Black Coral & White Coral [11]


226 名前:“Black Coral & White Coral”  ◆ekt663D/rE   投稿日:2005/03/23(水) 06:08:36 

「・・・どういう事?」 
 普通に無造作に口にするのではなく、囁きかけてきた井戸田の意図を察し、小沢は小声で井戸田に囁き返す。 
 「って言うか・・・設楽さんに会ったの?」 
 「・・・あぁ。」 
 赤岡の暴走に気を取られていてすっかり忘れてしまっていたが、彼が暴走する直前に顔を合わせていたのは設楽。 
 小沢達が駆け込んできた時には彼の姿は消えていたけれど、それは赤岡が暴走したから身の危険を察して 
 この場から逃げたのだろう、と思っていた。 
 しかし。 
 「途中の大通りの所で。昨日の弁当がどーのこーので吐いたっつってたけど・・・」 
 確かに胃液っつーよりあの欠片っぽかった、筈。 
 真面目な顔で記憶をたぐり、告げる井戸田の言葉に小沢の表情は自然と強張っていく。 
 もしも。設楽の姿が消えていたのが、暴走した赤岡から逃げたためではなく、 
 赤岡を暴走させるという目的を果たした為に立ち去ったのだとすれば。 

 「赤岡くん。」 
 あくまでこれは仮定。 
 全てはただの想像に過ぎないけれど、険しい表情を浮かべながら小沢は赤岡の方を向き、呼び掛けた。 
 「・・・何でしょうか。」 
 「もし覚えていたら、YESかNOで答えて欲しい。」 
 言葉を選びながら、小沢は己に応じた赤岡に問う。 
 「君に欠片を飲ませた人は、自分でも欠片を口にしてた?」 
 ここで設楽、という固有名詞を出さなかったのは、小沢自身がまだ信じられない・・・信じたくないという事と 
 江戸むらさきの2人と島田に余計な動揺を与えたくない為だろう。 

 「・・・・・・・・・・・・。」 
 けれど慎重に問いを発する小沢の顔を見上げ、数秒ほどの間を挟んで。赤岡はコクリと首を縦に振った。 
 確かに設楽は、かつて黒珊瑚の力を暴走させた黒い欠片に対して赤岡が抱く懸念と不安をぬぐい去ろうと 
 赤岡の目前で欠片を口に含んでいたのだから。 
 「・・・やっぱり。」 
 赤岡からの返答に、小沢は険しい表情のままぼそっと言葉を漏らす。 
 「彼は・・・黒の側の人間なんだね?」 
 「・・・ええ。」 
 一体何の事なんだろう、と不安げに島田達が見やる中、重ねて確認するように問う言葉に赤岡が答えれば 
 井戸田は眉を寄せて唇を噛みしめ、小沢はいよいよもって悲しそうに目を伏せた。 
 ・・・それも仕方のない事だろう。そう赤岡は思う。 
 付き合いの長い親しき先輩が敵側の人間だと知らされて、戸惑わない者はいないだろうから。 

 「・・・一体何の話してるんだよ。」 
 俺らにもわかるように説明してくれないか? 
 3人の間だけで話が進む様子にさすがにもどかしくなったのか、磯山がそう口を開く。 
 「誰が・・・黒の側の人間だってんだ?」 

 「・・・・・・・・・・・・。」 
 磯山の気持ちも分からなくもないが、ここは即答して良い物か。 
 小沢の方を見上げてその内心を探ろうとする赤岡のその腰の辺りから、不意に着メロが鳴り響きだした。 
 微妙に張りつめた空気にそぐわない電子音に、あぁ、あんなに暴れたのに携帯は無事だったんだ・・・ 
 そんな呑気な考えがふと脳裏を過ぎらなくもないけれど。 
 ちょっとすみません、と目線で謝ってから携帯を取りだして液晶を覗き見た赤岡の目が、僅かに見開かれた。 
 「・・・誰から?」 
 「・・・噂の張本人から、電話ですよ。」 
 話が省けますね、これで。 
 そう幾分強張った口調で周囲に告げ、赤岡は一つ呼吸を置いてから携帯を耳元にやる。 
 「向こうは精神に作用する石を持ってますから・・・念のために各自抵抗はしておいて下さいね。」 
 そう口にして通話ボタンとスピーカー機能のボタンを続けて押せば。 

 『やぁ、復活おめでとう。気分はどう? 赤岡くん。』 
 携帯から穏やかながらもどこか冷たい設楽の声が周囲へと響き渡った。 


 「・・・お陰様で。」 
 虫入り琥珀によって赤岡が片腕を喰われたのは彼も目の当たりにしている。 
 けれど、復活と口にしたからには、赤岡が一度消失した事を設楽が把握している訳であって。 
 どうやってそれを・・・と一瞬言葉に詰まる赤岡だったが、まずは何とかそう設楽に返した。 
 『それは良かった。でもどうしたの? そんな怖い口調で。何を警戒してるんだい?』 
 自然と慎重になる赤岡に対し、設楽の口調はどことなく楽しげである。 
 しかし口調とは裏腹に、その声の質は彼が口にしているような赤岡の帰還を喜んでいたり 
 口調のように楽しそうに喋っているとは到底思えない物で。 
 外野で聞き耳を立てている野村の口からうわぁ、と引きつるような小さな呟きが漏れた。 

