灰色[2]


196 名前:灰色 ◆IpnDfUNcJo   投稿日:04/11/15 20:49:15

『誰かー!誰か助けてくれませんか!』

部屋を出た瞬間突然頭の中に響き渡った、某大ヒット映画のワンシーンを連想させるような
叫び声を発しているあまりにも聞き覚えのある声には緊迫感が滲み出ていて、
西澤は思わず動きを止めた。
「津田…?」
『おお!その声西澤!?ちょっ、頼むわお前、助けてくれ!』
「え?え?何?」
超能力者ではないはずの相方の声が脳に直接響いているというおかしな事態に
見舞われながらも津田の言葉の意図するところをどうにか聞き出そうとすると、
次に聞こえてきたのは彼のそれではない、けれど、またしても聞き覚えのある声だった。
『西澤?聞こえとるか。俺や俺』
それを聞いた瞬間、西澤や千鳥両名の脳裏に、数多の芸人の中でもかなり「特徴的」な
容姿をしているであろう人物の姿が浮かび上がる。
伸ばしっぱなしで汚らしいように見えて実はシャンプーの香り漂う長髪に、蓄えられた口髭。
やや猫背な立ち姿はどことなくおじいちゃんを彷彿とさせる『あの人』。
西澤がふと気付いて視線を動かすと、大悟とノブが戸惑ったような表情を浮かべている。
千鳥はダイアンの二人より前、それこそインディーズの頃から『彼ら』とは交流があるのだから、
その分、ショックやそれに近い感情が西澤より大きいのも無理はなかった。

「…え?何で、何でアンタがこんな、アホみたいな事しはるんですか?」
低く呟いた大悟の声が震えている。
それは動揺のせいなのか、それとも怒りのせいなのか、西澤には判別がつかなかった。
大悟の隣でノブが苦しそうに顔を歪める。
『ん?大悟もおるんか?まーまー、そう怒んなやー』
なだめるような、それでいて馬鹿にするような落ち着き払った言い方。それが
大悟の神経を逆撫でするのか、その表情はより一層険しいものへと変わった。
「……あんまフザケんで下さいよ」
『フザケてへんがな』
「じゃあ……じゃあ何で!こんな事してんのじゃ!!」
そう言うと同時に壁に拳を叩き付ける。ノブの肩がわずかにびくっと揺れ、
大悟は拳を震わせ、西澤は黙って二人を見つめるだけ。辺りが静寂に包まれた。

『そんなに知りたいんやったら、直接訊きに来たらええがな』
「……は?」
相手の言葉に、大悟だけでなくノブや西澤も怪訝な表情を浮かべるが、向こうは
その様子など気にも留めず続けた。
『こっち来たら』
「何すかそれ」とノブが訊ねると聞こえてきたのは、何で分からんの?とでも言いたげな口調。
『だからあ、俺んとこ来い言うとんねん。どのみち津田もこっちにおるし』
「あの、すいません。あんな天パなんか捕まえてどないするんですか」
話の腰を折る事になると分かりながらも、ふと浮かんだ疑問が西澤の口を吐いた。
津田が「誰があんな天パやねんお前!関係ないやろ!」と叫んでいる姿がありありと浮かぶ。
『ん?津田には別に何も用ないで。あんのは石だけ』
聞き流してしまいそうな程ごく自然に発せられた、ある程度は予想していたものの
出来ればそれを裏切ってほしかったと思う内容の返答に西澤は、
「そうですか」と小さく呟き返すだけだった。

『何や、やっぱ相方の事は心配か』
「いや、別に…」
西澤の言葉に津田は不満を露にした声で喚き、『あの人』は可笑しそうに笑う。
そしてその直後、何故か声の調子を焦ったようなものに変えて呼びかけてきた。
『ほんじゃあ待っとるから、頑張り。あっヒントやるわ。とりあえずbaseん中にはおるから』
それだけまくし立てると今まで響いていた声がぷっつりと途絶える。どんなに呼んでみても
再びあの声が聞こえてくる事はなく、三人は怪訝そうに目配せをした。
そして数秒の沈黙の後、最初に口を開いたのは大悟で。
「…ほんなら、とりあえず行くか」
「え、お前、場所分かるんか?」
驚いた様子でノブが瞬くと、大悟は鋭い目線で正面を見据えて。
「芸人が勝負つける場所言うたらひとつやろ」



決して広いとは言えない、静まり返った劇場の客席に座っている人物は、
舞台に現れた男に気付き石の力を静めた。
舞台上の短髪の男はひょいとそこから飛び降りると、2つほど席を空けた右隣に
乱暴に座り背もたれに体を預ける。長髪の男の「多分、もうすぐ千鳥と西澤来る」
という言葉に「あっそ」と素っ気ない返事をすると面白そうに、けれどどこか冷めた風に笑った。
長髪の男のすぐ左の座席に、ロープなどではない、岩石のような物質で体を括り付けられた
津田は黙って二人のやり取りを眺めていたが、やがて痺れを切らしたかのように口を開く。
「何でこんな事しはるんですか?」
津田の問いにちらりと目線を向けたのは短髪の方で、ふう、と息を吐くと立ち上がり、
座席の背もたれに腰を降ろした。
「お前今まで石取られそうになった事ないんか?」
「いや、そういう事じゃなくて…こんな回りくどい事せんでも、普通に取ったらええやないですか」
「そんなんつまらんやんか。それにこーした方が効率ええねん」
鼻を鳴らして笑んだ男に津田は直感にも似た何かを感じ、思わず目を見開いた。
決して有り得ない事ではない、最悪の事態の想定。
「……まさか、千鳥さんと西澤の石も」
「うん、もらうよ」
嫌な予感でしかなかったそれを事実に変えるたった6文字の──けれど、
『たった』という言葉だけで片付けるにはあまりにも重すぎる、事態を津田や今ここへ
向かっている者たちが望まない方向へ導こうとしている短髪の男…笑い飯・哲夫の言葉が、
どこか乾ききった質を含んで小さな劇場に響いた。



202 名前:灰色 ◆IpnDfUNcJo メェル:sage 投稿日:04/11/15 21:15:18
西田(笑い飯)

石・・・・銀(受動的な性質。感受性を豊かにし、人の気持ちを察する力を与える。)
能力・・・・石を持つ人間の精神に直接話しかけられ、相手の言葉も受信出来る。近くにいる
人間に同じ作用をもたらす事も可能。
条件・・・・相手がどこにいても声は届くが、距離が遠ければ遠い程聞こえ辛くなる。相手の脳に
直接訴えかけ、また相手の声も直接脳で受け取るため、長時間使うとひどい頭痛に襲われる。