毒舌家達の憂鬱[中編]

150 名前: ◆8Y4t9xw7Nw 投稿日:05/03/04 01:46:38

途中まで帰り道が同じだからと、ランチタイムが近付くレストランを出て通りを並んで歩く。
まだそれ程人通りも多くない道を無言で歩きながら、青木はチラリと横を歩く小柄な男に目を向けた。
そのズボンのポケットで何かが微かに音を立てているのに気付いて、すぐにそれが何なのかに思い当たる。
「・・・・・・まだ続けてるのね」
思わず口にした言葉は主語の無いものになってしまったが、言いたい事はきちんと伝わったらしい。
俯いた波田は胸元に手をやった。シャツに隠れて見えないが、首には彼に与えられた石――――ヘミモルファイトが掛かっている。
番組で共演する事も多い青木は、波田が暴走した石を回収し、より強い力を引き出せそうな芸人に渡してその能力を観察している事を知っていた。
先程からズボンのポケットで音を立てていたのは、集めた石を入れた小さな袋だ。
「・・・・・・悪趣味だと思われても仕方ないですけど、それがこの石の望みでもあるんですよ。より強い力を引き出せる人間に石を託して、
悪意を持って使うようなら斬り捨てる・・・・・・『黒』に対抗する人間を増やしたがってるんでしょう、きっと」
自分の持つ石と波長が合えば、石から感情が伝わってくる事もあるらしい。波田の言葉も、そうやって石の望みを知ったという事なのだろうか。
「石がそれを望んでるって事は、やっぱり『黒』が正しいっていうのは嘘なんでしょうね。それに、この石は暴走した人も黒い欠片に操られた人も同じように斬る」
ポツリと呟くと、波田は口の端を歪めどこかシニカルな笑みを浮かべた。
「まぁ、だからって『俺のやってるのは良い事だ』なんて言うつもりもありませんけど。俺自身の下世話な好奇心が理由の1つだって事も確かですから」
毒の強い『下世話な好奇心』という言葉をサラリと言ってのけた波田は、ふと真顔になると小声で言った。
「・・・・・・次の角、曲がってください」
次の角を曲がると、そこは人通りの少ない裏路地へ続く細い道のはずだ。
理由を問おうとした瞬間背後に嫌な気配を感じ取った青木は、その言葉に従い角を曲がった。


裏路地へ入ると、大通りを走る車の音が遠ざかったせいか背後の足音が良く聞こえてくる。
(1人や2人・・・・・・じゃないよな、明らかに)
思い切り眉を寄せた波田は、手元のギターケースに視線を向けた。
やっぱり持ってきて正解だったな、と心の中だけで呟くと、人通りが全く無い事を確認して波田は足を止めた。
つられるようにして足を止めた青木を促すように、後ろを振り返る。
「やっぱり、尾行されてたみたいですね」
そこには、予想通り虚ろな目をした4・5人の男達
――――恐らくはまだ養成所などに通う若手芸人なのだろう――――がこちらの様子を窺っていた。
(やっぱり・・・・・・・)
その生気の無い瞳を見て、予感が確信に変わる。
「・・・・・・すいません」
「え?」
「多分こいつら、俺を引き込みに来た『黒』の人間です」
一瞬目を丸くした青木は、再び視線を男達に向けると、納得したように呟いた。
「あぁ、引き込むついでにあんたの集めた石も奪おうってワケ?」
真っ昼間っからご苦労様ねぇ、と呆れたように呟くその声に怯えや恐れの色が全く無いのを感じ取って、波田は思わず小さく安堵の溜息をついた。
ここで彼女に逃げ出されでもしたら、この人数を相手にするのは少々分が悪い。
「・・・・・・どうします?」
「そうねぇ、ここはもちろん・・・・・・」
遠慮がちな波田の言葉に、青木はネタ中のようにニッコリと笑みを見せた。気味が悪いぐらいの、満面の笑顔。
「・・・・・・ぶっ飛ばす!!」
青木はネタ中と同じく――――いや、それ以上の勢いで表情を一変させて叫ぶ。
その迫力に思わず顔を引き攣らせる波田を尻目に、青木は若手達を睨みつけ再び大声で叫んだ。
「どこ見てんのよぉっ!!!」


その声と同時に、青木の身体を薄いエメラルドグリーンのヴェールが覆った。
波田も数度見た事がある青木の石――――マラカイトの力だ。 石の力によって青木の姿を見失った男達は虚ろな表情のまま身構えるが、能力は睨みつけられた相手のみに発動する為波田には青木の姿がしっかりと見えている。
「あたしが時間稼ぐから、一気にやっちゃって」
小声でそう言うと、青木は男達の間をすり抜けて背後に回り、1人の背中を思い切り蹴り飛ばした。
いきなり背後から蹴り飛ばされた男が、つんのめるようにして地面に倒れる。
他の男達は姿の見えない青木を捕まえようとするが、青木は器用に男達の間を逃げ回りそれを許さない。
どこか楽しげに男達を引っ叩き蹴り飛ばす青木を怯えの混じった目で一瞥してから、
波田は持っていたギターケースを地面に降ろし、中から愛用のギターを取り出した。
男達は姿の見えない青木に翻弄され、波田の方に意識を向けている暇が無いらしい。
「ちょっと骨が折れるなぁ、この人数相手だと・・・・・・」
ぼやくように呟くと、ストラップを肩に掛け弦に指を掛ける。その目が、一気に鋭さを増した。
「・・・・・・拙者、ギター侍じゃ・・・・・・」



〜〜〜♪

その指が、独りでにお馴染みの曲を爪弾き出す。
この石の力を最大限引き出すには『残念!』や『〜斬り!』だけではなく全てのネタの流れを実行するのが一番なのだが、
あまりに隙が大き過ぎる為に普段は使えない。
しかし、一度使ってしまえばしばらく眠り込んでしまうという副作用がある以上、この人数を一度に相手にするにはそれをやるしか方法がない。
そういう意味では、一緒に居たのが青木だったのは幸運だった。彼女の能力は相手を撹乱して、力を引き出すだけの時間を与えてくれる。
「僕ら若手 お笑い芸人 まだまだヒヨッコ若手です
この先に続くスターの道を ライバルかき分け進みたい、って・・・・・・言うじゃなぁ〜い?」
即興で考え出したフレーズを掠れた歌声と共に紡ぎ出すと、その首に掛かっているヘミモルファイトが服の内側で微かに光り出した。
男達が波田に視線を向けようとするとすかさず青木が攻撃を加え、注意を逸らす。
「でも、アータ・・・・・・芸人として一番大事な事が分かってませんから! 残念!!」
一際眩い光と共に、ギターが一振りの鋭い日本刀に姿を変えた。
それを力一杯振り上げた波田は、大きく息を吸い込み叫ぶ。
「笑いを侮る若手達・・・・・・斬りぃ!!」
勢いよく振り下ろした刀が光を放ち、一気に若手達を斬り伏せていった。

153 名前: ◆8Y4t9xw7Nw 投稿日:05/03/04 01:56:18
今日はここまでです。ちなみに、波田陽区の能力に
「『残念!!』『〜斬り!』だけでなく相手の事を指した歌も歌うと威力が上がる」
というのを勝手に付け加えてしまいましたが、あまりに隙が大きく実戦ではまず使わない、という事なのでできれば大目に見てください(ニガワラ