暴走機関車ダンディ [#3]


207 名前:オデンヌ ◆RpN7JISHH.   投稿日:04/06/07 16:26

エレベーターの扉が開くと、目の前に広がる光景に二人は息を呑んだ。
楽屋への通路は多くの人で溢れかえり、怒号や悲鳴がフロア中に響いている。
「うっわ、何やこれ」
あまりの騒々しさに驚いた剛は咄嗟にエレベーターの[閉]ボタンを押した。
「アホ、何で逃げんねん」
礼二が兄の頭を叩き、慌てて[開]ボタンを押す。
「何の騒ぎか見てくる」
開きかけた扉に体を捩込み、人だかりの方へ駆け出して行った。
「ちょっ、礼二待て……」
既に礼二の姿は人の群れに溶け込んで見えなくなっていた。
剛もひょこひょこと後を追う。しかしあまりのやじ馬の多さに嫌気がさし、奥へ進む事を早々と諦めた。
「この辺やろか」
剛はやじ馬から少し離れ、壁に両手をついて目を閉じた。
楽屋の厚い壁は防音加工が施され、透視するにはかなりの精神集中を要したが、
やがて剛の脳裏に楽屋内の様子がじわじわと広がって来た。

楽屋にはダンディと小沢、井戸田の3人だけ。
これ以上被害者を出さない為に、誰も楽屋に入れないよう中から鍵を掛けたのだ。
しかし、状況は好転しない。ダンディのゲッツ砲は未だ止まらず、
あらゆる方向から何度接近を試みても軽く吹っ飛ばされる。
「…ゲッツ!2人共、ゲッツ!早く逃げて!ゲッツ!」
「んな訳行かないですよ!僕らにしかダンディさん助けられないんですから!」
「じゃーゲッツ!早くなんとかゲッツ!してくれゲッツ!そろそろゲッツ!疲れて来たゲッツ!」
ダンデイ坂野は33才だが坂野賢一は37才。いずれにせよ体力の限界はとうに越えている。
「これじゃ封印なんて無理だよ小沢さん」
「でもこのままじゃダンディさんが…やらなきゃ」
ソファの陰から様子を見ていた小沢がすっくと立ち上がった。
ポケットから石を取り出し、ダンディを見据え、ゆっくりと近づく。石を握り締めた小沢の手から光が漏れた。
「坂野さん。こんな…」
ダンディがこちらに振り向いた瞬間、彼の胸の石がひときわ妖しく輝いた。
「ゲッツ!」
「ぅワっ!!」
「小沢さん!!!!」
小沢の身体は宙を舞い、後ろにあったスチール製のロッカーに叩き付けられた。

体を張ったリアクション芸を得意とする者なら、受け身の一つも取れたかもしれない。
しかし自分は…。派手な音を立ててロッカーに叩き付けられた小沢は、崩れ落ちるようにその場に倒れた。
「小沢さん!?大丈夫!!?小沢さーん!!」
井戸田がいくら呼んでも反応しない。大きなケガはないようだが、気を失ってしまっている。
ロッカーの扉がへこんでいた。ここに頭をぶつけたのだろう。
もしこれが堅い壁やテーブルの角だったら…と思うとぞっとする。
ダンディはもはや喋る間もなくなる程にゲッツ砲のペースが上がっていた。
小沢の飛ばされ方を見る限り、威力もかなり上がっている。
「まずい…」
井戸田は自分のラピスラズリを取り出し、小さく「あたし認めない」と呟いた。
が、石は僅かな光すらも放たない。
井戸田も石の能力に頼っている以上、石の力によって起きた事は、
どんなに理不尽で悲惨な状態でもリセットする事は出来ないのだ。
「クソ…ッ」
こうなったら腕ずくでも石を奪うしか…
井戸田は意識がないままの小沢をソファの陰に寝かせ、武器になりそうなモノを探し始めた。




「!!!」
壁の向こうでとんでもない事が起きている。一刻も早く何とかしなければ…!
「兄貴何しとんねん」
目を開けると礼二が隣に立っていた。いつの間にかやじ馬達も散らばり、先程のような混乱はなくなっていた。
「何って…えらい静かになったな」
「やかましゅうてかなわんから『仕事せんと全部まとめてドツき回すぞ!』言うたらみんな掃けたわ」
「……。」
仕事しないといけないのはこちらも一緒なのだが。ましてやドツき回すだなんて…
「ダンディんとこの楽屋が中から鍵掛かっとって入られへん。
誰かマスターキー取り行っとるらしいけど戻って来んのや。」
剛は楽屋の中で何が起きているのか、自分が今透視した内容を明かした。
するとみるみる内に礼二の顔付きが険しくなっていく。
「何で早よ言わんねん!どエライ事なっとるやないか!!オラ、兄貴もついて来い!」
腕を掴まれ、楽屋の前まで一気に引きずられた。
「んな慌てたって鍵開いとらんかったら意味ないやろ」
確かにドアは閉ざされたままだった。
しかし礼二はやけに自信ありげな表情で兄を見下ろした。
「開けていただくんや」

