Black Coral & White Coral [5]


409 名前:“Black Coral & White Coral”  ◆ekt663D/rE 投稿日:04/12/11 03:18:00

「・・・いきなり随分な物言いですね。」
ポツリと漏れた小沢の問いに、苦笑を浮かべつつ応じたのは、島田。
こちらもうっすらと汗をかいており、急いできたのだろう事が伺える。
「井戸田さんは後からちゃんと来てくれますよ。」
「どういう事?」
「いや、小沢さんから電話があって・・・急いで駆けつけようとしたんですけど、事務所の中で
 潤さんが偉い人に捕まっちゃってさ。」
・・・話が長引きそうだったし、それじゃ俺達だけでまずは向かおうって。
な、と傍らの磯山に確認するように付け加えつつ、野村が小沢に説明する。
その野村の言葉に同意しつつ、磯山は更に説明を引き継ぎ、小沢に告げた。
「そうそう。それで、事務所出たら路上でこいつがボーっとつっ立っててさ。」
「赤岡の事を待ってたんですが、なかなか戻ってこないので・・・野村くん達の話を聞いて
 厭な予感がして、僕も・・・つい。」
最後に磯山の言葉を島田が継いで、スミマセンとぺこっと頭を下げつつ付け足した所で
ようやく小沢も状況が把握できたようだった。
さすがに井戸田と言えども、お偉いさんの呼びかけを無視して駆けつける訳にも行かないだろう。
こうなれば彼が少しでも早く開放される事を願うばかりであるが。

「ところで・・・小沢さん、何変な体勢してるンすか?」
一つ疑問が解けたところで、また新しい疑問が降りかかってくる。
野村からの問いかけに、小沢は困ったように口を閉ざした。
赤岡に両足の動きを封じられた為に、今の小沢の姿勢は上半身だけで三人の方へ振り向いているという
なかなか珍妙なそれである。不思議に思われても仕方がないだろう。

「これは・・・ちょっと・・・」
「・・・赤岡、ですか?」
目の前に島田がいる手前、素直に話して良いモノかと戸惑う小沢に対し、島田は逆に素直に小沢に問う。
「あいつ、何を・・・・・・今、僕が解きます。」
そして小沢が島田に言葉を返すより早く、島田はポケットから小さな白い球状のモノを取り出した。

暖かい乳白色の輝きを発する白珊瑚を手に、彼は小沢の足元に屈み込むと
光が小沢の足元に掛かるよう、そっと手を翳す。
数秒も経たない内に何かの手応えを感じたのか、島田の表情はにわかに険しさを帯びた。
「やっぱりあいつか・・・」
呟く声は小さく、小沢の耳に辛うじて届くぐらいだっただろう。
しかし石から放たれる輝きは力強さを増し、小沢の脚に施された束縛は、みるみるうちに解けていく。

「どうしたんだよ、島秀・・・。」
「お前、いつの間に石を?」
江戸むらさきの二人の口からそれぞれ漏れる疑問に、そういえば彼らは島田が石を持っている事、
そして島田の石の能力が何であるかを忘れているのだと改めて小沢に思い出させた。
「・・・・・・・・・。」
その彼の白珊瑚の力は浄化。
「これで、大丈夫ですか?」
小沢の顔を見上げて島田が問う頃には、すっかり元通りに脚を動かせるようになっていた。

「・・・ありがとう。」
短く礼を言うと、早速小沢は廃工場の奥へと一歩足を踏み出す。
「磯、野村くん・・・そして島田くん。今の状況を詳しく説明してる暇はないし、
 この先がどうなってるかも正直僕にもわからないけれど・・・ちょっとだけで良い。」
しばらくの間・・・僕に力を貸して欲しい。
アパタイトを握る手に力を込めながら、小沢は静かにそう告げた。
今も尚、工場の奥からは不穏な空気が漂ってきているように思えてならない。
その厭な予感は、島田もうっすらと感じているのだろう。ゆっくりと立ち上がり、頷いて返す。

「何か良くわかんねーけど・・・元よりそのつもりで来たンだし、な。」
「おう、潤さんが来る前に片付けちまおーぜ!」
一方で強気な言葉を返すのは、磯山と野村。
心強いその笑顔につられるように、小沢の表情は僅かに和らいだ。
島田の横顔は、どこか曇ったままだったけれど。




それは、夏の始めの激しい雨が降っていた日の事だった。
屋根を叩く雨粒の音を聞きながら、島田はぼんやりと床に座り込み、目の前の光景を眺めていた。
いや、ぼんやりしていたと言うよりも、彼の目の前で繰り広げられているモノが
まったく彼の理解の範疇から逸していたから故に、そうせざるを得なかった・・・と言ったところだろうか。

島田の傍らには、三人の後輩芸人達が横たわっていた。
それぞれ気を失っているようで、程度は違えど血を流しているようにも見える。
そして彼の目の前には、向き合う二人の人の姿。
一人は、闇を全身にまとう幼なじみ、赤岡。
もう一人は、島田に背を向けて赤岡との間に立つ、いつもここからの菊地。
赤岡が闇をコントロールできておらず、黒珊瑚から吐き出すままにしている所と菊地の立ち位置から、
傍目には、菊地が赤岡から島田を守ろうとしているように見えるけれど。

「ったく参ったなぁ・・・こんな予定外ってないですよねぇ・・・。」
口に出さずに呟く菊地の表情には、幾分引きつった苦笑が浮かんでいた。

事がシナリオ通りに進んでいれば。
彼が島田を呼びだして引きつけている間に赤岡に黒の欠片を飲ませ、黒の側に引き込んで。
後に赤岡から島田を説得させ、仲間を増やせているはずだったのだけれど。
拒絶か過剰反応かはわからないが、黒の欠片を服用した赤岡が急に暴れ出したという電話を受けて
駆けつけてみればこれである。

