Black Coral & White Coral [12]


470 名前:“Black Coral & White Coral”  ◆ekt663D/rE  投稿日:2005/05/11(水) 02:47:52 

事務所に戻り稽古場へと足を進める設楽の表情は、すれ違う誰もが声を掛けるのを憚られるほどに
険しく苦々しげなモノだった。
右手に携帯を握りしめたまま設楽がドアを開けて稽古場の中に入れば、事務所ライブが近い事も手伝って
ネタ見せの為に若手や超若手の面々が集まってそれぞれネタを合わせたり、より良くさせるために
ギリギリまでアイデアを出しあったりしているようで。
「・・・あ、おはようございます。」
「おはようございます!」
そんな中での「設楽兄さん」の登場に、若者達はそれまでの作業を止めて口々に挨拶の言葉を発する。
いちいちそれに応じていては大変と設楽はこの時ばかりは表情を和らげ、鷹揚に頷いて彼らに挨拶を返し、
開いている空間を見つけるとそちらへと向かった。

パイプ椅子を引っぱり出し、腰掛けて。設楽はそこで笑みを消し、フゥと深い息を吐く。
「・・・・・・ったく。」
腹立たしいと口には出さずに呟きつつも、それでも良くもまぁ椅子を蹴ったりといった物に当たる
事をしなかったとどこか冷静な思考でそんな事を思いながら。

今は閉じられているけども、設楽の手の中にある携帯の液晶に表示されているのは
田村から送られた赤岡の思考を綴ったメールだった。
その文面は、出だしから『消えたくない』『琥珀に呑まれたくない』
『これは自分を守るための戦いだ。誰が傷つこうとも構わない』・・・そんな赤岡の思考で埋まっていて。
それは設楽が望んだ通りの状況だった訳なのだけども。

けれどその後六分か七分ほど経過した、頃。
思考のみが延々続く、分かりづらい一人称の小説のような文面から察するに、頭上から差す
強い乳白色の輝きに反応し、赤岡が上を向いた瞬間。
それまでの怯えたような赤岡の思考はふっと消え去ってしまっていた。

ソーダライトによる説得と暗示、そして黒の欠片による石と意思の汚染。
それらにより、戦う事以外でのまともな判断力が著しく低下させられていた赤岡に
一瞬にして普段どおりの理性と判断力を取り戻させたのは、島田の持つ白珊瑚の浄化の力。
『・・・僕は今、何をしていたんだ?』
それまでとまったく異なる文章となった赤岡の思考が、彼が我に返った事を明らかに示している。
そして。
天井が崩れ、落下してくる島田を受け止められない状況だと判断した途端、赤岡の思考はこう叫んだのだった。
『虫入り琥珀よ、僕を・・・消せ!』


消える事に怯えていた男が、自ら消滅を願う。
にわかには理解しがたい判断ではあったが、そのお陰で島田は床に叩き付けられる事なく磯山に受け止められ
虫入り琥珀に呑まれた赤岡も、こうして設楽の携帯にメールが残っている・・・そして設楽自身が
赤岡の事を思い出せるという状況から考えれば、何とかして琥珀から救出されたのだろう。
それは、当初予想されていた筋書きから大幅に外れた結末。
黒のユニットとして設定された作戦からは外れた、個人的な戯れに似た今回の設楽の行動だったけれども。
さすがに仕掛けた側とすれば面白くないのは当然の話であろう。

「まさかあの4人目が・・・ねぇ。」
設楽が小さく呟いたように、返す返すも悔やまれるのが、小沢が援軍として呼び寄せた3人組を
井戸田と江戸むらさきの2人だろうと安易に判断してしまった事。
もし、もっと冷静に石の気配を察知して、井戸田ではなく島田が駆けつけたと気づけていたら。
島田の白珊瑚の浄化の力を警戒し、別の策も取れたかもしれないのだが。

