Black Coral & White Coral [4]


371 名前:“Black Coral & White Coral”  ◆ekt663D/rE   投稿日:04/12/03 01:38:27

「・・・・・・・・・っ!」
今から三ヶ月ほど前の梅雨には良く耳にしていた轟音と、空気どころか工場全体を振るわせるような、震
動。
金縛りのせいか上手く踏ん張ることのできない足ながら、小沢は何とか堪えて目の前をジッと見据える。
音も震えも発生源は小沢の前方、工場の奥。つい先ほど設楽と赤岡が消えた箇所であった。
「何が起こってるんだ・・・。」
鉄骨や闇に遮られ、肉眼では覗き見る事のできない場所で。彼らは何を話し、何をしているというのだろ
う。
考えれば考えるほど厭な予感ばかりが小沢の胸にわいてきて、アパタイトを握る手には自然と力がこもっ
ていく。
「・・・・・・・・・。」
実はこっそり金縛りが解けていないかと、何度か足を踏み出そうとしたりもしたけれど。
その度に、小沢の足は彼の思う通りには動こうとしない。
やはりここは向こうの話が終わるのを、もしくは井戸田達が来るのをおとなしく待つしかないのだろうか。

何度目になるか、もうわからなくなってしまっているが、深く息を吐いて。
小沢はふと視線を周囲へと巡らせる。
随分と前にここの工場としての機能は失われてしまったのだろう。
建物を構築する鉄骨の塗料は剥げ、すっかり錆びていた。
捨て置かれた廃材や、どこからか吹き込んできたのだろう落ち葉や古新聞紙が何とももの悲しい。
「・・・これ・・・は?」
しかし、その中で。
散らかったスナック菓子の包装紙に、ジュースの缶やペットボトルといった物の色彩が小沢の目に留まる。
煙草の吸い殻が散見される中に幾つか転がっているジュースの缶は、どれも妙な形にへしゃげているよう
だった。
廃材で殴りつけたり、エアガンで撃ったのとも異なる、例えばそれは熱で溶かされたような・・・。

「ちょっと待って・・・これ・・・もしかして・・・?」
そう気付くなり、小沢は今度は意識して周囲を見回してみた。
明かりがないためにしっかりと見る事はできないけれど、錆びた鉄骨の一部がこれもまた熱で
溶かされたように歪んでいたり、埃や砂に覆われた床に焦げたような跡がうっすらと残されている。
「石の力・・・? でも、これは戦いの痕跡じゃない。」
むしろ、誰かがここで石を使う練習をしたかのような・・・・・・
そこまで思考が紡がれた所で、ハッと小沢は工場の奥を見やる。

「赤岡くん、まさか・・・君は・・・・・・。」



設楽に掴まれていた右脚を放されても、しばらくの間赤岡は身動き一つ取る事ができなかった。

「・・・・・・・・・っ!」
左の指先までの感覚は、あった。
けれど、視線をやれば左の肘の付近から彼の腕は失われていて。
ただ目を見開いたまま、これは何なのか、設楽の石の能力なのか、赤岡には何も判断できずにいる。

 『本当に惜しかったね。あと一息の所だったのに。』
まぁ、君らしいと言えば君らしいけど。
そんな設楽の声が脳に直接響き、彼の気配のする方へと赤岡が向けば、
いつの間にか赤岡の背後に回っていた設楽が床に転がる虫入り琥珀を拾い上げようとしていた。

「・・・やめ・・・ろぉっ」
あの石を奪われる訳には、と赤岡も何とか設楽に飛びつこうとするけれど、
身体中に負ったダメージは正直で、彼の動きを阻害する。
結局無様に床に這うしかない赤岡の様子に、設楽は僅かに失笑を浮かべて見せ、
 『君は・・・この石がどんな石か、もちろん知っているんだよね?』
大粒の虫入り琥珀を手の平に収めると、設楽はそう赤岡に問いかけた。