赤岡を中心として空気を伴って渦巻く闇は禍禍しく。
菊地と島田を敵と認識したのか、周辺の瓦礫や鉄骨がビリビリと震え、重力を無視して浮き上がりだした。
これを黒珊瑚が引き起こしたポルターガイスト現象と呼ぶには、少々物騒すぎる気もしなくもないが。

「とりあえず・・・ここは恩を売っておいた方が良いんでしょうねぇ。」
ふぅと溜息を付き、菊地は右脚のつま先で床に四角を描く。
そして己の石・・・ツァボライトの緑を思い浮かべ、彼にしては鋭い声で喚んだ。
「おいで・・・っ!」
「消エロ・・・。」
同時に赤岡の口も微かに上下して、漏れ落ちた無機質な呟きが指示となり、
闇が突風や瓦礫達を引き連れてて二人の方へと襲いかかる。
これをぶつけられたら、菊地達も倒れた三人組と同じ道を辿ってしまうことだろう。
しかし、幸運にも間一髪の所で床に描かれた四角の図が緑色の輝きを帯びたかと思うと、
菊地の目前に一枚の巨大な鉄板が姿を現した。
これがツァボライトの能力、イメージの具現化。
菊地の身体を隠して余りある鉄板に、闇と風、そして瓦礫などが激突したけれど。
鉄板はそれらを全て受けてもなお歪む事なく、菊地達を守る。

「・・・菊地くん?」
「大丈夫、君の事は守るし・・・彼の事も、助けてみせるよ。」
「違う・・・見て、この石・・・。」
床にペタリと座り込んだまま島田が恐る恐る菊地に向けて差し出した手には、
闇にも負けない強い輝きを帯び始めた白珊瑚が乗せられていた。



「おや・・・・・・。」
工場の入口の方を見やり、設楽は小さな呟きを漏らした。
「どうやら・・・向こうにお友達が見えたようですねぇ。」
ふふ、と小さく笑みを漏らして設楽は傍らの人間の方を向く。

「僕らはもう帰る所だし・・・ちょっと遅かったかも知れないけど。」
「いえ、ちょうど良いタイミングだと思いますけどね。」
設楽の視線の先に立っていたのは、赤岡。
相変わらず彼の左腕の肘の先は消えていたけれど、右腕の傷は
黒い破片の力からかすっかり塞がっていた。
裂けた衣服と付着した血が、ただそこに傷を負っていた事を証明している。
「・・・・・・ん?」
「何だか良くわからないのですが・・・今、凄く気持ちが良いんです。
 ですから・・・わざわざ貴方の手を煩わせたお詫びに・・・ここは僕が受け持ちますよ。」
鬱陶しい白の連中を蹴散らしてご覧に入れましょう。
静かに告げる赤岡の言葉に、設楽は興味深そうに口元に笑みを浮かべた。
「・・・それじゃあ、お言葉に甘えようか。」
元々そうして貰うつもりだったけどね・・・そんな喉まで出かかった言葉を封じ、
設楽はいかにも感謝してると言いたげな口調で赤岡に告げると背を向けた。
もちろん、そのまま来た道を戻れば小沢達と鉢合うのは当然の流れ。
彼が向かうのは工場の裏口である。

「でも多人数が相手になりそうだし・・・ね。これは君に返しておこう。」
去り際にそう言いながら設楽が赤岡に手渡したのは、元は赤岡が所持していた虫入り琥珀。
しかし、ただでさえ彼の左腕を消し去った曰く有りの石に、うっすらと濁りが生じている事に
果たして赤岡は気付けていただろうか。



赤錆びた鉄骨の作る長いトンネルを潜り抜けると、もうそこが工場の一番奥。
近づいてくる石の気配に、磯山と野村もそれぞれバイオレット・サファイアの指輪をはめて臨戦態勢を取る。

「そういえば・・・小沢さん?」
「・・・・・・ん?」
何らかの覚悟を決めたような険しい表情のまま、野村がふと小沢を見やり、問いかける。
「小沢さんがさっき持ってこいって言ってた奴・・・潤さんから預かってきたんですけど。」
・・・これ、何か役に立つんですか?
上着のポケットをゴソゴソとやりながらの野村の言葉に、小沢はあぁ・・・と小さく声を漏らした。
「ホントは役に立たないに越した事はなかったんだけど・・・ありがとう。」
野村が取りだしたモノを受け取り、自分のズボンのポケットに無理矢理に押し込めば。
小沢達の目の前は拓け、差し込んでくるのは光・・・ではなく、闇。

「・・・赤岡ぁっ!」
間近に迫る石の気配、そして滲み出てくる漆黒に覚えがあるのだろう。
叫びながらパアァっと白珊瑚を輝かせ、闇を払おうと島田が先頭を切って踏み込んでいこうとする。

「島田くんっ!」
「島田っ!」
「な・・・おいっ!」

突然の島田の行動に、残された三人がそれぞれ声を上げた、その瞬間。


ガツン。
まるでカウンターのように不可視の闇の中から飛び出てきた大振りな木材が、島田の頭部に命中した。
顎が跳ね上がり、数秒と保たずに島田は膝から崩れ落ちる。

「・・・・・・・・・っ!!」

白目をむいて横たわる華奢な長身に、さすがの三人もリアクションに戸惑ったようで。
しばしの間を挟んで、ヤムチャ・・・?そんな磯山の小さな呟きが微かに辺りに響いていた。
 [いつもここから 能力]