恩人という事になるのだろう小沢達に協力する事が安易に予想される赤岡を黒から遠ざけて、
スパイめいた真似をされる事はかろうじて阻止したけれど。
まぁ、今となっては何もかもが遅い。
もう一度深く息を吐き、設楽が右手の携帯を諸々の手荷物と共に置こうとした、その時。
その携帯に、明かりが灯った。
「・・・・・・・・・・・・。」
液晶のサブ画面に浮かんだ名前は設楽も見覚えのあるモノ。
受信を切ろうとするも、その名はさすがに無視する事が出来ず、彼は携帯を開くと通話を受けた。

「・・・どうした?」
『・・・・・・やっぱり機嫌、悪いみたいだね。』
幾らか憮然と呼び掛けた設楽に対し、聞こえたのは仄かに苦笑を帯びた、声。
『勧誘に失敗するなんて、あなたらしくない。』
「・・・何の用だ。」
眉をひそめ、声の音量を落として設楽は問いかける。

「シナリオライター。」


そのさまは憮然としているというよりも、むしろ不機嫌その物と言った様子で。
設楽の周囲の空気の温度が僅かに下がったような気もしなくもない。
けれどその場にいない以上、通話相手にはそれもさほど伝わらないらしく、
携帯から聞こえたのはラーメンズの小林賢太郎の穏やかな口調の呟き。
『いやね、今夜の集会に備えてシナリオの洗い直しをしていたんですけど。
 あなたに関わるシナリオ・・・というか、シナリオを書くための情報が書き換わっていたモノだから。』

「・・・・・・・・・・・・。」
あぁ、そう言えば今夜はそんなモノもあったかと小林の言葉に気付かされ、
どんな経緯で己の失態が知られてしまったのかを知れば設楽は相手にも聞こえるように舌打ちした。
けれど設楽の反応までもがおかしかったのか、小林が返すのは相変わらずの苦笑めいた笑み。
『設楽統・・・前提条件、白のユニットへの立場の露呈。しかもそれを知られたのは彼ら。
 ちょっと厳しい事になったんじゃないかと・・・お節介ながらも思いますけどね。』
「厳しいと言っても・・・まぁ、想定の範囲内だ。問題ない。」

『・・・・・・・・・・・・。』
とはいえ、己の問いかけに対して平然と答えて返した設楽の言葉に、小林は思わず口を閉ざした。
彼にはそれだけの自信があるのか、それとも、根拠のない自信過剰か開き直りなのか。
黒のユニットの仲間として、小林には前者である事を祈るばかりであるけれど。

「それに、あいつらに知られたとしても・・・あいつら如きに一体何が出来る?
 それよりも、今は人力の鬱陶しい連中を何とかする方が先だ。」
小林が静かになったのを良い事に、設楽はハンと鼻で笑い、言葉を綴った。
誰も巻き込みたくないと小沢が単独行動を続けていたがために、スピードワゴンの周辺の白の人間は
アンジャッシュやくりぃむしちゅーの周辺と比べるまでもなく、少ない。
例え彼らが設楽の情報を手にしても、それを他の白の人間に行き届かせる前に、当の他の人間がいなくなれば。
「詳しい報告は今晩聴く事になると思うが・・・どうやら『ユダ』は順調に動いているようだし、幸いあそこは
 彼の・・・スィーパーの目も届きやすい。よほど大きなヘマがない限り、壊滅も時間の問題だろうがな。」

『・・・・・・えぇ。』
繰り出されてくる設楽の言葉に、小林は己が抱いた不安が徐々に解消されていくのを感じる。
それが設楽の持つソーダライトの力の影響なのか、彼自身の言葉によるものなのかは
さすがに小林には訊ねる事は出来ないけれど。
『前から気になっていた東京吉本ですが、あの良い素材・・・ペナルティの彼に頑張って貰えば
 こちらの勢力をもう少し伸ばしていけそうですしね。』
相方の石の能力が浄化系統であるらしいのが気にかかる所ではあるけれど、
黒の欠片を投与せずとも他者の石を暴走させられる能力の石。これは活用しないと嘘であろう。
前の集会の時の報告を思い出しながらそう小林が告げれば、設楽はそういう事だ、と
それが相手に見えない仕種とわかっていながらも頷いた。

