毒舌家達の憂鬱[後編]

193 名前: ◆8Y4t9xw7Nw 投稿日:05/03/11 02:19:06

光が収まり、目の前にかざしていた腕を下ろした青木は、男達が1人残らず倒れているのを確認してホッと息をついた。
倒れている男達を踏まないように気を付けながら、元に戻ったギターを抱え肩で息をする波田に歩み寄る。
「大丈夫?」
「全然大丈夫じゃないんですけど・・・・・・・すいません、限界まで力使ったからしばらく起きれないと思うんで、先に――――」
恐らく『帰ってください』と続けようとしたのだろうが、そこで限界が来たらしい。
ふらりと体勢を崩した波田は、そのまま壁にもたれるようにして倒れ込んでしまった。
「ちょっと悪い事しちゃったかな・・・・・・」
石の副作用ですっかり深い眠りに落ちた波田を見て、青木は苦笑しながら呟いた。
路上に点々と――――という表現がぴったりな状態で――――転がる男達を見て、頭痛を堪えるようにこめかみに手を当てる。
「この状況放置して先に帰るなんて出来るわけないじゃない・・・・・・」
同じく石の副作用で少々ふらつく頭を押さえ、倒れ込んだ男達に近寄る。
そのポケットを探ると、案の定あの黒い欠片が転がり出てきた。
眉を寄せて地面に転がったそれを踏みつけると、ガラス質の小さな欠片は足の下で微かに音を立てて、呆気なく砕け散った。
「・・・・・・気に入らないわね、この欠片・・・・・・」

大切な何かを得る為、決して譲れない何かを守る為なら、人は鬼と化す事もある。
それを分からない程無知ではない。
でも――――こんなものに頼ってまで手に入れて、守って、本当に満足なのだろうか。
嫌味でもなんでもない、純粋な疑問。

売れなかった時期が長かったせいだろうか、自分は芸人としての地位や名誉にはそれほど興味が無い。
地位より安定した生活の方が余程価値がある、というのはある意味夢も希望も無い考えかもしれないが、不安定極まりないこの仕事を長くやっていると切実にそう思うのだ。
もちろんトップに立ってみたいとは思うし大金も稼ぎたいが、人を蹴落とし傷付けてまで・・・・・・とは思わない。
むしろ、脅されたわけでも洗脳されたわけでもなく地位や名誉の為に自分から『黒』に入る若手達を馬鹿馬鹿しいとすら思う。
目先の地位や名誉に惑わされて客を笑わせる事の楽しさを忘れた人間の、なんと多い事か。
「みんながみんな、あんたみたいに単純に仕事を楽しめる奴だったら楽なんだろうけど・・・・・・」
しゃがみ込んで、気持ちよさそうに眠る波田の頭を軽く小突く。
この年下の先輩は、比較的芸歴の浅い若手にしては珍しく【芸人】という仕事に強い誇りとこだわりを持っていた。
そのこだわりが、多くの石を集めながら決して『黒』に加担しない理由なのだろう。
客と自分が楽しむ事を何より大事にしている彼なら自分から『黒』に協力するという事は決して無いはずだ。
(あんただって、『黒』に入ってまでトップに立とうなんて思わないわよね?)
売れない頃からの親友の姿を思い浮かべて、心の中で呟く。
そう簡単に『黒』に傾く人間ではないと分かりきっているのに問い掛けたくなったのは、不安だからだ。らしくもなく弱気になってしまう。
(ま、もしそうなったら一発ぶん殴って引きずってでも連れ戻せばいいだけの話よね)
不安を振り切るようにそう結論付けて、視線を上げる。
頭上高く上った太陽が、正午過ぎを告げていた。