普通に肉声で呼び掛けるよりも、意識に語りかける方が彼の石の能力である説得の威力も上がる。
その点では、実は赤岡は自ら己の首を締めた形になるのだが・・・ともかく、赤岡はその問いに頷いて返した。
この虫入り琥珀は特定の所有者を持たず、誰が用いても強力なエネルギーを発する反面、
人々から石の使い手に関する記憶を奪い去る、諸刃の刃とも言うべき石。
その説明は赤岡も島田と共にマネージャーから聞いたし、琥珀を持つようになっても何度か
それとおぼしい現象に出くわしている。
改めて設楽に問われるほどの物ではない。けれど。

 『これは僕の勝手な予想だけど。君は必要以上にこの石を多用していたんじゃないかな。』
例えば、上手く使いこなせるように特訓なんかしてみちゃったり、ね?
付け加えつつ告げる設楽の言葉に、赤岡は何かを言い返す代わりに唇の端をギュッと噛みしめた。

相方である島田の白珊瑚に比べれば使える石ではあろうけれど、戦う事を前提とすれば
赤岡の黒珊瑚の力は不安定な上に微力で、身を守るにはまだまだ物足りなく思えてならない。
それ故に、赤岡は大して力もない石を持った芸人相手であっても容赦なく琥珀を使ってきたし、
設楽が言った通りに、島田に内緒で琥珀を使いこなせるよう試みてみたりもしていた。
小沢が目にしていた歪んだ鉄骨やジュース缶などはその時の名残である訳で。

 『どうやら、図星か。』
ふふ、とソーダライトの影響なのか、芝居がかった様子で笑う設楽の仕草が何とも小憎たらしい。
 『まぁ、努力するのも悪い事ではないんだろうけど・・・ひとつ君に判断ミスがあるとすれば
  この石を使いこなすには、君達の知名度は余りにも低すぎた。』
しかし苦痛をこらえながら設楽を睨み付けても、彼が口を用いずに語りかけてくる以上、
赤岡にはどこを金縛りにすればこの声から逃れることが出来るのか、まったく見当が付かない。
もっとも、新たに黒珊瑚の力を引き出すために精神を集中させる余裕など赤岡にはなかった。

「・・・・・・・・・っ!」
設楽の手に収まっている虫入り琥珀が不意にチカッと瞬いたかと思うと、蜂蜜色の淡い光の固まりが
赤岡へと襲いかかってくる。
避ける間もなく真正面からエネルギーを受けた赤岡は、弾かれたように3mほど後方へと跳ね飛んだ。
もしも目を凝らす余裕があれば、設楽の手から放たれた光は虎を象っているように見えたかも知れない。
「くぅっ・・・・・・」
背中から床に叩き付けられ、バウンドする赤岡の口から呻き声が漏れる。

 『誰からも忘れ去られた人間は・・・存在しないも同じなんだよ。』
設楽との距離が結果的に遠ざかったにもかかわらず、相変わらず設楽の言葉は明瞭に赤岡の脳裏に響いた。
確証はないが、赤岡の腕が突然消えたのは彼の記憶を持つ人間が残り少なくなってきている事の警告だろう。
それでもこのまま赤岡が琥珀を使い続けていけば、腕どころでなく全身までもが
いつかその記憶と共に消失しまうに違いない。
そう考えればこの虫入り琥珀とは恐ろしい石であるが、安易に力だけを得ようとする代償には
このぐらいでちょうど良いのかも知れないが。

 『このまま琥珀に喰われたくなかったら・・・力が欲しいなら、こっち側にくると良い。』
動揺を与えるのはもう十分だろう。こうなれば後は赤岡が気を失う前に堕とすのみ。
一歩二歩と赤岡の方へ歩み寄りながら、設楽はソーダライトの力を更に強め、呼び掛けた。
 『結構僕は黒の中では口の利く方でね・・・何なら頼んで深夜番組のレギュラーをまわしてあげよう。
  もしライブに重点を置きたいなら、定期的に何か出来るよう便宜を図ってあげても良い。』
「・・・・・・・・・・・・。」
 『君が思っている以上にこっち側の仲間は多いんだよ。さまぁ〜ずさん達も協力してくれてるし、ね。
  だから君も・・・正しい選択をして欲しい。結構僕も気に掛けてるんだよ、君達の事は。』
「・・・・・・・・・・・・。」
 『別に気に病む事はない。どんな手を使っても、のし上がって笑った者の勝ち・・・それがこの世界だろ。
  君は・・・君達はこんな所でつまらない意地を張って消えるべきじゃない。そう・・・』
「・・・・・・・・・・・・。」
終いには赤岡の傍らに立ち止まるとしゃがみ込み、赤岡の肩を掴んで上体を起こさせる。
間近で見る赤岡の顔は、いつものポーカーフェイスが嘘のように同様と不安の色に満ちていた。