「優位に立っているのは、僕達の方。だからあのぐらい、ハンデにくれてやるさ。
 それに・・・ちょっとぐらい良い目を見てからの方が、絶望に叩き込んだ時のカタルシスは大きいからな。」
『・・・・・・わかりました。』
一つ息をついて、小林は設楽に告げた。
たとえソーダライトの力を借りたとしても、確かに今、黒のユニットは優勢に状況を進めているのだ。
小さなミスが致命傷になる可能性がある事は忘れてはならないが、彼の件に関しては大丈夫だろうと。
そしてその失態を取り戻そうと設楽自身も考えているだろうと判断しての、納得。

『些細な事で騒いでしまい、すみませんでした。では、また・・・後ほど逢いましょう。』
「・・・・・・あぁ。」
それが伝わる穏やかな小林の言葉に設楽は小さく頷くと、通話を切った。
そのまま携帯を置けば、周囲の若手達の起こす騒音が設楽の耳に飛び込んでくる。
その物音と、小林にこうして心配されたという事実に、彼と話している間は何とか押さえ込んだ
イライラした物が設楽の胸の中に蘇ってきていた。

とはいえ、元々話し合ったり動いたり、物音が立ってしまうような目的のための空間である以上
今自分の機嫌が悪いのでしばらく静かにしろと言い放つ訳にも行かず、無言のまま
設楽はしばし険しい視線を若手達の方へ向ける。
やがて。
彼らの顔ぶれを一通り確認すれば、設楽はおもむろに両手を叩き、口を開いた。
「・・・お前ら、整列!」

ソーダライトを煌かせてのその声と手を鳴らす音は、稽古場中に響き渡って。
その瞬間、それまでの若手達の発するざわめきは途絶えた。
そして、代わりに若手達は設楽の前に集まってくると、何かの軍隊の演習かと勘違いするほどに
すばやく均整の取れた列を作る。

「・・・・・・休め!」
無言のままでの若手達の行動にわずかに満足げに目を細め、設楽は続けて指示を出す。
今度の指示にも、若手達はすばやく、そして同時に従うだろうか。
ザッ、という開いた足を床につける音が聞こえそうなほどに。

黒の欠片による洗脳が完全に行き届き、感情をなくしたような表情をしている者。
あるいは多少嫌そうな表情を浮かべながらも、洗脳された相方や友人の行動に同調している者。
それぞれ差はあるかもしれないけれど。
この場に居る若手達は、もう完全に黒のユニットの・・・そう、己の支配下にある。
そうだ。いくら小沢達が積極的に動き回ろうとも。彼らは完全に少数派なのだ。
いつでも、己の声一つでこの若手達を差し向けて潰す事が出来るのだ。
一体何を心配する必要があるのだろうか。いや、ありはしない。

「宜しい。」
それが再確認できただけでも胸の中のモヤモヤは薄れたような気がして、設楽は口の端を歪めて
笑みを作り、若手達に告げた。
「急に悪かったな。それぞれ・・・戻ってくれ。」
一つ呼吸をはさんで声色を穏やかにして重ねるように告げれば、整列していた若手達の表情に
それぞれの色が戻り、何事もなかったかのように先ほどの続きに戻っていく。
さほど間を挟まずに、稽古場はまた騒々しい空気に満ちるだろう。

「・・・・・・・・・・・・。」
後の懸念は、日村に己の素性がバレる事だけだけれども。
こればかりはなるようにしかならないだろうか。
軽く肩をすくめ、設楽は先ほど置いたばかりの携帯を手に取った。
メモリーをいじり、彼が電話をかける相手は、その日村。
今夜の集会に出席するために、いつもの料亭の近くの駅まで自分を送ってもらえるよう、
愛車を持つ彼に頼むためである。