ダンディと一定の距離を保ちながら、井戸田は武器を探していた。
接近戦はほぼ不可能。長いものか投げるもの。一発で動きを止められて、でも安全なもの。
ロッカーや引き出しを探しながら、ダンデイをチラ見する。
ゲッツ砲の連射は治まっているが、もはやその目に生気はなく、
正直な話、石を奪って封印した所で肉体・精神共に助かるかどうか自信がない。
小沢の方も意識が戻らないのか、ピクリとも動かない。
こっちも、もしかしたら…最悪の事態が井戸田の胸の底から湧き起こって来る。
でも、やらなくては。ほんの数分前の小沢の姿を思い描き、井戸田は足元の消火器に手を掛けた。
ホースを外し、レバーを握ろうとしたその時

ドンドン!ドンドンドンドン!!ドダンダダダダン!
ガチャガチャガチャガチャドンダンダンダダダダンダン!!!!!!
「「オィゴルァ!!開けんかいヴォケ!!!!」」
ノックなんて紳士的なものとは程遠い、まるでヤ●ザかヤ●金融かのような勢いで楽屋のドアが叩き鳴らされた。

あまりの激しさに一瞬怯んだが、確かに聞き覚えのある声だった。
しかし、一体何の用があってここへ?今日のネタ番組には出ないはずなのに…
「ヲラ何しとんねん!!」なおも激しくドアが打ちのめされる。迷っている隙は無かった。
「い、今開けます開けます!!ドア壊れちゃうし近所迷惑だから叩くの止めて下さい!」
井戸田はダンディの方に消火器を向けながら、ゆっくりドアに近づき、ついに鍵を開けた。
恐る恐るドアを開けると、顔を真っ赤にして肩で息をしている礼二と、
その後ろで手を痛めたのか、手首をブルンブルンさせている剛の姿があった。
「あ…な…中川家さん…、おはようございます」
「おはよう。…何やエライ事なっとるみたいやんか。入るで」
律義に挨拶はしたものの、井戸田の頭の中はさっきまで押さえていた「?」で一杯である。
消火器を構えたまま立ち尽くす井戸田をちょっと押し退けて、2人はずかずかと楽屋に入って来た。

「な、開けてもらえたやろ。」
ダンディの方を見ながら礼二はこそっと剛に囁いた。
「井戸田君びっくりさせて済まんな。後でよう言うとくから、ホンマ」
得意げな顔の礼二とは対照的に剛はただただ低姿勢である。
「…あの、一体何しにここへ?」
井戸田は必死に頭の中を整理し、まず一番の疑問を捻り出した。
「決まっとるやないかい。自分ら助けに来たんやがな」
「助けに来た」…って何でこの部屋がこんな事になってると知っているんだ?
2人に即答されてますます混乱する井戸田をよそに、剛は小沢の元へ歩み寄り、
昏倒したまま目を覚まさないその顔を覗き込んで何やらブツブツ呟き始めた。
「…すぐに手当てせなあかんケガはなかったか。しかしえっらい飛ばされたな。
値札つきのシャツて言われよんのやったらちょっとは抵抗…」
「剛さんそれ俺っス」
こんな状況でよくボケられるなと呆れたが、そのボケを拾ってしまう自分も自分だと気付き、
井戸田は頭を抱えた。
「ゲッツ!」
「ほわー!」
悲鳴の方へ振り返ると、礼二の巨体が井戸田の目の前を横切り、剛と小沢の上に落ちて来た。

剛がうまく受け流した為に小沢の華奢な体が下敷きになることは免れたが、
床に転がる3人のぶざまな姿に井戸田はブチ切れた。
「何だコレ!?あのですね、ダンディさんおかしくなっちゃって、
相方もずーっとこんなので俺一人で何とかしなきゃけないって時に、
チンピラみたいなやり方でドカドカ入って来たと思ったら、『助けに来た』ってヒーロー気取りで結局このザマ…
俺達の事おちょくってるんでしょう。もういいです、出てって下さい!」
かなりの剣幕でまくし立てたが、中川家は黙ってこちらを見ているだけで、
まるでこちらの言葉が尽きるのをを待っているかのような余裕さえ感じられる。
井戸田はさらに苛立ち、いよいよダンデイに消火器を向けた。
「今ダンディさん救えるの、俺だけなんスから」
ダンデイも井戸田の方をじっと見ている。あと1歩でも近付けばすかさずゲッツ砲を放ってくるだろう。
あの礼二が軽く飛ばされたのだから、威力はさらに上がっているに違いない。まともに食らえばかなり危険だ。
緊張のあまり身震いする井戸田の耳に、苦しげな声が聞こえて来た。

「うー…ん……じゅ、ん、…さん…待…って…」


※◆dRwnnMDWyQさん「暴走機関車ダンディ[4]」に続きます。