Black Coral & White Coral [7]


524 名前:“Black Coral & White Coral”  ◆ekt663D/rE  投稿日:05/01/13 00:48:31
  
 少しだけ時間は遡り、廃工場の中では多少間の抜けた形ではあるが島田が戦線離脱をした事で 
 なし崩し的に戦いの幕は切って落とされる。 
 「くっ・・・・・・この、馬鹿野郎っ!」 
 島田に代わって先陣を切るのは、バイオレット・サファイアで身体能力を跳ね上げた、磯山。 
 己の石が放つ紫の輝きで闇を照らしながら、その奥にいるのだろう赤岡へ立ち向かっていった。 
 「磯、向こうは飛び道具もある、気を付けて!」 
 「わかってる!」 
 背後からの小沢の呼びかけに、答えるさなかにも磯山の顔面には大振りの石が迫り来る。 
 落ち着いて手の平でそれを受け止め、投げ捨てて事なきを得るけれど、手首から伝わる衝動は重い。 
  
 「本気で闘るってンなら・・・」 
 こっちも容赦しねぇ。 
 また一歩一歩と前へ突き進み、目標との間合いを縮めながら磯山の固めた右の拳が、右の腕の筋肉が、 
 光を纏ってぶくぶくと膨れ上がっていく。 
 「・・・喰らえ、Mr.ユニバース日本代表ただし右腕のみっ!」 
 幼い頃の愛読書が何か伺い知れる気迫のこもった掛け声と共に、磯山はひときわ闇の濃い・・・つまりは 
 相手の居るだろう箇所へと殴りかかった。 
 鋭い振り。普段よりも密度の濃い豪腕。与える威力は並のパンチでは済まないだろう。 
  
 しかし。 
 磯山の右腕は濃い闇に命中こそすれ、空を切る。 
  
 「・・・・・・・・・っ!」 
 まったく感じない手応えに磯山が声にならない声を漏らした、その頭上で。 
 「・・・動きが一直線で単純すぎる。肉体強化系にありがちな愚行ですね。」 
 ボソッと呟きが漏れ落ちる。 
 抑揚のない、しかし聞き慣れた声に磯山が上を見上げれば、薄暗い闇の中に浮かび上がるのは赤岡の長身。 
 「・・・お前・・・何で・・・」 
 そこに居るんだ。俺達と戦うんだ。その左肩から先はどうしたんだ。 

 磯山が脳裏に浮かんだ言葉をすべて口にするよりも早く、赤岡の冷ややかな眼差しで一瞥されれば。 
 背筋から全身に本当に身体が凍てついたかと錯覚するほどの悪寒が走り、磯山の声は途中で途切れてしまう。 
 同時に気勢もが一瞬途切れた、その刹那。 
 赤岡の虫入り琥珀を握り込んだ右拳が躊躇なくハンマーパンチとなって打ち下ろされてきた。 
 ただの拳よりも何かを握り込んだ拳の方が威力があるのは周知の事実。 
 その上、赤岡の右手にあるのは稲妻を放つ力ある石である。 
 ガードを構える時間も与えず磯山の頭に命中する一撃は、彼を戦闘不能に陥らせるには 
 十分なほどの威力を秘めていただろう。 
  
 とはいえ、そこまで無防備で相手の攻撃を受ける磯山でもない。 
 「・・・くそっ、何だよお前曙かシウバか?」 
 瞬時に石の力を頭部に集中させて防御力を高めたか、痛みを堪えながらも彼は赤岡を睨み上げた。 
 「・・・・・・・・・・・・。」 
 逆に一撃で磯山を倒せなかった事で、今度は二人の間合いが数十cm足らずという 
 磯山にとって都合の良い位置関係となってしまい、赤岡はすかさず彼から投げかけられる問いに答えず 
 大幅に飛び退いて、間の距離を広げようとする。 
  
 「逃がすかっ!」 
 「・・・悪いけど、目障りだから。そこでじっとしてて貰うよ。」 
 まさか磯山もそれを許すほどぼんやりしてはいない。 
 赤岡を追って石の力を脚に込め、跳ぶならば一旦離れた距離もすぐさま埋められよう。 
 しかしそれよりも早く、赤岡は再び磯山へ目線を向けた。 
 「・・・・・・・・・!」 
 その首元で黒珊瑚が瞬き、眼光に射抜かれる磯山の脚は不可視の何かに縛られて。 
 主の意志を反映しない重い物体へと変わったそれでは、跳躍など出来る筈もない。 
  