その頃。
先ほどまで石の力がぶつかり合っていた廃工場の地面の上に、座り込む2人の長身の男の姿があった。
赤岡と島田、どちらも疲れ果てているのか、その姿勢は力なく崩れているけれど。
「あいつら、行っちゃったねぇ。」
ふと、彼らもそれぞれ疲弊しているだろうに、それでもこれからの仕事であるライブ出演のために
立ち去って言ったスピードワゴンの2人と、彼らと一緒に去っていた江戸むらさきの2人の後姿を思い出しながら、
どこか間延びしたような口調で島田がボソッと口にした、その言葉に赤岡は首を小さく縦に振った。
「・・・・・・だな。」
そのまま同意するように小さく答えると、赤岡は本当に・・・と言葉を続ける。
「遠い所に、行っちまった。」
こちらもボソリと漏れた呟き。
軽く聞き流す事も出来ただろうが、島田は赤岡の方へ顔を向けた。

「遠い・・・・・・?」
「見ただろ?あいつらのあの顔。あの目。自分達が何とかしてみせるって・・・そんな意志に満ちていた。」
確か、ライブをやる会場は同じ都内で、タクシーで1時間もあれば辿り着ける場所。
それを遠い、と赤岡が表現した意図がわからず島田がポツリと問えば、赤岡は改めて言葉を綴る。
「・・・・・・・・・・・・。」

容易に終わる事のない、白と黒のユニットの争い。
そこから遠ざかろうと。関わらないようにして己たちの本業に専念しようと願っていた自分達と。
それに対し、争いの渦のド真ん中に身を投げ出してでも、たとえ周囲が敵だらけであったとしても。
争いを終わらせ、もとの平穏で一生懸命バカが出来る日々を取り戻そうと願う彼ら。

「野村くん達、いつからあんな良い顔できるようになったんだろうね。」
肩をすくめて深い息を吐き、島田は誰に問うでもなく呟きを漏らす。
江戸むらさきの2人とは同い年で、ほぼ同期。
ショートコントと漫才と、表現方法は違えどもずっと一緒に歩いてきたと、思っていた。けれど。
仕事の量を比べるまでもなく、意識のレベルですらいつの間にかこんなにも明確な差が出来ていた。
そう思えば、赤岡が口にしたように今は遠い、ずっと先に彼らの背中が見える気がしてならない。
卑屈になってはいけないと、頭では理解しているけれど。声のトーンまでは、隠せない。

「・・・・・・悪かった。」
「えっ?」
「ずっと・・・相手を有無を言わさず捻じ伏せる事の出来る、力のある石が必要だって・・・そう思ってた。」
・・・でも、そうじゃなかったんだな。
呟く赤岡に、彼の唐突の侘びが自分の思考が向かっていた本業絡みの事ではないらしいと察すれば、
島田はどこか安堵に似た複雑な笑みを漏らす。

「石の使い手の・・・僕らの心次第。」
白珊瑚に告げられた言葉を思い出し、赤岡の言葉に同調させるように、小さく口にした。
多少応用は利いても、基本的に脆弱な赤岡の黒珊瑚。
そして、発される光によって何かを浄化させる事しか出来ない島田の白珊瑚。
戦うには・・・自分たちの身を守るには不向きとしか思えなかった、石。
だから、ずっと力のある石を求めていた。本意ではない行動を執る事になったとしても。

それでも、黒の欠片による汚染の影響もあるとはいえ、黒珊瑚は一時は小沢達を苦戦させる事が出来た。
白珊瑚はその黒珊瑚の闇を払い、欠片による汚染をも拭い去れた。
そして。虫入り琥珀に呑まれた赤岡をサルベージする手助けすら、できたのだ。

