Black Coral & White Coral [6]


494 名前:“Black Coral & White Coral”  ◆ekt663D/rE 投稿日:05/01/03 15:55:03

廃工場の裏門から敷地を出た設楽は、外界の目映さに思わず目を細めた。
別に夏場のような燦々とした日光が降り注いでいる訳ではなかったが、今まで薄暗い工場の中にいた事と
赤岡の石の放つ光が漆黒だったのとが手伝って、余計眩しく見えるのだろうか。
「・・・さぁて、と。」
しばし目が明るさに慣れるまでその場に佇み、チラリと今まさに後にしてきたばかりの工場の方を
振り向いて見やると設楽は小さく呟いた。
「これから、どうなる事だろうねェ・・・。」
鬱陶しい白の連中が消えるか、それとも彼が先に消滅するか。
これから廃工場の中で繰り広げられるのであろう茶番劇を想像すると、
どうしてもニヤニヤ笑いが設楽の口元に浮かんできてしまう。

小沢の性格を考え、もし彼が虫入り琥珀が赤岡を喰っている事に気付くならば、
これ以上赤岡が虫入り琥珀に己の存在を喰い尽くされるのを防ごうとするだろう。
それは小沢の同行者と予想される江戸むらさきにとっても同じ事。
ほぼ同期で付き合いも長い相手が消えようとするのを放っておけるほど、冷淡な振る舞いはできない筈。
しかしそんな彼らの気遣いも、今の赤岡にとってはただ手加減をしているだけに過ぎない。

赤岡が石を扱う事に慣れているのは、黒のユニットの下っ端の石の使い手が彼らに石を狩られたという
報告が幾つか舞い込んでいる事、そして設楽自身が実際に相対してみた事から十分に確認済みである。
その上で芸人として消えたくないが為に、自身の存在と知名度を犠牲にしてきた男は
今や黒の勢力こそがその不安を解消し、彼と相方を救う存在と信じて全てをなげうってでも戦う闘士。
そう易々と屈する事は、ないだろう。

「これは是非とも見物したい所なんだけどねぇ・・・。」
工場から視線を外し、愚痴めいた呟きを漏らした設楽の言葉に嘘はない。
けれど生憎と黒のユニットの幹部である以前に多忙な芸人である設楽には、のんびり彼らの戦いを
鑑賞していられるほどの時間は余っていなかった。
それに、日村に。黒の石使いとしての姿を隠し、あくまで何事もなく向かい合っている相方に
あまり余計な心配を掛けさせないためにも、ここは深入りするべき時ではないだろう。

とはいえ好奇心はそう簡単には押さえきれず、元来た方向・・・事務所の方へと歩き出しながら
設楽は携帯を取りだした。
そのまま無造作にメモリーを操作し耳元へ持っていって、十数秒。
通話に応じた相手に、そっと設楽は呼び掛ける。
「・・・やぁ、淳くん?元気?」

『何の、用っスか?』
この挨拶で話を切りだされた時はロクな事にならない。
そんな経験則からか、携帯から聞こえてくるのは憮然とした、声。
「いやいや別に・・・ただちょっと、頼まれ事をして欲しいだけだよ。」
相手の苦々しげな対応に思わず苦笑を口元に浮かべ、設楽は軽い口調で告げた。
『・・・・・・今、ロケの真っ最中なんですけどね。』
「でも携帯に出られるって事は、休憩してるんだろう?
 今すぐ誰かの石を奪ってこいとかそう言う話じゃねぇから、ちょっと頼まれてちょうだいって。」
そっとソーダライトの力を開放しながら呼び掛ければ、相手・・・ロンドンブーツ1号2号の田村淳も
渋々と言った様子で頼み事って何ですかと言い返してくる。
これは設楽の石の能力という以上に黒のユニットの一人であるからは、いくら嫌であっても
設楽に逆らい続ける事は決して上策ではないという彼なりの計算からだろうか。