  
 「・・・・・・磯山っ?!」 
 その結果、不自然に両脚を強張らせたまま床に倒れ込む磯山に、野村は驚愕の声を上げた。 
 「この・・・てンめぇ・・・・・・!」 
 驚きは間もなく怒りへと変わり、指輪の周囲に紫の輝きを放ちながら弾かれるように飛びだしていく。 

 「野村くんっ!」 
 一瞬にして渦巻く闇の中へと消える野村の背中に、小沢は叫んだ。 
 相方である以上に、野村にとって磯山は物心がつく前からの付き合いの大切な親友。 
 その彼が易々と戦闘不能に追い込まれて黙っていられるほど野村の気質も冷淡ではない。 
 それはわかってはいるけれども、磯山と野村が持つのは共に同じバイオレット・サファイアであっても 
 特性は微妙に異なっており、肉体を変容させる磯山の石ならともかく、知識や技術を一時的に習得させる 
 野村の石は戦闘に不向きで、迂闊に飛びだせばそれだけでかなりの危険が伴うに違いないのだ。 
 しかし、呼び掛けた所で野村がおとなしく立ち止まってくれるはずもない。 
 アパタイトを輝かせながら、小沢は先ほどズボンのポケットにねじ込んだ物を取り出すべく手を伸ばした。 
  
 「・・・まったく、非戦闘系はおとなしく後方支援にだけ徹していれば良いのに。」 
 一方で近づいてくる石と所有者の気配に、赤岡の唇が僅かに上下して呆れ果てたような呟きが漏れ落ちる。 
 「しかも感情で己を見失ってる。こんなの・・・殺してくれと言ってるような物だ。」 
 馬鹿馬鹿しい。そう付け加えるなり赤岡は淡く見え隠れする紫の光の方へ目を向けた。 
 黒珊瑚の光に惹かれるように、赤岡の周囲に転がる幾つもの廃材がふわりと重力を無視して浮き上がっていく。 
 「・・・行け。」 
 指示が下されれば、廃材は赤岡の見据える先に向かって猛スピードで突っ込んでいった。 
 「・・・・・・ヤバ・・・っ!」 
 虫入り琥珀のようなエネルギー放出系の石を持つ者のように廃材を撃墜する事も、かといって 
 磯山のように己の反応速度を上げて対処する事も野村にはできない。 
 あと数秒すれば廃材が命中する鈍い音と手応えが伝わってくるのだろうか。 
  
 いや、違う。 
 「・・・やあぁっ!」 
 小沢が発する、くぐもっていながらも力のこもった声が不意に周囲に響き渡った。 
 女投げに近いぎこちないフォームからではあるが、渾身の力を込めて闇の中へと小沢が投げ込んだブツが 
 野村を襲う廃材に命中し、破裂する。 

 「・・・・・・・・・っ?」 
 破裂の衝撃で細かい粒子状の物が周囲へと散らばったかと思うと、それに触れた廃材は 
 ことごとく赤岡の支配から外れ、万物の法則に従って床へと転がり落ちた。 
 よほど軽い物質なのか、その粒子状の物は磯山の付近にも飛来して、彼の金縛りを解く。 
 それだけではない。赤岡の黒珊瑚が生みだした闇が、心ばかり薄くなったようでもある。 
  
 「野村くん、落ち着いて。この相手は・・・赤岡くんは、君達よりも力ある石の戦いに慣れている。」 
 不用意な行動は、それだけで命取り。冷静さを失っちゃ駄目。 
 足早に野村の元に駆け寄り、小沢は告げた。 
 「・・・悪ぃ。マジ助かった。」 
 視界の端に立ち上がろうとする磯山の姿が見え、ホッとしたからか。 
 野村は素直に小沢に謝り、跳ね上がったテンションを落ち着けるかのようにフゥと吐息を吐いた。 
  
 しかし小沢は一体今何をしたのだろうか。 
 赤岡に対し警戒しながらも、小沢が投げ、床に散らばった物の方へ野村はそれとなく目を向けてみる。 
 床には外界から流れ込んできたのだろう埃や砂に混じって、アパタイトの青緑の輝きを帯びた 
 細かな粒が散らばっているようだった。 
 そして廃材が転がっている辺りには、破れた小さなビニールの包み。 
 包みに印刷された図案に、野村の口から思わず言葉が漏れる。 
 「小沢さん・・・・・・。」 
 「赤岡くんの石の力は心霊現象系のようだからね。予想通り効果があって・・・良かった。」 
 その包みは、つい先ほど野村が井戸田から預かったとして小沢に渡した物だった。 
 確かに、小沢の言う通りに赤岡の石が心霊現象を司る物だとすれば、これは効果を生じるだろう。 
  
