灰色[3]


456 名前:灰色 ◆IpnDfUNcJo   投稿日:2005/05/06(金) 20:34:05 

「だーもう!どうなってんねん、訳分からんわ」
早足で歩みを進めている大悟に続いていたノブが、顔を顰めながら声に苛ついた色を滲ませた。
誰に投げかけた訳でもない言葉に答える者はおらず、
それは空しく宙に浮いたままにされたが、本人は気にせず続ける。
「あの人こんなしょーもないことしよって…つーか津田何で捕まっとんのや、あのアホ」
立場的には被害者に当たるであろう津田に対してまで悪態をつくノブを、
彼の後ろを歩いていた西澤がちらりと盗み見る。
相方を悪く言われたからといって然して非難めいた雰囲気を含ませるでもなく、
本当に『ただ見ただけ』という感じの視線。
そして大悟はと言えば、相方の言葉など気にも留めない様子で先頭を歩いていた。

西澤にしてみれば、ノブが苛立つ気持ちも分からないではなかった。
今のところこちら側に与えられている情報はと言えば、
『西田はテレパシーみたいな能力が使える』『津田が捕まっている』というたったの2点のみ。
このあまりにも不明瞭すぎる現状を踏まえれば、愚痴が漏れるのもある意味自然な事だ。

「哲夫さんも石持ってるんですかね」
緊迫した表情をする訳でもなく千鳥に続いていた西澤は、首に下げた石をいじりながら
何気なく呟いた。その声はこの状況下でも普段と変わらない質を持っていて、
それが少なからず2人を脱力させる。
「おま…呑気やなあ」
「え?や、んな事ないと思いますけど…」
「いやいやいや、あるって」
あくまでも崩される事のないいつも通りの姿勢に、ノブが間髪入れずに突っ込む。
「まあ、持ってる可能性は高いんちゃうの。…つーか西澤、お前津田の事心配せんでええんか」
先程までの刺々しい雰囲気はだいぶ抜けた大悟が、2人のやりとりに少し笑いながら問いかけた。
その足元は今後の事態に備えてか、再び裸足になっている。
大悟の言葉にしばらくの間沈黙が続き、やがて西澤が重たそうに口を開いた。
「……めっちゃ心配か、て言われたら、そうでもないです」
「何で?」
「いや…分かりませんけど、何となく」
曖昧な言葉を並べる西澤を責める訳でもなく、大悟は理解したように黙って頷く。
逆にイマイチ納得がいかないらしいノブは、2人の会話を聞きながら眉間に皺を寄せていた。

辿り着いた公演後の舞台袖からは、普段の興行の時と変わらない明るい光が見えた。
どこからどんな能力で襲撃されてもおかしくない。息を潜めて過ぎるぐらい辺りに神経を配る。
慎重な足取りで光の下に出た3人の目にまず飛び込んできたのは、見慣れた2つの姿。
「あっ、あっ!大悟さん!」
まず目に入ったのであろう大悟の名前を叫んだのは椅子にくくり付けられている方で、
その隣に座っている長髪はいつもと同じような飄々とした表情で
「お前らおっそいわー」と文句をたれた。
「来ただけでもええでしょ」
「あー、まあなぁ」
「つーかええ加減にしてくれませんか、ほんま!これ何のつもりなんすか!」
再び少し厳しいものに変わった大悟の表情に臆したりする様子もなく、
笑って頷く西田を咎める様にノブが声を荒げた。
西澤は特に何も言わず、黙って3人のやりとりを眺めている。

「あれ。皆揃ってたんや」

西澤たちが入って来たのとは逆の舞台袖から拍子抜けする様な、
綺麗とは言い難い声がして不意にそちらに目線を移す。
ひょっこりと現れたその人物は、普段の舞台で見るスーツ姿とは違う、
黒地に映える赤いラインが入ったジャージを着ている。

「哲夫さん」
ノブが面食らった様な顔でぽつりと呟いた。大悟と西澤の表情に変化はない。
「え…やっぱ、あんたもグルなんすか?」
「何よ。ええやんか別に」
「いやいやいや。良うないやろ、どう考えても。ありえへんて」
ある程度予想はしていたものの、実際目の当たりにすると納得したくない事実だった。
目の前の現状を否定するようにノブが首を横に振るが、哲夫は構わず続ける。
「あれや、お前らも石持ってんねやったら分かるやろ?白とか黒とかそういうの」
白と黒。何も知らない者が聞けば単なる色の羅列に、その場の空気が張り詰める。
大悟もノブも西澤も、『ユニット』と呼ばれる集団があちこちで動いているという話は、
一度ぐらいはどこかで耳にしていた。
けれど、そんな訳の分からない群れに属するつもりはないし、
面倒事に自ら関わっていくつもりも毛頭ない。
自分たちには関係のない事だという根拠のない自信があったからこそ、
そういった事には自分たち以上に興味のなさそうな笑い飯からその単語が
発せられた事に耳を疑った。

