CUBE編[後編]


38 名前:じゃあちょっとためしに ◆dRwnnMDWyQ  投稿日:04/11/08 00:10:51

「お疲れ様でしたー。・・・ん?」
 石川が、楽屋を出るとドアのすぐ脇に、うずくまっている何かのカタマリを見つけた。
「・・・・・・。」
 石川はうんざりしながら、無言でそのカタマリを軽く蹴ると「ぐわ!イテッ!」という叫び声をあげ、
むっくりと起き出した。
「ひでえよ!石川、何で蹴るの?」
「和田?なにやってるの?ゴミだと間違えちゃったよ。」

 和田は蹴られた部分を大袈裟にさすりながら、当然だと言うような口調で石川に言う。
「はあ?なに言ってんの?一緒に帰るんじゃねえの?だからわざわざ待ってたんだけど?」
 今度は、石川が叫び声をあげる番だった。
「え?一緒に帰る?バカじゃないの・・・っ?」

 石川は呆然とした表情を隠すかのように、わざとクネクネとしながらふざけたような女口調になって言う。
「やだわぁ・・・和田君と帰ったりして、変な噂立てられちゃったらアタシ嫌だし・・・
 バカがうつっちゃうじゃないって・・・、あ。」
 石川は何かを思い出したかのように和田の頭上を見上げた。―そうか。そうだったけな。
「ああ、そうだったね。一緒に帰る?まあ、用事あるから途中までだけど。」
 和田は当然のように石川の先を歩きながら言った。
「当然だろ。だからわざわざ待ってたんだってば。」

「なあ・・・今日の地震、凄かったよなー・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「スタッフの人にケガなくて良かったな。」
「・・・・・・・・・。」
「インジョン、調子悪そうだったけどどうしたの?渡部さんとかアンガールズとかもキツそうだったよな。飲みすぎかね?」
「・・・・・・・・・。」
「なあ・・・石川、なんか言えば?」
「・・・・・・は?聞いてるよ。和田があそこでセリフとちったりしなきゃ、もうちょっとうまくいったのにって話でしょ?」
「・・・・・・・・・。」
 今度は和田が無言になる番だった。

 並んで帰ってはいるが、常に無言か、口を開けばイヤミばかりの石川に和田はため息をつく。
―こんな状態で、なんで一緒に帰りたがるんだろう・・・。

 元々、仲がいい方ではない二人である。(もはやそれがウリにもなっている位だったが)
石川から急に「一緒に帰ろう」と言われた時は、その有無を言わせぬ口調の強さと、タイミングの脈絡のなさに、
さすがの和田も驚きを隠せなかった。でも、何となく悪い気はしないようで、ついつい言われなくても石川を待ってしまう
自分に気が付くまで、時間はかからなかった。それに・・・。

「石川さー、最近また体調悪いの?」
「なんで?」
「ん、何か具合悪くなる時多くない?元々身体弱いけどさー。」
「・・・・・・・・・。あっ!」
「どうした?」

 その瞬間、石川のポケットの石が勝手に反応した。光を和田に見られないように、手で必死に隠す。
―ヤバイ。またいつもの「脅し」だ。・・・和田!
 みるみる直観力と精神力が増していく石川が和田の頭上を見上げるとそこには、黒いローブを着た、
まるで漫画にでも出てくるような死神の姿がぼんやりと浮かび上がっていた。


「えー?石川、どうしたの?顔青くね?」
 急に青ざめた石川を心配しているのか、和田は石川に少しだけ顔を近づけて聞く。
頭上の死神にはまるで気が付かないようだ。
「な、なあ和田。この道やめにしない?角曲がった方がいいんじゃない?」
「えー?何でだよ。こっちの方が近いじゃん。それに向こう遠周りになっちゃうよ?」
「いいから!オレ、あの角曲がったとこのファミマ行きたいのよ〜。和田く〜ん、お願い〜」
「お前そのキモイ口調やめろよ・・・。わかったよ。ファミマ行くからさ。」

 和田が呆れつつも道を引き返した瞬間だった。
 ガシャン!「うわぁっっ!!!!」
「看板が・・・看板が落ちた・・・!」
 誰もいない歩道に、なぜかクリーニング店の看板が落ちる音が響き、二人は叫び声をあげた。
静かな住宅街に急に電気がつき、激しく吠える犬の鳴き声が聞こえる。
落ちた「○○クリーニング」と書かれた看板は、かなり大きなもので、
もし巻き込まれていたら大怪我か、打ち所が悪ければ最悪の事態も考えられるものだった。
 和田の血の気が一斉に引いた。フラフラとその場にへたり込む。
「もし・・・あの時そのままここ歩いてたら・・・。」
「うん、お前多分下敷きになって死んでたかもね。」
 恐ろしい事を平然という、石川の様子に気づきもせずに和田はただ荒い息を吐くだけだった。

 石川は冷静に和田の頭上を見上げると、役目を終えたのだろう、もう死神の姿はそこにはなかった。
―今日の所は一安心か・・・それともインジョンの件で役に立てなかった自分への叱責のつもりだろうか。

 代わりに襲い来る、石の能力の代償である、激しい頭痛や吐き気に顔をしかめながらも周囲を見回した。
この死神を操っている本体の奴がどこかにいるはずである・・・が、彼には見つけることはできなかった。
ひょっとしたら遠隔操作できる能力なのかも知れないが、今の石川には知る術がなかった。
これ以上の能力の使用や下手な詮索は、石川自身の体調やひょっとしたら生命に関わるかも知れない。
それに、もしまた和田に死神の能力である「不幸なアクシデント」が起こったら・・・。

石川は和田を人質に取られているのも同然だった。
そしてそれが石川が「黒いユニット」に参加しなくてはならなくなった理由の一つであった。

―何となく腹が立つ。和田が死のうが生きようが関係ないのにな。
ここまで和田の為に動いている自分自身が面白くなかった。

和田は突然のアクシデントにビックリしているのか反面嬉しいのか、電話を誰かにかけまくっていた。
「おい、ちょっとスゲーよ!今さあ・・・石川と歩いてたらさー・・・」
和田の暢気さに呆れると同時に、ほんの少しだけ救われたような気分になった。


和田は興奮しては誰かに電話をかけ、激昂して喋ってはいるが、石川の耳にはまるで届かなかった。
ふいに地下鉄の駅の前で立ち止まる。ため息をついた。黒いユニットの集会・・・先ほどの和田に対する仕打ちといい、
インジョンの不手際で自分と、黒いユニットの手の内にあるスタッフには何か罰があるのかもしれない、
逃げ出したいがそうもいかないだろう。
体調の悪さを欠片を飲んでごまかす。手に触れた時のガラスのような感触と口に入れた瞬間のまるで
ゼリーのようなツルリとした喉越しへの変化。揺らめく黒い影の存在といい、憂鬱そのものである。

「和田、もう大丈夫でしょ。俺、用事があるからここでね。」
「・・・ん。ちょっと待って。うん、じゃあまたな。おやすみ。」
「ん。おやすみ。」
 振り向かずに地下鉄の階段を降りようとした石川の背後から、呼び止めるような叫び声が聞こえた。
「おーい!今日、お前のおかげで助かったよー。ありがとうなー!」
 石川は返事はしなかったが、思わず噴き出す。馬鹿馬鹿しさに顔がニヤケた。
これから気の重い集まりの前に、なんだか心が少し晴れたかのような気がしていた。


※「黒ユニット集会編」に続きます。