・・・まだこの石には、自分達にも、伸び代は十分残されている。
そう思って島田が白珊瑚を手のひらに載せてみれば、石は島田を励ますように穏やかな光を放っていた。

「何か随分遠回りしちゃったね。」
ぎゅっと白珊瑚を手に握りこみ、島田は呟いた。
「まだ、間に合うかな・・・迷惑かけた分、取り戻せるかな。償えるかな。」

「・・・馬ぁ鹿。」
不安げにこぼれた島田の言葉に、赤岡は即座に口を開く。
「お前は、もし俺が駄目だろうなって言ったらどうするつもりなんだ?」
真面目な口調の中、それでも幾らか相手をからかうような響きを帯びた赤岡の言葉に、
島田は赤岡の方を改めて見やる。

「・・・・・・だね。」
「・・・そういう事だ。」
どこか意地悪げな赤岡の問いに困惑の色を帯びていた島田の表情が、ゆっくりと元の穏やかな物に戻っていく。
その様子に赤岡は満足したように口元で小さく笑い、そのまま彼はバタンと背中から床に寝転がった。

「・・・赤岡?」
「じゃ、疲れたからちょっと寝る。30分ぐらいしたら、起こして。」
見た目では特に変化はないとは言え、赤岡は琥珀に存在を呑まれた上にそこからサルベージされたという
異常な体験をしたばかりである。
何かがあったのかと問いかける島田に対し、か細い声でそう応じるなり、赤岡は瞼を閉じた。

「えぇええっ!?」
当の島田も石を酷使した事による精神力の疲弊と、石を使用する事の代償である体調の悪化から、
そう動ける状況ではないけれど。
まさか赤岡がこんな所で寝ようとするとは予想できなかったのか、素っ頓狂な声を張り上げた。
しかし、赤岡はそんな島田には構う事もなく、まもなく規則正しい寝息が聞こえるようになるだろうか。


「・・・・・・ったく。」
彼のマイペースは今に始まった事ではないが、赤岡が眠り込んでしまった事で静けさが満ちる廃工場の中で
島田はしょうがないなと言いたげに肩をすくめた。
そしてゆっくりと視線を天井の方へと向ければ、先ほど小沢のアパタイトの力を借りて跳躍し、
しがみついた鉄骨が視界に入る。
あの時はそれほど気にならなかったが、こうして見てみると随分天井まで距離があるようで。
よくもまぁあの時は無謀な事ができた、と妙に他人事めいた思考が浮かぶ。

「・・・・・・・・・・・・。」
その高い高い天井の向こう、見果てぬ大空を羽ばたく鳥の羽音が、微かに島田には聞こえたような気がした。





「・・・小沢さん?」
夕刻迫り、窓の向こうの茜色に染まる空を琥珀越しに眺めようとする小沢に、傍らの磯山が声をかける。
「少しでも、寝ておいた方が良いですよ。」
静かに通りを走るワンボックスのワゴン車。そのハンドルを握るのは、野村。
井戸田は最後列に横になって、すでに疲労をぬぐうべくウトウトしているようであるが。

「・・・・・・・・・んー。」
いくらか眠気の見え隠れする声で磯山に答え、小沢は親指と人差し指で挟んでいた虫入り琥珀を軽くはじいた。
夕日が雲を染める色に似た輝きを放つ石は、小さく弾んで小沢の手のひらに落ちる。
さすがに今の小沢にこの石を封じる力は残っておらず、琥珀は今もなお魔力を周囲に発し続けているようだ。
「そうなんだけどね。何か・・・気になって。」
「島田達の事ですか?」
ぽつりと呟く小沢に、磯山は問いかける。
「・・・ま、あいつらなら、大丈夫ですよ。」
彼の持つ石の能力によりどこぞの運搬会社のユニフォームを身にまとったまま、
車を運転する野村も磯山の言葉を継ぐように小沢に告げる。
「見た目は華奢っスけど、あれでいて強いですから。あいつらは。」
あっさりと言い放てるのは、同期としてずっと近くで見てきたが故の相手への信頼だろうか。
小沢はそんな2人に対して小さく笑みを浮かべて見せて、それから首を横に振った。