 「・・・普通、幾らお祓いっていっても、塩ごとは投げないと思いますよ。」 
 まぁ、結果オーライですけどね。野村が力無く呟くのは、そう付け加えたところまで。 
 視線を改めて薄れた闇の中に立つ赤岡に向ければ、その眼差しはキリッと力強く。 
 指輪のバイオレット・サファイアが輝きを帯びれば、紫の光の粒子が野村を包み込んで 
 彼に技術と知識、そしてそれに相応しい装いとを与えるだろう。 

 「・・・させませんっ!」 
 変身中の攻撃は、彼の愛する仮面ライダーシリーズに限らず特撮物ではタブーであろうけども。 
 赤岡は容赦なく再び黒珊瑚を瞬かせると廃材を野村と傍らの小沢へと襲いかからせる。 
 「そっちこそ、させねぇよっ!」 
 けれど威勢の良い野村の声が上がると彼を包む紫の輝きは弾け散り、その内側から姿を見せるのは機動隊員の装備。 
 すかさず掲げる盾によって、放った廃材は全て防がれた。 
  
  
 「・・・面白い。やはりこうでなければ、ね。」 
 普通なら悔しがるような反応の一つも見せる所なのだろうが、赤岡は逆に口元に笑みを浮かべると小さく呟いた。 
 「潰し甲斐がない・・・という物ですよ。」 
 赤岡の気分が乗ってきた証拠という訳でもないのだろうが、彼の首元のネックレスにて黒珊瑚が漆黒の光をこぼす。 
 しかしその輝きはどことなしに苦しげで、助けを求めているようにも見えるのは、果たして気のせいだろうか。 
  
  
  
  
  
  
  
 『・・・じ・・・の・・・・・・じ・・・どの。』 
 ほど近くから囁かれる声に導かれるように、島田はゆっくりと瞼を開けた。 
 床に倒れ落ちた割には全身がふわふわとした何かにくるまれているような感覚を覚え、 
 ほんのりと暖かい周囲の温度とも相まって、どこか不思議に思いつつではあるけれど。 
  
 「・・・・・・・・・っ?!」 
 その不思議な感覚は決して島田の気のせいではなかったようだ。 
 今まで彼は廃工場にいた筈なのに、見える光景は360゚一面の乳白色。 
 そして、目の前には。 
 『主殿、どうしたんですか?』 
 毎日鏡越しに見かける見慣れた顔が、不安げに島田の顔を覗き込んでいて。 
 慌てて身を翻して逃げようとする島田の腕を、先にいた島田はすかさず細い腕を伸ばして掴まえ、捕らえた。 
 『何故、逃げようとするんです。』 
  
 「普通逃げるよ。・・・っていうか何これ。どうなってるの? それにお前、誰?」 
 少しでも力が抜ければいつでも逃げられるように藻掻きながら、島田は目の前の島田に問う。 
 そんな慌てふためく島田の様子に、先にいた島田は何か思うところがあったのだろうか。 
 あぁ、と声にならない声を漏らしてそのまま島田に向けて言葉を続けた。 
 『・・・そう言えばそうでした。僕はあなたの石、白珊瑚。この姿では初めまして。主殿。』 
 「白・・・珊瑚?」 
 『はい。そして前々から主殿とは一度話をしてみたかったので、 
  あなたが気を失ったのを幸いに主殿の意識を僕の方へ呼び込ませて貰いました。』 
  
 鏡に映ったように左右反対になってはいるけれど自分と同じ姿、同じ顔で悪意なく微笑み 
 自分と同じ声でカツゼツ悪く告げる自称白珊瑚に、島田は逃げようと藻掻くのも忘れてしばし言葉を失った。 
 こんな事、あるはずがない。 
 島田とすればそう思いたいけれど、今まで白珊瑚を手にしてから色々現実離れした目に遭ってきた以上 
 こういう事も別にあり得るのかも知れない・・・そんな考えが彼の脳裏を過ぎる。 
 そんな、ただでさえ混乱している島田に更に追い打ちを掛けるつもりではないのだろうが 
 島田の姿をした白珊瑚は島田の腕を掴んだまま、問いかけた。 
  
 『主殿は・・・力が欲しいですか?』 

 [江戸むらさき 能力]