 「・・・別に。」 
 『まぁ、良いけど。』 
 不安げな眼差しを回りから浴びながら赤岡がまた設楽に返せば、設楽は素っ気なく話題を流す。 
 『じゃ、とりあえずわかってると思うけどさ。お前、黒、クビね。』 
 「・・・・・・なっ?」 
 しかしその勢いのままサラリと告げられれば、脊髄反射的に赤岡の口から驚きの言葉がこぼれた。 
 『だってお前、小沢達倒せなかったし?』 
 一応実力主義なんでね、こっちも。あんま無能な無駄飯食いばかり置いとけないの。 
 慌てた赤岡の様子がおかしかったのか、小さな乾いた笑い声を挟んで設楽は赤岡に告げる。 
 『あ、それとさ。そこに小沢いるんでしょ? 替わってよ。』 

 「・・・・・・・・・!」 
 いきなり己の名を呼ばれ、自然と視線の集まる小沢の肩がピクリと揺れた。 
 どうしますか、と赤岡から目線で問われれば、しばし迷ったような仕草を見せたが 
 覚悟を決めたのか小さく頷き、携帯を受け取ろうとその手を赤岡の方へと伸ばす。 

 「小沢さん・・・。」 
 心配そうに声を掛ける井戸田に大丈夫、とぎこちない笑みを返して 
 小沢は赤岡から携帯を受け取ると顔の側へ持っていき。 
 「・・・もしもし、替わりました。」 
 告げた小沢の声は、電話越しというのを差し引いても普段のそれとは異なった響きを帯びて届いた事だろう。 

 『んー、どうしたのかな? そんな緊張して。小沢らしくない。』 
 そんな小沢の態度にククッと楽しそうに笑いながら・・・多分今の彼の目は笑っていないに違いないが・・・設楽は問う。 
 『そんなにショックだった? この設楽 統が黒のユニットの芸人だったって事が。』 
 「・・・・・・ええ。」 
 状況からそうだろうと推測していたとはいえ、直に本人から宣言されるとやはり衝撃を受けるモノで。 
 小沢は感情を押し殺すような短い返事を返す。 

 それでもすぐに小沢はでも・・・と口を開き、言葉を紡いだ。 
 「でも・・・必ず。僕らがあなた方を・・・止めますから。」 
 『・・・おや、随分と頼もしいお言葉だねぇ。』 
 「褒めてくれてありがとうございます。」 
 皮肉の色を僅かに混ぜた設楽の言葉に応える小沢の顔からは動揺の気配は薄れ、凛とした力強さが戻っていた。 

 ・・・このぐらい、覚悟はしていたから。 
 アパタイトの想いに応じ、たった1人、黒に染まった石を封印する白の側に立つと決めたその時から。 
 「たとえ潤さんや仲の良いみんなが敵に回ろうとも、黒の側の石を封印して・・・この騒ぎを終わらせてみせる。 
  そう僕は僕の『いし』と約束した。だからあなたが相手でも屈しない。あなたを止めてみせます。」 
 そうきっぱりと言い切る小沢に応じ、そして励ますようにアパタイトも淡く輝きを発する。 

 『・・・ふぅん。』 
 思ったほど小沢が動揺しない事がどうにも面白くないのか、設楽の反応はは素っ気ない。 
 『まぁ、せいぜい頑張ると良いよ。』 
 その代わり、後で泣いても助けてあげないから。 
 涙腺の弱い小沢に向けたのだろう呼び掛けの声は冷たく、気の弱い人間なら違う意味で今すぐ泣きたくなるほどで。 

 井戸田には、この声の主がさっき路上で逢った時の気さくな雰囲気を発していた人間と 
 同一人物だとは到底思えなかった。 
 どちらかが偽物である、といったような何かの間違いであればいい・・・そう思いたくても 
 それを実証させるだけの証拠が自分達の手の中にないのが現状で。 

 仕方なく口をつぐむ井戸田同様、江戸むらさきの2人も号泣の2人も口を閉ざす中。 
 『あぁ、ちなみにこの事は日村には黙っててね。もしあいつにバラしたら、そこが事務所だろうが劇場だろうが 
  ライブ中だろうが全国ネットの生放送だろうが・・・とにかくお前らの事、殺すから。』 
 自分勝手極まりない・・・しかし、その言葉が本気である事だけは充分に伺える設楽の声が響いたかと思えば、 
 それが掛かってきた時と同じように突然プツリと電話は切れた。 