「ん、君の石の力で・・・今から言う人間の思考を読んで欲しいだけだよ。」
そう。淳の持つ石はトパゾライト。狙った人間の思考をメールの形で得る事が出来る能力を秘めている。
設楽の言葉に、どうやら今回は仕事を長い間中断せずに済みそうと察し、淳は安堵の吐息を漏らした。
『別にそれなら構わねぇけどさ。それを使って・・・またこっちに来いって強請るンでしょ?』
ったく、どんだけ人を集めたら気が済むんですか。
けれど、続けて発せられる呆れたような呟きを付け加えつつの淳の言葉には、
どこかげんなりとした響きがこもっている。
『集団が大きくなりすぎると・・・どこかで歪みが生まれていつか分裂しちまうんだぜ?
 まさかそんな事がわからねぇあんたじゃねぇと思うけど・・・。』
「もしかして、心配してくれているのか?」
『・・・んな訳ねーよ。』
もしも携帯抜きで向かい合っていたのなら、フンとそっぽを向いただろう淳の素っ気ない反応に
設楽はフフ、と小さく笑った。

「まぁ・・・今回は単に彼が10分後にどんな状況でどんな思考をしているかを知りたいだけだから。」
罪悪感とかそう言うのは抜きにして、サクッとやってくれ。
相手が納得したかどうかはわからぬままに設楽はただそう言うと、淳が石を使うために必要な条件である
思考を読む相手・・・赤岡の名前を彼に告げた。
ここで小沢の名を告げなかったのは、設楽に無意識ながら小沢が自分に対しどう思っているかを
知る事への怖れがあったのかもしれないけれど。
『アカオカノリアキ・・・ねぇ。誰っスか?こいつ。』
告げられた固有名詞を反芻し、淳はすかさず設楽に問い返す。
元々接点が少なく面識がないだろう事を差し引いても、スタッフ?と普通に淳に言われている辺り
赤岡の存在とそれを維持する記憶はかなり薄れてきてしまっているのだろうか。

『相手の事がわからねぇと力が上手く働かないの、あんたも知ってンだろ?』
「・・・例の欠片の力でそこら辺は補えるだろう。」
『そりゃそうだけどよ・・・。』
欠片を口にした時の不快感を思いだしたのか、淳の口調に苦い物が混じる。
「まぁともかく・・・変に詮索すると、アレだからな?」
『あー、はいはい。わかりましたよ。わかりました!』
単に説明するのが面倒だったという所も多少あっただろうが、僅かに声に凄みを潜ませる設楽に
やりゃいいんでしょ、やりゃあ。と淳は慌てて言い返し、そのまま通話を切ったようだった。
ツーツーツーと聞こえる電子音に設楽は小さく肩を竦めると、携帯を一旦上着の胸ポケットにねじ込む。

淳と会話をしている間に、いつの間にか設楽は大通りに出てきたようだった。
昼間ではあるが通りを行き交う車の量は多く、騒音とうっすら臭う排気ガスが
しばし石の力のコントロールと淳の方へと向けられていた設楽の意識を刺激する。
「・・・・・・・・・・・・。」
にわかにこみ上げてくるのは、強い不快感。
酒に悪酔いした時とも異なる、何か自分の体内に蠢く物が存在しているのではと思いたくなるような感覚に
設楽は眩暈すら覚え、蹌踉めくように間近の街路樹へと歩み寄ると、その幹に左手を付いたまま
ズルズルとその場にしゃがみ込んだ。

「う゛・・・・・・くぅっ・・・」
この不快感から開放されるには、ただそれが収まるまで耐えるか、それとも原因を取り除くか。
設楽は口を開くと躊躇なく右手の中指をその中・・・いや、その奥の喉の方へと突き入れた。
指先によって刺激された喉の筋肉はピクリと痙攣し、胃の方から流動的な物が逆流してくる。
口から指を抜き、設楽が吐き出すのはどろりとした黒い物体。
先ほど赤岡の目の前で彼が飲み込んで見せた黒い欠片だった物であった。

