Black Coral & White Coral [10]


130 名前:“Black Coral & White Coral”  ◆ekt663D/rE メェル:>>64の彼へ sage 投稿日:05/02/28 11:17:20 

どこか濃厚で、それでいて暖かい金色の光。
それはライブの終わりに舞台に現れた時、浴びせられるライトや客席からの満足げな視線に似ていて。
ネタを演って疲れた身体や心を癒やし、次への励みを与えてくれるそれらのような煌めきは
芸人達をしばし包み込んだ後、ゆっくりと薄れていった。

「・・・赤岡っ!」
やがて視界が元通りになっても、まだ少し感じる余韻を破るかのように上がったのは、島田の声。
彼の目前の床の上には、キョトンとした様子で座り込んでいる、黒い髪の長身の男がいて。
「何だよ、この・・・馬鹿ぁっ!」
よろよろと力なく歩み寄り、床にひざをついて。
どこか叱責するような声と共に島田は男に・・・赤岡に腕を伸ばしてしがみ付いた。
その細い腕は空を切る事なく、しっかりと赤岡の身体を捉える。
設楽によって付けられた打撲の傷は多少残っているけれど、虫入り琥珀によって消失していた左腕は
しっかり復元されているようである。
「余計な手間・・・掛けさせやがって・・・・・・」
「・・・・・・悪い。」
しばし島田の行動の意図が掴めなかったのか、不思議そうな表情を浮かべていた赤岡だったが
フッと口元に笑みを浮かべ、そう島田に応じてみせた。
「でも、ああしなきゃ、お前の事・・・助けられないと思ったから。」

あの時、落下してくる鉄骨を避ける事自体は赤岡にとってそう難しい事ではなかった。
しかし、鉄骨と一緒に島田も降ってきていた以上、彼を受け止めて逃げようとすれば
どうしても間に合わなくなる。
黒珊瑚のポルターガイスト能力でも、さすがに空中の島田を動かす事まではできない。
ならば。
虫入り琥珀で島田の落下の軌道を変え、己の残りの存在をかき消して鉄骨を回避すれば。

「俺が助かっても、お前が消えたら意味ないだろ・・・本当に・・・。」
赤岡にしがみ付いていた腕を放し、その頭に軽く拳骨を見舞って島田が憮然と赤岡に告げる。
「その点では・・・まぁ・・・信頼してましたから。」
島田と、そして小沢の事を。そんな言葉の最後の方は口にせず、赤岡は視線をもたげて小沢の方へ向けた。
虫入り琥珀の力が通じなかった小沢なら、何とかして自分を消滅から救うだろうと。
都合の良い信頼ではあるが、実際にこの人はそれに応じてみせた訳で。

「小沢さん・・・?」
淡い青緑の光をこぼすアパタイトを手に、じっと佇む小沢に赤岡は声を掛けた。
「・・・・・・・・・・・・。」
小沢は、答えない。
焦点のあっていない瞳を虫入り琥珀に向けたまま。
「・・・小沢さん?」
島田も小沢に呼び掛ける。それでも、小沢はピクリともしない。
「小沢さんってば!」
再度呼び掛けた島田の声の調子に、3人から少し離れた位置にいた井戸田と江戸むらさきの2人も
何か異常があった事を察して駆け寄ってきた。

「小沢さんっ!」
慌てた調子で耳元で井戸田が呼び掛け、肩を掴んで揺さぶれば。
そこでようやくハッと我に返ったように小沢はビクッとその身体を震わせた。

「あ、あぁ・・・ゴメン。」
一度首を横に振り、それでもまだどこかボーっとしている様子を見せながら小沢は井戸田に、
そして周囲の面々にそう答える。
「何か・・・慣れない事したから・・・頭の中が変な感じで。」
でも本当に大丈夫だから、と付け加えて小沢は小さく微笑み、不安げに見やる井戸田の手を払って
号泣の2人の方へと歩み寄った。