 「・・・な、何なんだよ、ったく!」 
 聞き慣れた無機質な電子音がスピーカーから流れ落ち、設楽の発するプレッシャーが薄れた途端、 
 憤慨したように磯山が声を上げる。 
 「何であの人が・・・黒の側って・・・嘘、だろ?」 
 「あの人は、黒の側の人。」 
 混乱しているだろう事が伺えるその言葉に、赤岡はそう告げて静かに首を横に振った。 
 「しかも、本人曰く・・・どうやらそれなりに一目置かれる立場にいるみたいですよ。」 
 黒に誘った本人から黒をクビになった以上、もう別に黙っている必要はない、と付け加えられた言葉は 
 周囲の面々に更なる追い打ちをかける事になるだろうか。 

 「・・・って事は・・・いつも設楽さんの回りにいるみんなも黒に近いって考えといた方が良い・・・のかな。」 
 日村さんには口止めするよう言っていたって事は、あの人は違うみたいだけど。 
 島田が力なくこぼした言葉は、誰もが脳裏に過ぎらせつつも口に出す事だけは我慢していたそれ。 

 「多分な。あの人結構影響力あるから・・・。」 
 島田が喋ってしまった事でどうしてもその事に向かい合わざるを得ず、
野村が苦虫を噛み潰したような表情で呟いた。 
 元々M2カンパニーと合併する以前から、沼島の嫁ばりに慢性的な先輩不足に陥っていた 
 ホリプロの事務所事情も相まって、事務所内の超若手達には設楽を慕っている者も多い。 
 野村達が親しく付き合っている・・・と言うよりも連れ回しているメンツにもそれは含まれていて。 
 「あいつらとかあいつらとか・・・いちいち警戒してくのは、正直キツいな。」 

 「じゃあ、石をここで封印して何もかも忘れればいい。」 
 想像するだけでも頭が痛くなる、と思わず眉を寄せる面々に、おもむろに小沢が告げた。 
 それは己ほどの覚悟を持っていないと思われる、彼らに対しての小沢なりの配慮のつもりなのかも知れないけれど。 
 その途端、一斉に尖った視線が彼の方へと向けられた。 
 「何でそうなるんですか?」 
 そうカツゼツの悪い声を張り上げた島田に続いて 
 「そんな事したら、小沢さん達が孤立しちまうじゃねーかよ。」 
 磯山もンな事出来る訳がねぇ、と即答する。 

 「でも、そうすれば・・・」 
 「止めときなよ、小沢さん。」 
 少なくとも悩まずに済む、実際に親しい相手と向かい合った時に苦しまずに済む。 
 口々に反論してくる磯山達にそう告げようとした、小沢の肩に手を置いて井戸田が苦笑を浮かべた。 
 「少なくとも・・・今のこいつらに『忘れる』って単語はNGな筈だしな。 
  それに、俺は見てないからわからねぇけど・・・さっきはみんなで戦ってたんだろ?」 
 ・・・だったら大丈夫だ。 
 何の根拠もない太鼓判を押す、井戸田を小沢はジッと見やる。 
 その己を見る小沢の目が微かに潤んでいるのを見て取って、井戸田は肩にやった手を 
 今度は小沢の頭へ持っていき、もう一度大丈夫だと告げながら宥めるようにぽんぽんと軽く頭を叩いた。 

 白のユニットの1人として堂々と振る舞おうとしていても、小沢も本当は不安なのだろう。 
 設楽の黒のユニット宣言もそうであるが、石を濁らす力を持った黒の欠片の存在とその威力を 
 赤岡の豹変という形で知った以上いつどこで誰が黒の側に変わってしまってもおかしくない・・・ 
 そう考えれば誰かを仲間だと信じる事も難しくなる。 
 それならば、石を奪ってしまった方が得策なのではないか・・・そんな思考に走ってしまったとしても 
 仕方のない事ではあろうけれど。 

 「あんまり自分を追い詰めすぎてると、もっと肌荒れンぞ?」 
 「・・・・・・ゴメン。」 
 自分を見やる眼差し、そして冗談めかしつつもその声は暖かい井戸田の言葉に小沢は素直にコクコクと頷いた。 

 「まぁ・・・僕が言うのも何ですけれど・・・少なくともそこの2人は今まで通り信じてあげてください。」 
 磯山と野村を順に目で示し、赤岡も小沢に告げる。 
 しかし、それは逆に考えれば赤岡自身と島田は信用してはならないと言わんばかりで、 
 回りが赤岡に対し何かを言おうとするより早く。 
 「僕もまぁ、助けてもらった恩は必ずどこかで返すつもりですが・・・
それもまずは携帯を返して貰ってから、と言う事で。」 
 長い腕を小沢の方へ伸ばし、真面目な顔で赤岡が続けるその台詞に、それぞれの口から出かかった言葉は 
 どれも脱力を伴った吹き出し笑いに変わっていた。