「じゃあ・・・設楽さんの事ですか?黒の欠片とか、何か凄い事になってますもんね。」
「それもあるけど・・・今はそっちは考えたくない気分。」
だったら何が気になるんです?小沢の答えに磯山は気になって仕方がないと言わんばかりの問いかけを向ける。
「いや、ね。さっき・・・赤岡くんをサルベージした時・・・・・・」
これはもう相手に答えなければ放してくれないだろう。そう思わざるを得ない食い付きっぷりに
小沢は手のひらの上の虫入り琥珀に視線を落とし、答えた。
「この琥珀から・・・何か声みたいなのが聞こえた気がしたんだよね。」
一体、その声が何って言っていたのか・・・それが気になって。

答えを返されて、思い出せば。
赤岡が虫入り琥珀による消失から戻ってきた時、小沢はしばしぼんやりするような反応を示していた。
呼びかければすぐに我に返ったけれど。その間に虫入り琥珀から石に働きかけていた小沢に対し
何かしらのアプローチがあったとしてもおかしくはない。

「せっかくの獲物を持っていくなー、とか?」
「いや、そんな感じじゃなかった気がする。何かを・・・頼むって・・・・・・。」
訊ねて来る磯山に答えるというよりも、自分に言い聞かせるような調子で小さく呟いて。
小沢は琥珀を目線まで掲げてじぃっと見やる。

・・・・・・先人の記憶を内に秘めた石よ。お前は僕に何を告げた?


けれど、そんな小沢の探究心から来る仕草も、傍から見れば琥珀とにらめっこしているかのようで。
野村は車の運転に、そして磯山はシートにもたれかかって疲労の回復に・・・とそれぞれ戻っていく。

野村が習得したドライバーの知識で裏道を進む事しばし。
大通りに戻って交差点を駅の方角へと曲がれば、見知った風景も目に入ってくるだろうか。
この時間、そしてこの辺りからなら、これからのライブには何とか間に合うだろう。

「・・・・・・・・・・・・。」
結局琥珀が囁きかけた言葉が何だったのか思い出す事が出来ないまま、小沢はふぅとため息をつく。
しょうがない。それよりも、まずは目の前のライブの方へ意識を切り替えよう。
楽屋で欠片の事で情報が得られるかもしれないし。
ティッシュでくるんだまま、ボトムのポケットにしまいこんである黒い石の欠片に
ポケットの上からそっと触れながら小沢がそんな思考を綴った、その時。

「あああああっ!!!」

不意に彼の口から大きな声が漏れた。
多分一番石を駆使して疲弊しているはずの小沢の発した大声に、江戸むらさきの2人は勿論、
眠っていた井戸田までも目を覚ましてどうした?と小沢に視線を向ける。

「野村くん、コンビニあったら止めて!塩・・・あれ投げちゃったから買いなおさなきゃ!」
ポケットで思い出した。
スピードワゴンのネタに用いられる塩を、先ほど小沢は赤岡と戦った時に投げつけてしまっていた。

「あー、そうっしたね。見つけたら止まり・・・・・・」
「ちょっと待て。つーか、衣装とかの荷物、事務所に置きっ放しじゃなかったか?」
これは新しい塩を買っておかないと。そう小沢の言葉に了解の意を示す野村に被せるように、
井戸田がふと言葉を漏らす。

「・・・・・・・・・!!!」

そもそも、今回の事は稽古場にいた所をちょっと話があると赤岡に呼び出されての出来事である。
そうして呼び出された人間。そしてそこへ急いで駆けつけて来いと呼ばれた面々が、
次の予定の荷物を抱えているはずがなく。

「・・・ごめん、野村くん!急いで引き返して!」
「あ、わかりましたっ!!」
小沢の慌てぶりが伝染したかのような返事を返し、野村はすかさずハンドルを切った。





この後、スピードワゴンの2人が無事に出番に間に合ったかどうかは・・・・・・・・・・・・
それぞれの想像通りであろう事を、軽く付記しておくばかりであろうか。