アパタイトの力を虫入り琥珀に対して行使した、その時。
小沢は貧血を起こした時のような全身の力が抜ける感覚に襲われ、視界も不意に白く染まってしまっていた。
それは時間にして数秒ほどの出来事だったかも知れないけれど。
小沢には何か、メッセージのようなモノが聞こえたような気がしていた。
聞き覚えのある声であるように小沢には思われたが、それが誰の声で、一体何を伝えようとしていたのかまでは
生憎どうしても思い出せないけれど。

「度々、済みません。」
「・・・これっきりだからね。君の変な信頼に応えるのは。」
近づいてくる小沢に対し、赤岡は床に座ったままぺこりと頭を下げる。
彼にしては珍しいぐらいの素直な態度・・・尤も、彼がやらかした事を思えば当然の話ではあろうが・・・に
小沢は肩を竦め、そう告げた。
「まったく・・・色々ありすぎて当初の目的が何だかわかんなくなってきたよ。」
そうだ。最初、赤岡が話があるとここまで小沢を引っぱり出してきたのだ。
本題に入る前に設楽が現れ、気が付いたらこんな状況である。
「その事については、いずれ改めて話します。どうやらあなたには・・・・・・」
その資格があるようだから。小沢を見上げ、赤岡が続く言葉を口に出そうとした、その時。
急に苦しげな表情を浮かべたかと思うと彼は手で口元を押さえて俯き、咳き込み始めた。

「・・・赤岡?」
ゴホゴホと肺の底からむせ返る中で、赤岡の口から黒いドロリとした液体が吐き出され
手の隙間を通って床に滴り落ちる。
「どうした、悪阻か?」
「・・・潤さん、それ違うから。」
「・・・・・・・・・・・・。」

口ではそれぞれ言いながらも、一斉に不安そうに覗き込む一同の中央で、
赤岡はひとしきり液体を吐き出すと、俯いたままゆっくりと乱れた呼吸を整えようとする。
口元を押さえていた手を離し、赤岡はべっとりと付着した黒い液体を払おうと小さく振ったが
液体は短い間に固体・・・いや、黒い結晶に変化していて赤岡の手から離れない。

「何、これ・・・・・・。」
もちろん床に落ちた分の液体も黒い結晶に変化しており、小沢は思わず屈み込みながら赤岡に訊ねる。
「黒い、欠片。」
その問いに答えたのは、赤岡ではなかった。
淡く輝く白珊瑚を手の平に乗せ、その輝きを黒い結晶の張り付いた赤岡の手へ浴びせかけながら。
島田が誰かに聞かせるというよりも、自分で確認するかのような静かな口調でそう、呟いた。
「詳しくは知りませんが・・・石を濁らせたり、暴走させるために用いられる物だと、聞きました。」
「・・・って、誰にだよ?」
俺、知らなかったぞと問う野村の方を見上げ、島田は答える。
「いつここの・・・菊地くんに。」
白珊瑚の光を受けて、赤岡の手の黒い結晶はジュッと蒸発して溶け消えた。







雨は、まだ止まず。雨粒が天井を激しく打つ音がバラバラと遠く聞こえてくる。
己の石を・・・水を操るアイオライトを酷使した代償である、発熱の気配を感じながら
菊地は何とかその場に立ち、乱れた呼吸を整えていた。
「・・・・・・・・・・・・。」
彼の目の前には、床に倒れた長身の男とそれを介抱しようとする同じぐらいの長身の男がいて。
軽く視界を巡らせれば、別に3人ほど気を失っている男達の姿もあるようだった。

・・・もう少しなら、無理も出来るだろうか。
一度額に手をやり体温を確認して、菊地はアイオライトに意識を集中させる。
すると彼の近くにある雨漏りして床に広がった小さな水たまりから、ふわりと重力に反して
水の固まりが浮かび上がった。
眉間に軽く皺を寄せて、菊地はいつもなら無条件で攻撃に用いる為の水を、違う用途で用いるために
石の力を借りて変質させる。
「・・・・・・・・・・・・。」
間もなく淡くアイオライトの青紫の輝きを帯びた水の固まりを、菊地は一瞥して小さく弾け飛ばした。