 『             ?』


とどめにそっと耳元で囁いてやれば、赤岡の目に滲んでいた敵意は瞬く間に薄れてゆき、
虚ろな瞳がただ設楽を捉えるばかりとなる。
・・・堕ちた、か。
この瞬間が、強情な人間が説得の言葉によって見る見るうちに懐柔され、従うようになる
その征服感が設楽にとっては楽しみであり、快感でもあった。
・・・たまにはシナリオに頼らないのも悪くない。
そういう石の能力とはいえ、毎回苦心してシナリオを制作してくれる小林には悪いかもしれないが、
ふとそんな事を思ったりするのもご愛敬と言ったところだろうか。

しかしこうなれば、赤岡に舌へ施した金縛りを解かせるのは、もう難しい事ではなかった。
ただ黒の欠片を取り出して手に握らせると、こちらには僅かに赤岡は拒絶の表情を滲ませる。
・・・確か、報告によればこの男は一度黒に陥落してからも立ち直った経緯があったはず。
その時の記憶が脳裏を過ぎったのかも知れないと判断し、設楽は新たに欠片を己の手に乗せると
赤岡に見せつけるようにそれを一気に口に流し込んだ。
どろりとした欠片だった物が喉を通りすぎると、自然と奥底から何か得体の知れない物が
不快感と共に沸き上がってくるような感覚がするけれど。
「・・・大丈夫、だっただろう?」
そこら辺の物は胸に押し込み、ニコリと微笑むと設楽は赤岡に告げる。
「君の石は闇の中にあってこそ本領を発揮するんだ。さぁ、勇気を出して。」
優しく掛けられる言葉に赤岡は一度設楽を見やり、それからゆっくりと手を口元へと持っていった。


「・・・・・・空気が、変わった?」
先ほどまでの騒音はどこへやら、すっかりと静寂を取り戻した・・・しかし、石の気配は
まだ微かに感じており、二人はまだ工場内にいるのだろう事は伺える・・・中。
小沢は奥の方をジッと見やったまま、不安げに小さく呟いていた。
「設楽さんも赤岡くんも、一体何を・・・。」
もしも足が自由になるのなら、急いで駆けつけるのに。
このままここで小沢が足止めを喰っている間にどちらか・・・いや、両方に危害が及ぶような事があれば。
それを施したのは赤岡であるが、小沢としては悔やんでも悔やみきれない結末となるだろう。


けれど。
「おーいっ!」
「小沢さーんっ!」
ようやく、なのか早くも、なのかはわからないけれど。聞き慣れた声が、背後から響いてきて。
「・・・・・・みんなっ!。」
腰から上を必至に捻って振り向いた、小沢の視界には駆け寄ってくる三つの人影が映っていた。
苦しい姿勢ながらも自然と小沢の顔は綻んでくる。

「一体・・・何があったんスか?」
汗を滲ませ、呼吸も荒いままに磯山が訊ねてきた。
「設楽さんと赤岡くんがこの奥にいて・・・ちょっと不味い雰囲気なんだ。」
「・・・・・・・・・!」
手早く説明しようと一旦工場の奥を目で示し、改めて三人の方を向いた小沢の表情が、変わる。
そのまま三人の内の一人をじぃっと見つめ、小沢は問うた。


「・・・磯、野村くん。いつから潤は身長183cmのぜんじろう似になっちゃったの?」



378 名前:“Black Coral & White Coral”  ◆ekt663D/rE 投稿日:04/12/03 02:14:38

とりあえず今回はここまで。 
設楽さんの空白の殺し文句は、各自好きな言葉をあてはめて下さい。