Black Coral & White Coral [9]


20 名前:“Black Coral & White Coral”  ◆ekt663D/rE  投稿日:05/02/13 00:56:19 

「ったく、何なんだよ・・・。」
精神力を使い果たして床に寝そべっていたために、不運にも巻き上がった砂塵を目一杯浴びてしまった
野村がゆっくりと起き上がってペタリと座り込み、呆然と呟きを漏らす。
バイオレット・サファイアの力を解除し、機動隊の衣装を消せば衣服に付いた埃は払えるけれど
口に入ってしまったそれはどうしても拭えないらしく、何度も唾を足元に吐いている。
そんな彼の目前にあるのは、不自然な角度で地上から伸びる3本の太い鉄骨と
ほんの少し前までは天井だったのだろううねった鉄板の切れ端。
下にめくれるようにこじ開けられた天井からは、午後の太陽の光が射し込んでいて
それらを照らしだしている。

「・・・島田、大丈夫か?」
ちょっとした前衛芸術のようなその光景に苦笑いをするしかないらしい野村の傍らで
両脚を床に付け、立ち上がる島田を見上げて磯山が問うた。
「ん・・・僕は大丈夫。磯山くんこそ腕とか大丈夫だった?」
天井から落下してきた島田を両腕のみならず全身を使って磯山は受け止めたのだ。
いくら細身で体重も軽い島田とはいえ、磯山の腕に伝わった衝撃は大きなモノだっただろう。
不安げに問い返す島田に対し、磯山はへらっと笑って彼に応じた。
「あぁ、大丈夫大丈夫。」
石の力で腕力とか強くしてたし、と付け加えてぶんぶん腕を振り回す磯山に、島田は安堵の笑みをこぼす。

しかし。
「・・・・・・・・・。」
虫入り琥珀と黒珊瑚のネックレスを床から拾い上げる小沢の顔には笑みは浮かんでいなかった。
床に刺さった鉄骨の根元付近に、血が飛び散ったような痕や人の身体の一部のようなモノは見られない。
ただ、サビの破片とおぼしい細かな物体が幾つか散見されるだけ。
天井から落ちた島田は無事にキャッチされた事だし、怪我人は出なかった・・・のだろうけども。
沈痛げな小沢のその表情は他の3人に比べると異様なように映る。
「あかおか・・・くん・・・・・・」


「小沢さんっ!!」
ぽつりと小沢が人名とおぼしい単語を口にしようとした、その時。
聞き慣れたがなり声が聞こえ、はっと小沢は顔をもたげて声の上がった方を向いた。

ぜーはーぜーはーと荒い呼吸を繰り返しながら、そこにあるのは小沢の相方、井戸田の姿。
「潤・・・・・・。」
「一体何があった!相手は!誰も怪我とかしてねぇだろうな!」
潤さん、遅いッスよ!などと野村が上げる声など一切無視し
井戸田は真顔でずんずんと歩み寄ってきて、立て続けに小沢へと問う。
そのさなかに4人の姿をチラッと見やり、どうやら誰も重傷を負ってはいないだろう事を察すると。
「大丈夫なら、さっさと逃げるぞ。凄い音がしたんだ、人が来て厄介な事になる!」
「・・・駄目だよ、潤。」
乱暴な調子で言葉を続ける井戸田を、小沢は静かに制した。
「赤岡くんが、まだ・・・」
戻ってきていない。だから、ここから離れられない。そう真面目な調子で告げる小沢に対し。

「えっ・・・アカオカって、誰ですか?」
島田がキョトンとした表情で、どこか無造作に問いかける。
まさか彼の口からそんな台詞が聞けるとは思わず、小沢は一瞬言葉を失った。
「天井が落ちた隙に逃げ出した黒の側の奴の事だったら、別に放っておけばいいじゃないですか。」
「そうっスよ。小沢さん、気を使いすぎじゃないですか?」
そんな小沢の内心など気付ける筈もなく、憮然と言葉を続ける島田に同意するように磯山も口を開く。

「な・・・っ、みんなこそ何を言って・・・赤岡くんだよ、島田くんの相方の赤岡典明・・・。」
あまりにも当然のように言い放つ2人に対し、慌てて説明しようとする小沢だったが
「小沢さん、熱でもあるンですか?島秀はピン芸人っすよ?」
即座に野村が告げる一言に再び小沢は言葉を失った。


・・・前の時と、同じだ。
小沢が思い出す『前』というのは、江戸むらさきの2人の石が目覚めたきっかけとなったあの夜の事。
あの時島田が虫入り琥珀を用いた事で、井戸田も野村も磯山も彼ら2人と会った事を忘れてしまっていた。
その事を覚えていたのは、小沢のみ。
『初めてですね。あの琥珀の力が作用しなかった人は。』
あまりの珍しさに発せられたそんな言葉をつい先ほども小沢は聞いた筈だった。
「・・・・・・・・・。」
ギュッと眉を寄せ、小沢は右手に収まっている黒珊瑚と虫入り琥珀に目をやった。
間近で見る琥珀は淡い蜂蜜色の輝きを発しており、以前と同じように強い魔力を秘めているように思える。
その琥珀の内側に封じられている黒っぽい虫の死骸が小沢には今、長身の男の姿に見えるような気がした。
小沢に思い出されるのは、その男が消失する直前に彼に向けた、穏やかな眼差し。
それが何を意図していたのか、小沢には何となく察せたような気がして。

