行ってただけなのに」
半分の肉まんを渡され不審げな顔をする柴田に、山崎はニッコリと笑顔になって。
「まだ楽屋に置いてあるんだ。冷めないうちに二人で食べたいなって」
そう言いながら背中を押して楽屋へと急がせる。
「サンキュ山崎。でもちょっと急がせすぎじゃねえ?」
内心相方の心遣いが嬉しい柴田は微笑みながら山崎に応える。

しかし楽屋の扉を開けた瞬間彼は唖然とし、数秒後に山崎が迎えに来た意味も察する。
「……山崎……」
確かにほこほこと湯気の出た中華まんが楽屋に置いてあった。──天井までびっしりと楽屋を埋め尽くして。
山崎は中華まんの大群に楽屋を追い出されたらしい。
「さ、どうぞ。全部食べてもいいよ」
「どうぞじゃねぇよ!こんなもん一人で食ったらもれなくオレの腹破裂するね!」
柴田は山崎の頭をはたいてツッコミを入れる。
他の中華まんの下敷きになっていても全く潰れず丸いままの、
物理法則を無視したそれを5秒ほどじっと見て。
「一応聞いておくけど、これはどうしたの?普通一人でテイクアウトできる量じゃないよね」
頭を抱えながら尋ねる柴田に、山崎は飄々としながら応える。
「あー、小腹が空いたんだけど何もないし、でも買いにいくのちょっと面倒かなあって」
これでちょっとね、と白地に虹色の光が遊ぶ二枚貝のような形の石を柴田に見せる。
「やっぱりか!一手間を惜しむんじゃねぇ!余計面倒なことになってんだろうが!」
オレの喜びを返せと迫る柴田の勢いにたじたじとなる山崎であった。


「大体オマエ、石使ってまともに物出したためしねぇだろ」
「いやいや、今頼んだらちゃんと出てきたよ」
「どう頼んだ?」
「あんまん二人分」
「ずいぶんサービス過剰だねえ。量多いし、さっきのは肉まんだったぞ」
つっこみながらも、相方が自分の分も用意する気はあったことに嬉しさを覚えてしまう。
そのことに苦笑いを浮かべるものの、目の前の事態は表情を真剣にさせる。
「とにかく、楽屋に一杯はいらねえよ。どうにかできねえのか?」
でも今までに何度もキャンセル効かないことで苦労させられたしなとため息をつく。
「呼び出したものを返す方法ならあるよ。最近できるようになったんだ」
「何だ、じゃあそれやってくんない?山崎さん」
即答する山崎に、柴田はホッとして中華まんを戻すよう頼む。
「でもちょっと勿体なくない?」
「食いきれなくて固くなる方がよっぽど勿体ねえって」
「冷めたらもう一度レンジで」
「チンとかいいから、いい加減オレを楽屋に入れてくれ!!」
「はいはい。『あーざいますっ!』」
いいかげん柴田がキレ始めたのを見て、山崎は元気のいいお礼の挨拶──
呼んだ物を戻すためのゲートを開けるキーワードを口にする。
その声に応えて手のひらの石が光り、白い輪が山崎の目の前に出現する。
そして中華まんが──ピクリとも動かない。
「…自分でもどってくれるといいんだけどねえ」
石をポケットにしまい、中華まんを両手いっぱいに抱えて輪の中に放り込み始める山崎。
「手作業!?うわ、大変だなあ」
それを見た柴田も中華まんを抱え、ゲートに入れるのを手伝い始めた。


しばし二人は黙々と片付け作業を続ける。が。
「終わらないな」
「楽屋一杯だしね」
未だ大量に残る中華まんに途方に暮れ、沈む二人。
「誰かに助けを求めないとまずいかな」
「片付けるの得意な人って、今日いたか?」
「あー、ゲートが手動じゃなかったらなあ」
「そもそもこうなったのはテメエが大量発注した…」
せいじゃないのか、と言いかけた柴田はあることに気が付き、
山崎に背を向けると自分の首から下げていたものを手に取った。

柴田の胸でオレンジの光が瞬き、彼は笑って相方に向き合う。
「おう、いけるぞ山崎!出来る!」
「えっ、柴田?」
「悪い、オレ自分のこと完っ璧に忘れてたわ!ごめんね」
「柴田さん?」
先ほどまでの沈んだ様子からは考えられないほどの柴田のテンションの高さと笑顔に戸惑う山崎。
「ほら、コイツコイツ」
柴田は上機嫌で橙色に炎のような紅い光が浮かぶ石を山崎に見せた。
「……あー、そっかー!」
「そうなんだよー!」
山崎も笑顔になって柴田とはしゃぎ始める。
「じゃあ、頼むわ山崎!」
「オッケー、そっちの方もよろしく!」
満面の笑顔と共に、柴田の石が強く光り鮮やかな橙の光が相方に降り注ぐ。
光を浴びた山崎の石も共鳴し、明るく強い光を放つ。
それと共に白いゲートが虹色に輝き始め、中華まんも揺れ始める。
「いっせーの、せっ」
「『あーざいまーすっっ!!』」
二人同時にキーワードを叫んだ瞬間、ゲートがひときわ強く輝いたかと思うと
淡く発光した中華まんが浮き上がり、一斉にゲートに向かって飛んでいく。
楽屋を埋めていた中華まんは、またたく間に異空間の向こうへと去っていった。

最後の中華まんが帰ったのを見届け、山崎は力を解除する。
「はあー、疲れたー」
連続して石を使った反動が今来たようで、山崎はその場に座り込んだ。
「きっついなー、さすが」
こちらも力を解除し、柴田は肩で息をして壁にもたれた。テンションは通常に戻っている。
「やー、柴田が魔力アップの呪文使えて助かった」
「呪文っていうのかな、これ」
ようやく空いた楽屋に入り、二人は大量の中華まんの下になっていた自分たちの荷物を確かめ、
多量の物の下敷きになっていたのが嘘のように何事もない荷物にほっとする。

「あー。お腹空いたー」
楽屋の床に倒れ込む山崎。
「結局肉まん半きれしか口にしてないよ」
「オレは当分中華まんはいいわ…あ」
柴田はふと思ったことを尋ねてみる。
「もしかして、あんまんは食べてない?」
「……あー、失敗したー」
結局食べたかったものを食べ損ねたことに気が付いて、へこんだ山崎は改めて床に潰れる。
そんな相方を見て、本当にしょうがねえなと苦笑する柴田。

そんな能力者コンビのささやかな日常の一コマ。


 [アンタッチャブル 能力]