ぴちゃり。
菊地により黒珊瑚を氷でコーティングされて暴走を押さえ込まれ、気を失った赤岡の頬に
どこからともなく水が降りかかってくる。
化粧水か何かのように水は即座に赤岡の肌に吸収されて。
何とか抱き起こそうとする島田の目前で、赤岡の瞼がピクリと動いたかと思うと、彼はゆっくりと目を開いた。
癒やしの水は赤岡だけでなく、黒の下っ端であろう若手の3人にも振り掛けられる。
こちらは赤岡よりも負った傷が重いため、即座に治癒はしないだろうけれども。
それでも明日には何事もなかったかのように振る舞うことができるだろうか。

「菊地くん!赤岡が・・・」
「・・・みたい、だね。」
パァッと表情を明るくさせ、菊地の方を振り向いて声を上げる島田に菊地は軽く応じてみせる。

「良かった。」
けれど続けて口からこぼれた言葉に、ふと菊地は戸惑いを覚えた。
・・・これで、本当に良かったのだろうか。
『シナリオ』は下っ端の勝手な判断によって乱され、黒き石の仲間として迎え入れるべき
赤岡の黒珊瑚は予定外の暴走を引き起こしてしまった。
何とかこうして押さえ込みはしたけれど、これは当初の目的からは程遠い結果であろう。
あの3人、そして本来あの3人を監視するべきだった人間と菊地。
いずれにも何かしらのペナルティもしくはそれに準ずる厄介な任務が下されるのは間違いない。
集会の独特の重い空気を思うと、菊地は自然と憂鬱な気分になってしまうのだけれど。

それでも、島田の笑顔や赤岡を酷く傷付ける事なく黒珊瑚を押さえ込めたという妙な達成感が、
菊地には心地よく思えるのだ。

シャカに18KIN、そして相方と、号泣の2人と親しくしている人間が自分の回りに何げに多い。
2人にもしもの事があれば、きっと彼らは悲しむ事だろう。
それが厭だから・・・だから、わざわざ自分は力をセーブして本気で相手を傷付けないように戦ったのだ。
そしてそれが上手く行った。そうだ。それだからに違いない。

必死に己を納得させるように菊地は自分に言い聞かせる。
ずっと黒の側の石の使い手として、時に相手を病院送りにする事も辞さず、戦ってきた。
ただそれが、相手を石を巡る戦いから退場させ、白の側に取り込ませないようにさせる手段だと思えたから。
澄んだ自分の2つの石の光が戦いの後に濁るようになっていても、それが相手の為だからと。
けれど、今は。今だけは、それは違うような気がしてならない。
るつぼから流れ出たようなドロドロする菊地の違和感が、島田の白珊瑚の光を間近で浴びた為だと。
浄化の光によって凝り固まった彼の心の中の黒い欠片が一時的に溶けたためだと菊地が気付くのは、
もうしばらく先の事になるだろうけれど。

「菊地くん、菊地くん!」
今は、己を呼ぶ声に、素直に応じるだけ。
「あ・・・どうしたの?」
何気なさを装いながら島田達の方へ一歩足を踏み出した時、菊地は軽い眩暈を覚える。
念のために帰りがけにドラッグストアで冷えるシートを買っていこうか。
「何か・・・赤岡のヤツ、変なのを吐いてて・・・。」
「それは・・・。」
島田に言われ、見れば赤岡の傍らに黒い欠片が吐き出されていた。
その欠片の量は菊地の知る適量を上回っているようで、それなら石が拒絶反応を起こしても
仕方がないかもしれない。
・・・まったく、何も知らないでやるから。
そう呟きたくなる衝動を、菊地は自然とその言葉ごと喉の奥に呑み込んでしまっていた。

「それは・・・黒い欠片。力のある石を濁らせたり、さっきの赤岡くんみたいに暴走させたりするモノ。」
代わりに菊地の口から発せられた言葉は黒いユニットの一員というよりも
むしろ白いユニットのメンバーが発したような、相手に注意を促す口調でのもの。
今回黒の側に引き込む事に失敗した以上、警戒して2人が白の側に走る事は充分に考えられる。
次に黒が勧誘するべく働きかけるのがいつになるかはわからないけれど、せめてその時のために
最低でも白のユニットに興味を持たないよう仕向なければ。