所持者に関する記憶が失われ、存在も消され、その分を異なる記憶で補完されても。
赤岡の石である黒珊瑚はまだ輝きを失ってはいない。だから、何とかなるかもしれない。
その想いから、小沢は強い調子で井戸田に頼んだ。
「・・・お願い、潤さん。とにかくしばらくはここに人が来ないようにして!」
厭だから。石を巡る戦いで本当に取り返しの付かない目に遭う芸人が現れるなんて。
しかも、自分の目の前で。そんな事、それこそ認めたくなんかない!

「・・・何を考えてるんスか?ったく、しょうがねぇな。」
まったく意味が分からないなりに、それでも小沢の真剣な様子は伝わったようで。
井戸田はしぶしぶと首を縦に振り、シトリンに意識を集中させる。

「今の騒ぎで人がやってくるなんて、アタシ認めない!」
キーワードを口にすれば、輝きを放つシトリンから山吹色の光が波紋が広がるように周囲へ走っていった。
光の輪は工場だけに留まらずその外側の市街地にまで広がっていき、
人々の関心を工場で響いた物音や衝撃から逸らしてくれるのだろう。
「ついでに・・・こんなドデカイ器物破損なんて、アタシ認めないっ!」
返す刀でもう一度シトリンを輝かせれば、地面に落ちた鉄骨や垂れ下がる鉄板が光を帯び、
ビデオを巻き戻しているかのようにゆっくりと天井へと戻っていく。

「・・・・・・くっ。」
ギシギシと音を立てながら元の位置に落ち着いた鉄骨を見上げ、安堵の溜息を付く間もなく
井戸田に襲い来るのは石を使った代償。
全身の力が抜けるような感覚に、ゆらりと蹌踉めいてそのまま彼は床に座り込んでしまった。
「・・・ありがとう。」
必死になって駆けつけたばかりの状況が殆どわかっていない中で、
己の希望・・・寧ろ我が儘か・・・を聞き入れてくれた相方に感謝の言葉を漏らすと小沢は島田の方へ目をやった。
赤岡を消失から救うには、アパタイトの力だけでなくそれを補助する想いと力が必要であろう。
そしてその補助は、やはり彼でないと務められないように、小沢には思える。
故に、島田のみに向けて小沢は口を開いた。

「本当に、島田くんは赤岡くん・・・赤岡典明って人間の事、覚えてないの?」
念を押すように問う、小沢の声は僅かに震えている。
「幼なじみで・・・一緒にコンビ組んで・・・ねぇ、何か思い出せない?」
それでも島田の返答は、首を横に振る仕草だけだった。
「本当に?全部無かった事になっちゃったの?夏に単独やったよね?2人で漫才やってたじゃん。
 俺、観に行ったよ。でも出だし3分の所で島田くんが間違えたのも、アレ全部俺の見た夢だったの?」
「小沢さん・・・・・・。」
徐々に声のトーンが上がる小沢の熱の入りっぷりに、磯山が困ったような声を上げた。
小沢には自分が赤岡という男に関しての記憶を失っていないという確信があるけれど
端から見れば、ずいぶんと奇異なモノに映るだろう。
何かの電波を受信したと思われても、小沢に文句は言えないかも知れない。

「じゃあさ、島田くんが本当にピン芸人だったら・・・ネタ、演ってみせてよ!」
「おーし、演ってやれよ。島秀。」
半ば涙目になりながらの小沢の言葉に、野村が島田に軽い調子で促す。
「一つ笑わせてやれば、小沢さんも少し落ち着くだろうし。」

何げに失礼な物言いの野村に、うんと頷いて返して一つ息を吸った島田だったけれど。
「・・・・・・・・・。」
そのまま急に数秒、いや十数秒とその場に立ちつくし、ピクリとしなくなった。
「ど、どうしたんだ?」
さぁっと顔色が青ざめていく島田の様子に井戸田が座り込んだまま慌てて呼び掛ける。

「おい、島田?」
「あれ・・・・・・いや、その・・・・・・」
何にテンパっているのか、磯山からも発せられる呼びかけにもしどろもどろに言葉を返す事しかできない
島田を見やり、小沢は無意識の内にぎゅっと手を握りしめた。
やってもいないのはもちろん、作ってすらいないピン芸のネタなど、出来るはずがない。
・・・これは、偽りの綻び。
「じゃあ島田くん・・・・・・舞台に出てきて『はい、どーも』の続きは何?」
今がチャンスと重ねて問いかける小沢の手の中で、黒珊瑚が輝きを増していく。
凛とした漆黒の光に呼応するように島田の白珊瑚も淡い光を放っていくけれど
それは所有者の意志とは関係ない発光であり、島田の戸惑いを増していく原因となった。
「はい、どーも?」
もう冷静に思考する余裕もなくなったのか、島田は小沢の妙な質問にも素直に小さくオウム返しして。

