毒舌家達の憂鬱[後日談]

247 名前: ◆8Y4t9xw7Nw 投稿日:2005/03/26(土) 01:12:29

数日後、某番組に出演する若手芸人達が集められた楽屋にて。
すっかりお馴染みの着流し姿で出番を待っていた波田は、見慣れた後ろ姿が扉を開けて出ていくのを視界の端に捉えて顔を上げた。
後を追って楽屋を出ると、長い廊下を歩き角を曲がった所でようやくその背中を見つけ声を掛ける。
「長井さん」
「・・・・・・おお」
振り返ったその人物――――長井秀和は、波田に気付くと軽く右手を上げた。
こちらもネタ中ではお馴染みのスーツ姿だ。
「この前は悪かったな、迷惑掛けて」
「・・・・・・え?」
心なしか小さな声で長井が呟いた言葉に、一瞬次の言葉に詰まる。
「・・・・・・どうかしたか?」
「・・・・・・この前って・・・・・・この間の収録前、ですよね?」
「そうだけど・・・・・・・あれ、俺何かおかしい事言ったか?」
不思議そうに問い返してくる長井の様子を見ると、どうやら彼は自分の発言の重要さに気付いていないらしい。

「あ、いや・・・・・・憶えてるんですか? あの時の事」
長話になりそうだと察知したのか壁にもたれて腕を組んだ長井に倣い、スタッフの邪魔にならないよう壁側に寄ると、波田は小さな声で話し掛けた。
スタッフにも『黒』側の人間が居る以上話の内容を全く聞かれないというのは不可能だろうが、用心に越した事はない。
「あぁ。気を失わないようにするのが精一杯で、さすがに石を押さえ込むのは無理だったけどな」
長井は何でもない事のように言ったが、あの状態でもまだ意識を保っていたという彼に、改めてその能力の高さを思い知らされる。
普通の人間なら身体ならず意識までも完全に乗っ取られ、暴走している間の記憶は全くないはずなのだから。しかも本人には自分が特別だという自覚が全くない。
「しっかしお前、暴走してる奴相手だからってギターで殴る事ねぇだろ・・・・・・・結構効いたぞ、あの一撃。2・3日青アザが消えなかったしな」
「すいません」
暴れる長井から逃げ出す為にギターで思い切り殴り付けてしまったのだが、どうやらその時の事も長井はしっかり憶えているらしい。
自分の胸を指してからかうような笑みを浮かべる長井に責めるつもりはないのだろうが、礼儀として謝っておく。
「でも、普通に殴ってもあの状態の長井さんにはダメージ与えられそうになかったんで・・・・・・・結構凶器になりますからね、アレ。俺も一回『残念!』の時に力みすぎて肋骨やりましたし」
冗談めかした口調だが今の話は本当だ。とある大きなイベントで、大舞台に張り切っていた波田は勢いよくギターを振り下ろした拍子に肋骨を亀裂骨折した事がある。
「そりゃただ単にお前がドジなだけだと思うぞ・・・・・・」
「・・・・・・かもしれませんね」
呆れたような顔でボソリとツッコミを入れる長井に、思わず苦笑を返す。
「・・・・・・で、すっかり話が逸れたけど何の用なんだ?」
探るような視線を向けてきた長井に笑みを消して真剣な表情になると、波田は懐から二つ折にされた封筒を取り出した。