「何のために・・・そんな事を・・・。」
「2人は、不思議な力のある石の事は、聞いているよね。」
まだ回復したばかりで力のない赤岡の目と、不安げな島田の目が己に向けられているのを感じながら
菊地は2人にそう告げた。
菊地からの問いかけに、島田はコクリと首を振って、赤岡は目線だけで頷いてみせる。

「その石を巡って対立している2つの陣営、白いユニットと黒いユニットがその駆け引きで・・・使ってるって。」
そう聞いた事がある。
実際に黒の欠片を用いているのは黒いユニットだけだけれども、続けて2人に話す言葉の最後を
伝聞の形にしたのは、無意識から来る菊地なりの保身だろうか。
「2人とも・・・ユニットになんか、属しちゃ駄目だからね。」
けれどある程度冷静に情報を処理する余裕さえあれば、だったら何故菊地が黒い欠片の事や
ユニットの事を知っているのか、疑問に思うところもあるだろう。
とはいえ、今の2人は卵から孵ったばかりのひよこと同じ。
石とそれにまつわる詳しい情報を知っているのは目の前の菊地だけ・・・という状況であれば、
そう簡単に彼の言葉を疑いはしない。
上手い具合に刷り込みを施しておけば、しばらくの間は警戒してユニット同士の争いには近づかないだろう。

もっとも、わざと白いユニット側を悪く言って黒に興味を持たせることもできただろうし
本来の菊地の立場をすれば、そう話しておくべきだったのかも知れないけれど。
そうできなかったのは、やはり島田の胸ポケットの中で淡く光を放つ白珊瑚のせいだろうか。
「わかった。白いユニットと黒いユニット・・・・・・両方とも、気を付けるよ。」
確認するように呟く島田の言葉に、菊地はそういう事、と頷いてみせる。

しかし、この彼の言葉が赤岡と島田にとって立場を貫く指針となり、後に改めて2人を勧誘に向かった
黒のユニットの芸人達がことごとく返り討ちにされる、原因にもなってしまったのだけれども。




「・・・黒い欠片、ねぇ。」
島田からかいつまんで説明を受け、小沢は床で凝固している欠片を指でつまみ上げた。
とても人の喉を通れるモノとは思えない、ガラスの欠片のような物体。
白いユニットの中の人間で、この欠片を用いて何かをしようとした芸人を、小沢は知らない。
ならばもう一つのユニット、黒いユニットが持ちいているモノなのだろうと考えるべきなのだろうか。

井戸田も小沢に倣って欠片を指でつまみあげ、欠片を目の近くへ持っていって凝視しようとしてみる。
刹那。彼の首元で急にシトリンが警告を発するように輝きと熱を持ち始めた。
「う・・・うわぁっちゃ!」
よほど熱かったのだろうか。指から欠片を取り落として井戸田は身悶える。

「・・・潤?」
確か説明によれば、この欠片には石を濁らせる力があるという。
その為、近づけられた欠片に井戸田のシトリンが過剰に反応したという事なのだろうか。
そう考えれば、小沢にはやはりこれは混乱を引き起こそうとする黒の連中が扱うモノとしか考えられない。
証拠も少ないのにそう安易に決めつけるのは良くない事だとは思うけれど。

「・・・何やってるんですか。」
「だってよぉ・・・。」
熟考する小沢の側で、緊張感ないですよと呆れたように肩を竦める磯山に、唇を尖らせて井戸田が
何かを反論しようとした、その時。

「おい、ちょっと待てよ。」
何かに気付いたのか急に井戸田はハッとして、その口元を手で覆う。
「どうしたの、潤。」
「いや、確証はねぇんだけど・・・・・・その、よ。」
少し戸惑ったように周囲を見回し、それから口元を手で覆ったまま井戸田は小沢の元に近づいて。
そっと小沢の耳に囁いた。

「この欠片・・・さっき設楽さんが外で吐いてた気がする。」