「はい、どーも・・・・・・ごうきゅ・・・う・・・です・・・・・・?」
改めて彼が口にする言葉には、自然と続きの語句が付け加えられていた。
たとえ記憶からはぬぐい去られていても、身体は、何年も喋り続けてきた舌は覚えていたのだろう
不意に口をついた『ごうきゅう』という単語。
「・・・・・・・・・!」
その単語に何かの引っかかりを覚えたのか島田がはっと息を呑んだ、瞬間。
白珊瑚の光が小さく弾けて島田を包み込んだ。

・・・そうだ。思いだした。
自身を覆う乳白色の輝きに、島田は声にならない呟きを漏らす。
この光を、白珊瑚の力を初めて目の当たりにしたあの時。
僕らの前に立っていたのは、僕らが助けようとしていたのは。一体誰だったかを。

「島田?」
弾けた光はすぐに収まり、廃工場の中は元の薄暗さを取り戻す。
その中で先ほどのテンパった表情とは異なる、怖れから来るそれを顔に浮かべだした島田に
磯山が不安そうに声を掛けた。
「小沢さんの意図はわかんねーけど、そんな振り回されてんじゃねーぞ、島秀。」
野村も島田に落ち着くように告げ、背中をポンと叩いてやる。
けれど島田はフルフルと首を横に振り、小沢の方へ一歩二歩と歩み寄った。

「・・・どうしよう、小沢さん。僕・・・何で・・・よりによって・・・あいつの事・・・・・・」
狼狽しきった島田の言葉と表情は、彼が思い出すべき事柄を思いだした現れ。
「あいつ・・・赤岡は・・・あの時、僕を庇って・・・」
「落ち着いて、島田くん。大丈夫。まだ間に合う。助ける事もできるから。」
元々カツゼツの悪い島田の言葉が、震える唇で一層聞き取りにくくなる。
小沢はそれでも何となく彼の言いたいだろう事を察し、コクコクと頷いてみせると
穏やかに、しかし自信を持ってそう応じた。

「・・・・・・本当ですか?」
今にも泣きそうな声で訊ねる島田に、小沢はもう一度頷いてみせる。
「島田くんが黒珊瑚に働きかけて、僕が虫入り琥珀に働きかければ・・・きっと彼をサルベージできる・・・」
違うな、必ずサルベージしてみせる。
言葉の終わりをそう訂正して、小沢は島田の顔を見上げた。
小沢の目と涙ぐんだ島田の目とが合い、数秒。わかりました、との意図を込めて島田の首が縦に揺れた。


何だか島田までも妙な事になっちまったぞ・・・そんな眼差しを向ける井戸田と江戸むらさきの2人の前で
小沢は島田と簡単に打ち合わせをすると床に虫入り琥珀を置き、その傍らに黒珊瑚のネックレスをも置く。
「・・・・・・・・・。」
手に握り込んだ小沢の石、アパタイトのもたらす力はネタ中で口にする甘い言葉の内容に応じた現象を
現実にも引き起こすモノ。
その力で、虫入り琥珀の強靱な魔力を打ち破る事ができるだろうか。
・・・いや、ここで弱気になっても仕方がない。
ふぅと小さく息を吐くと小沢は手の中のアパタイトに想いを注ぎ、輝かせ始めた。

アパタイトの青緑の光に負けじと乳白色の光を発しているのは、島田の白珊瑚。
この石は、幸運を呼ぶお守りと称され黒珊瑚とセットになって島田の手に回ってきたモノだった。
折角のお守りを2つとも持っているのも何だと黒珊瑚を相方に譲ったのが全ての始まり。
「・・・・・・っ!」
既に一発弓矢状にして石と精神力を酷使した事もあり、光はいまいち安定しないけれど
赤岡が戻ってくるか来ないかの瀬戸際とあれば島田は歯を食いしばり、石と己を信じて力を高めていく。
ここで自分の力不足から赤岡にもしもの事があったなら。
一生悔やんでも悔やみきれないし、実家にも下手に帰れないだろうから。

2つの石の輝きと、その内側から放たれる力に共鳴するかのように床に置かれた虫入り琥珀と黒珊瑚も
強く輝きを帯び始めた。
本気で石を輝かせる2人の様子に、これから何が起こるのかわからず見物するだけの3人も
固唾を呑んで事の推移を見守るばかり。

互いの石の力が高まったのを確認し、無意識の内にタイミングを計って2人はそれぞれ言霊を紡いだ。

 「・・・恋はここにあるっ!」
 「・・・だって君は僕の頭の中にいたからね!」

・・・だから、こんな所で消えたりするな。 戻ってこい!
祈りと共に発せられる甘い言葉とクサい言葉。二つの言霊に応じるように、アパタイトから放たれた
青緑の光は虫入り琥珀に、そして白珊瑚から放たれた光は黒珊瑚へそれぞれ吸い込まれていって。

「・・・・・・っ!」
一瞬の静寂の後、虫入り琥珀から光が逆流するように迸り、工場の中はしばし蜂蜜色の光で一杯になった。