暴走機関車ダンディ [#7]


382 名前:オデンヌ ◆RpN7JISHH. 投稿日:04/12/03 16:09:16

エレベーターが9階に着いた所で礼二はスタッフに話をつけると言って、井戸田と一旦別れた。

【中川家 剛様 礼二様】の紙が貼られた控室に入った井戸田は、2人掛けのソファを見つけると、
そこに小沢をそっと寝かせ、自分もパイプ椅子を持ってきて側に座った。
「……はぁ〜〜〜っ…」
慣れない姿勢を強いられた為に、能力を使った時とは異なる疲れがどっと押し寄せる。
「俺も眠りてぇよ!全く…」
誰へ訴える訳でもなく、半ば自棄ぎみに叫んでみるが、それに応える者は誰も居ない。
「…何か言えよ…」
4階からここまで担がれ、隣で大声を上げても眉一つ動かさない小沢のこの状態が、
ただのパワー消費から来るものではない事には薄々気付いていた。
何か怪しいものはなかったか、あの楽屋で起きた事を一つ一つ思い返す。
混乱と動揺に埋もれた記憶を掘り起こしながら、チラリと横目で小沢の様子を見た瞬間、
不意に剛の言葉が甦った。
「……同じ目に、遭う…
 俺達が狙い…
……何で分かんだよ。」
当然と言えば当然の疑問だが、
それが井戸田の中で「疑惑」へと変わるまでに、そう時間はかからなかった。



「何のこっちゃ…」
カンフーが食中毒で病院へ運ばれたので、今日のラジオ収録は翌日に延期
とスタッフから告げられた礼二はボヤきながら控室へ向かっていた。
(ま、ラッキーやったか)
スピードワゴンをゲストとして連れて来た、ということにしても小沢が目を覚ますのを待つしかない。
それどころかメインパーソナリティを一人下に置いて来ている。
正直どう言い訳しようか迷っていた矢先の事だった。
「しかしエライ事なったな…」
途中立ち寄ったトイレで手を洗い、濡れた手で髪を整えながら次に何をすべきか考えた。
小沢を回復させる事が先だとは言ったものの、
あくまでそれは井戸田を立ち上がらせる為の方便であり、実際のところ解決策は見出だせていない。
(アイツの言うたことがホンマやったら、
こっちがどうこうしても元に戻らんのとちゃうか…全く何が原因や…)
先ほどの兄の様子を思い出す内、手洗いの鏡に映る礼二の表情は険しさを増す。
あの時、小沢の身体を抱きかかえながら井戸田を睨んだ剛の指輪が
本物の猫の目のように鋭く煌めいていたのを礼二は見逃していなかった。
「あれだけ使うな言うとったのに、どアホが…」
一言吐き捨てて再び控室へ歩き出した。



一方で、だだ広くなった楽屋に残った剛は壁に寄り掛かり、フーッと大きな溜息をついた。
(何も言うて来んな…もしかして気付いとんのやろか)
つまみ出した3人の事が少しだけ気になったが、わざわざ壁を透視してまで見ようとは思わなかった。
理由は簡単である。
「…ヴォゥエェエッ!」
力の代償は、普段から何かと病気がちな剛にも容赦なく襲い掛かっていた。
幾度となく痛めた消化器系から絞り上げるような不快感が込み上げ、内臓ごと吐き出しそうな勢いでえづく。
激しい吐き気は数回で治まったが、今度は酸素不足で頭がくらくらしてきた。
(…しばらく力使えんな…)
指輪をポケットにしまい、ぜぇぜぇと息を整えながらダンディのペンダントを拾い上げた。
(コイツがアカンのは分かってんけど…)
手にとってよく見ると、革の紐には花崗岩のトップの他に7〜8ミリ程の黒い珠がしっかりと繋がれていた。
その漆黒の珠は、小さくとも不用意に見詰めると吸い込まれてしまいそうな妖しい輝きを放っており、
「力」を込められた代物であると一目で判った。
(気持ち悪…とりあえず外した方がええな)
しかし黒珠を結び付けている紐は指ではとても解けそうになく、引き千切る事も不可能だった。


こんな禍々しい石が簡単に外れてどこかへ転がって行ったら大変だ。
(ハサミとかないか…)
部屋をうろつく内、テーブルの上にあるガラス製の灰皿に目が留まった。
傍らには誰のものか分からないライターも転がっている。
「…」
吸い寄せられるようにソファに浅く腰掛け、灰皿の上でペンダントを持つと、
もう片方の手でライターを点火し恐る恐る近付けた。
「熱っ」
革紐だけを焼き切るつもりだったが手元が震え、黒珠まで炙ってしまった。
「うわっ、わ、わ、わ…!!」
なんと黒珠は革紐と一緒に燃え始め、剛は慌ててペンダントを灰皿に放り込むと思いっ切り息を吹きかけた。
幸い火はすぐに消えたが、剛の心拍数は計測不可能なレベルまで一気に跳ね上がる。
「何やコレ!石やのに火着きよって!」
まだ細い煙が立ち上る灰皿から革と炭が燃えた独特の臭いが漂うと、
子供の頃の忌まわしい記憶がフラッシュバックした剛は反射的にソファから跳び退き、
ようやく目を覚まして呻き声を上げるダンディに気付かぬまま一目散にドアを開け、
激しく咳込みながら外の空気を貧った。
何度か深呼吸を繰り返して少し落ち着いた剛に、
廊下の向こうから長身の男が駆け寄り、声を掛けた。