「はぁっ・・・はぁっ・・・・・・・・・」
口元を手の甲で拭い、ゴホゴホとむせかえりながら己の胃液混じりの黒い物体を
設楽は焦点の合いきらない目で見やる。
最初こそどろりと粘性を保っていた物体も、外気に触れると最初のガラスのような堅さを取り戻したらしい。
まったくもって謎の多いこの欠片であるけれど。黒のユニットの幹部として黒い欠片を幾人もの芸人や
それに関わる人物に渡し、飲ませてきた故にこの欠片がどのような力を持っているのか、
設楽も完全にではないながらも把握できていた。
その効力の一つが、服用者の思考停止。
物事を成すために他人を操る分には役に立つ力ではあるだろうが、だからといって彼自身までもが
自我を失う羽目になる事は設楽としてもどうしても避けたい所であった。
この、自分にとっても是とは言えない黒の欠片を他の人間に大量にばらまき飲ませるという
矛盾した行為を自分勝手と言われれば、確かにそうかもしれない。
けれど。
いずれ来るだろう本当に重要な局面で、真に自分の意志からなる選択をするためにも。
黒い欠片に、黒に染まった石に、今はまだ己を飲まれるわけにはいかないのだ。

ともあれ黒い欠片を吐き出した事で、設楽の抱える不快感や眩暈は一気に和らいでいく。
事務所の辺りまで戻り付く頃には、もう何事もなかったかのようにしていられるだろう。
ゆっくりと設楽が立ち上がり、視線を目の前の街路樹の幹から進むべき方向へ向けた、その時。

「・・・イト・・・リ?」
彼の視界のど真ん中に、見慣れた男の・・・井戸田の姿が映っていた。


「あっれー、設楽さんじゃないですか。どうしたんスか、こんな所で!」
小沢からの電話を受けて廃工場へ駆けつけようとした面々の中で、本人に責任はないとは言え
一人だけ出発が遅れたそのタイムラグを取り戻そうと彼なりに一生懸命なのだろうか。
呼吸を荒げ、汗も額に滲ませたままで井戸田は設楽に問いかける。
「もしかして・・・今、何か吐いてませんでした?」

「・・・・・・あぁ。」
先ほど工場の中で感じた駆けつけてくる石の気配は4つだった。
設楽はそれをスピードワゴンと江戸むらさきのそれぞれの石だろうと判断していたのだけれど。
ならば、何故ここに彼の姿があるのだろうか。
・・・いや、そんな事は後で考えればいい。今は、この状況を何事もなく乗り切る事だけを考えなければ。
心配げな表情を浮かべる井戸田の方を向き、設楽は即座に思考を組み立てる。

一つだけ設楽にとって運が良かったのは、目の前にいる者は石の力を使うまでもなく
口先だけでやり過ごす事ができるぐらい素直で単純な男。
「いやさ、昨日貰ったロケ弁を寝る前に喰ったらよ、何か揚げ物に古い油使ってたみてーで・・・。」
今日は朝からこんな感じな訳よ。
念のためにソーダライトをこっそり発動させながら苦笑いを浮かべつつ設楽が言うと。
「・・・・・・マジっすか?」
案の定、井戸田は素っ頓狂な声を上げて、少しだけホッとしたような溜息を付いた。
「ホント身体には気を付けて下さいよ?」
「・・・ありがとう。イトリも気を付けろよ?お前らも忙しいんだから。」
井戸田に気付かれないよう足元の黒い物体を靴の裏で踏みつけ、すりつぶして隠蔽しながら
設楽は口先だけで相手を気遣う振りをする。

「あはは、わかりました。じゃ・・・俺急いでますんで!すいません!」
発した側の思惑は何であれ、設楽の言葉を井戸田は素直に受け取ると本来の用件を思いだしたのだろうか。
ペコッと軽く頭を下げて、設楽に背を向けるとまた走り出していった。
もちろん向かう先は、設楽が立ち去ってきたばかりの・・・そして、小沢達が居る廃工場の方。

一旦走り出せば後ろなど振り向きもしない、井戸田の背中を見送って。
設楽は安堵と石を使用した事から来る疲労の吐息を漏らす。
「ったく、ヒヤヒヤさせやがって・・・。」
こぼれ落ちる呟きは、彼の心からの本心なのだろう。

その場に佇んだまま、もう一度設楽が深く息を付こうとすると。
今度は彼の上着のポケットで携帯が震え出した。
「・・・・・・・・・・・・。」
携帯を取りだして液晶を見やれば、送信者は田村淳。題名はFw:Re:赤岡典明。
一度目を閉じ、心を落ち着けてから設楽はメールを開封し、文面に・・・赤岡の思考の流れに目を通しだした。
このメールが設楽にとって吉報となるか凶報となるか。まだ、誰にもわからない。

 [ロンドンブーツ1号2号 能力]