「これを、渡そうと思って」
何か固形の物が入っているのか、封筒の底が少し膨らんでいる。
どうぞと差し出された封筒を条件反射で受け取った長井は、眉を顰めた。
封筒の膨らみ方とずっしりした重みで、中に入っている物が何なのかに気付いたのだろう。
「・・・・・・これを、俺に?」
「えぇ、5日くらい前に手に入れたんですけど、今日あなたに会って確信しました・・・・・・この石だと」
中に入っているのは、波田が手に入れたものの中から探し出した石だ。
長井を、正当な持ち主として選んだ石。
「俺はいらないよ・・・・・・前みたいなゴタゴタに巻き込まれるのはごめんだ」
石に操られ暴れた時の記憶が蘇ったのだろう、苦々しい表情で長井は首を横に振った。
嫌がる相手に無理に石を押し付けるのも少し気が引けるのだが、青木と約束した手前このまま引き下がるわけにもいかない。
「あの石と違って、これはあなたを選んだ、あなたの持つべき石です。余程悪意を込めて使わない限り、この前みたいに暴走する事はないと思いますよ。・・・・・・それとも、また相応しくない石に操られたいですか?」
少々きつい言葉を投げ掛けると、長井は何とも言えない表情で黙り込む。
「もちろん、この石を使って何をするかはあなたの自由です。石の力を封印出来る人間を探して、使えないようにしてもらっても構いません。・・・・・・受け取ってもらえます?」
まっすぐな波田の視線に根負けしたのか、長井は溜息をつくと封筒をスーツのポケットに仕舞った。
その事にひとまず安心して、波田は思い出したように言葉の続きを口にする。
「・・・・・・・あ、あと最後に青木さんから伝言なんですけど、
『あんただったら平気だと思うけど、もしもの事があったらぶっ飛ばしてでも連れ戻すから』
だそうです。どうせ仕事で会うんだから直接言ってくださいって言ったんですけどね・・・・・・それじゃあ、もうそろそろスタッフが呼びに来ると思うんで」
ぽかんとした表情で固まる長井に思わず込み上げてきた笑いを堪えると、波田は踵を返して廊下を歩き出した。


『絶対に言っておきたい事なんだけど、そんな事面と向かって言うのも恥ずかしいじゃない? だから代わりに言ってくれないかな』

『黒』の若手達を倒した後、目を覚ました波田に青木が真っ先に言ってきたのがその事だった。
頼むと言うよりは脅すようなその目に渋々頼みを聞いたのだが、長井の珍しい表情を見る事が出来たのだからよしとしよう。
どうやら彼は今まで自分が思っていた以上に尻に敷かれるタイプだったらしい。

角を曲がりながら、波田は長井に渡した石の事へ考えを巡らせた。
先程長井に『石を封印しても構わない』と言ったのは、石を受け取らせる為の嘘だ。
彼は『黒』のやり方に賛同するような人間ではないし、『黒』に飲み込まれたくなければ石の力で対抗するしかない。それを考えればそう簡単に封印も出来ないだろう。
彼のように強い精神力と素質を持った芸人はなかなか居ない。
その彼を選んだ石が一体どれ程の力を見せるのか、それが今の波田の最大の関心事だった。
それは決して善行とは言えないだろうが、自分は善にも悪にも興味はない。
・・・・・・いや、「関わりたくない」と言った方が正しいだろうか。
どちらかが善でどちらかが悪だとしても、2つの勢力がぶつかれば被害は避けられない。
例え抑え切れない好奇心に駆り立てられていても、自分はそこに進んで首を突っ込む程度胸のある人間ではないのだ。
ただ、どちらに勝って欲しいかと問われれば迷う事なく『白』と答える。
文字通り他人を蹴落とす『黒』のやり方は、受け入れられない。


『あんたのやってる事は・・・・・・おかしい』

そういえば、彼は今頃どうしているだろう。好奇心に駆り立てられるまま石を回収しばら撒く自分を、面と向かって否定した彼・・・・・・・川島省吾、またの名を劇団ひとり。
あの時彼は石を「いらない」と言ったが、恐らくは石の力を狙う輩に襲われて封印どころではなくなっているのだろう、少なくとも波田の所には彼の石が封印されたという情報は入ってきていない。
自分が渡した石のせいで戦いの日々に足を踏み入れた川島には少々申し訳ないが、例えあの時渡さなかったとしても、別のルートを通ってあの石は彼の所へ辿り着いただろう。
長井に渡した石にしても同様だ。
どんな方法であれ、自らが選んだ持ち主の元へ石は必ず辿り着く。
恐らくは、それが『石に選ばれる』という事なのだ。
彼らの石が一体どんな力を発揮するのか、出来ればこの目で確かめたいのだが・・・・・・
大きな期待と少々の自己嫌悪が混ざった笑みを浮かべると、波田は控え室へと続くドアを開けた。

――――まだ、憂鬱な日々は終わらない。