暴走機関車ダンディ [#2]


192 名前:オデンヌ ◆wLquMgP52s  投稿日:04/06/04 12:53

下の階でそんなことが起きているとは知らずに、
中川家礼二はラジオの控室でミックスサンドイッチをつまんでいた。
「…トマトとチーズはええけどマヨネーズ付け過ぎやなコレ。」
「……」
剛はソファの端っこで激しく貧乏揺すりをしながらタバコをふかしている。
この控室に入ってから30分程しか経っていないが、灰皿は満杯寸前。その殆どは兄の吸い殻が占めている。
いつもラジオ収録の時は非常にリラックスしている剛だが、今日は何故かそわそわしている。
「兄貴も食うか?…全部チーズなしやぞ。」
少しでも兄の緊張を解こうと、礼二が3切れほど残ったサンドイッチの箱を差し出す。

「せやな...」
礼二の気遣いを察した剛はタバコを消し、差し出されたサンドイッチの箱に手を延ばした。
箱に触れ、目を閉じ、意識を集中させる。ズボンのポケットが一瞬淡く光った。
「真ん中のだけもらうわ」
「全部食うてええぞ」
「ハムの方マヨネーズやのうてクリームチーズ塗ったる。こっちのタマゴちょっと傷んどるし」
剛が選んだツナサンドには表からは見えないが、礼二の苦手なピクルスが挟まっていた。
「こんなんに力使わんでもええやないか」
礼二は半ば呆れながらハムサンドを口にした。
「…なんか胸騒ぎがすんねん」



「失礼しまーす」
「ノックせえ、ノック」
ラジオ番組のAD兼放送作家の太平カンフーが突然控室に飛び込んで来るとその場で土下座した。
「剛さん礼二さんすんません!」
「何やいきなり?」
「さんま師匠が、『30分しか喋れんのやったら嫌や』てキャンセルしはって…」
明石家さんまは今日収録するラジオのゲストに、と中川家自らが呼んだのだが、スタッフとの打ち合わせ中に帰ってしまったらしい。
(やっぱり2時間は必要やったんやあの人…)
ダメモトで頼んだのもあり、あっさり諦めた二人に、いつの間にか立ち上がったカンフーは耳を疑うような事を言ってきた。
「で、ですね…代わりにどなたか芸人さんを呼んで来て欲しいんですよ。
若手でもベテランでも誰でもいいですから。」

「え!俺らが??」
確かにさんま師匠は自分達が呼ぼうと決めたわけだが、
その代役まで自分で探して来い、とは…
「今、下のTVフロアで特番の収録やってるんで、そこからこっそり…」
「何の番組や」
「最近よくあるネタ見せ番組ですよ。司会は久本さんと安住アナで…あ、さっきスピードワゴンさんとダンディ坂野さん見ましたよ。」
「吉本は誰か出とるん?」
「そりゃもちろん…若手が中心みたいですけど、かなりたくさん集まってますね。」
「そっから誰か連れて来い言うんか」
面倒くさ…深夜3時から1時間の番組のゲストで何でここまでやらないといけないのか。
剛の方を見ると、目つきがとろとろし始めている。礼二も思わずあくびを誘われた。
「まぁ、たくさん芸人いますからちょっと連れ出して、ちゃちゃっと収録して、ぴゃっと戻しとけば分かりませんって。
僕等はいつまでも待ちますけど早く行かないと向こうの収録終わっちゃいますよ。そしたらまたアイドルを…」
「!」
さっきまで土下座していた男に尻を叩かれる形で、
年子のおっさん2人はしぶしぶ控室を後にした。
「あ、サンドイッチいらないのかな…もったいないから食べちゃお」



この局はラジオフロアとTVフロアが同じ建物に入っている。ラジオは9F、TVは主に4Fを使っている。
「しかしホンマこの手のネタ見せ番組多いな」
下りエレベーターを待つ間、礼二が口を開く。これを皮切りに剛もぼやき始める。
「…ネタ見せって言う程…なぁ…モゴモゴ」
「はっきり言わんかい」
「…やから、芸人がネタやる機会が増えるんはええことやけど……な?」
「あー…今の芸人はちやほやされとんのか、逆にこう…なぁ?」
「おまいも最後まで言わんかい」
30年も一緒にいれば、最後まで言わなくともお互い何が言いたいのか分かるつもりだ。
ただ、今のやりとりがまるで漫才そのものだった為に、二人とも苦笑した。
(やっぱ漫才しかないな俺らは…)

そして、エレベーターは4Fに着いた。


 [中川家 能力]