「何でそんな下らん事に首突っ込んどんな!」
ノブの叫びも届いていないかの様に哲夫が笑う。怒りのせいなのか、
少し複雑なものになった大悟の表情に気付いたのは西澤だけだった。
「下らんとか思ってもなあ、逃げられへんねんぞ。石持った以上」
それだけ呟いた西田の言葉が重く圧し掛かる。
『逃げられない』。それが黒の集団からなのか石の力からなのかは判別がつかない。
もし黒からだとすれば、笑い飯は黒の人間に脅迫でもされているのだろうか?

尚も食い下がるかの如く、「でも」と言いかけたノブを遮る様に、大悟が一歩前に歩み出る。
鋭い眼光はまっすぐ笑い飯を捕らえていた。
「黒抜ける気はないっつー事ですか」
「せやなあ」
「ほんなら、力尽くでも止めるしかないわな。こんなアホらしい事」
そう言って握り締めた拳の中からは、照明の下に居ても分かるぐらいの光が漏れる。
「ちょ、あきませんて大悟さん!危ないんすよ!」と必死に呼びかける津田の言葉が
完全に終わる前に、大悟の足は舞台から離れていた。

「大悟!!」
ノブがそう叫ぶのと、大悟が正体不明の物体に弾き返されて再び着地する際に
バランスを崩し、倒れ込むのはほぼ同時だった。床を蹴り上げて跳び、
哲夫に蹴りの一発でも見舞おうとしたらしい大悟の足を防いだのが何だったのか
確認する前にそれは形を変える。
「…何やあれ」
「はい一旦解散ー」
呻く様に呟いた大悟の疑問に答えは返って来ず、何ら脈絡のない哲夫の声と手を叩く音が響く。
哲夫たちの前に壁として現れた物質は粒子状に散らばり、
「集合ー」という声に呼応するかの様に客席に設置されている椅子を形成した。
いや、元々椅子だった物を変形させていたという点を踏まえれば、
形成するというよりも『元に戻った』と言った方が的確かもしれない。

─さっきの壁はあれで作ったんや。ならぶつかってもそない痛ないやん。
あ、津田縛ってるあの岩みたいなのも多分哲夫さんの仕業やな…

西澤が、この非現実的な情景にそぐわない妙な冷静さを保っている横で
目を見開いて驚いているのは当事者である大悟より、むしろノブの方だった。
「ええ?え、ちょっ、何ですの哲夫さん、それ!」
「何って石に決まってるやん」
当然の事を訊かれても、苛立ちなどといった感情は見て取れない。
単純にこの状況を楽しんでいる様子で簡潔に答える哲夫に向けられたのは、大悟の厳しい表情。
「何や大悟ー。そない怖い顔せんでもええやろがい。ゲーム感覚でやったらええねん」
哲夫は必要以上に人の癇に障る様な喋り方や言い回しをする。
本人にとっては単なる悪ノリのつもりでも、その口調故に誤解される事も少なくはなかった。
長い事付き合いがあってそんな事などとうに知っている千鳥でさえも、
状況によっては苛立ちを覚えるほどに。

「ほんっまええ加減にせえよ!何考えとんなあんたら!!」
今日だけで何回聞いただろう、と思うノブの怒りのこもった叫び声が再び場内に木霊した。
怒りの矛先を向けられた笑い飯は、子供がする様なキョトンとした顔をしている。
その表情はまるで、何で怒ってんの?とでも言いたげだった。
「大悟もノブも、何マジになってんの」
「…そりゃこっちの台詞やけど。何こんな下らん事に力使っとるんか理解出来んわ」
わずかに下を向き普段よりこもった低い声で大悟が言うと、哲夫と西田は顔を見合わせて笑った。
その笑みがどこか嘲る色を含んでいる風に見えたのは、こちらの気のせいだろうか。
「お前らもじきに分かるて」
「ぜんっぜん分かりたくねえわ、んなもん」
「うん、最初は皆そう言うねんて」
「中立ぶりたがんねん。関わりたくないからか知らんけど」
「マジどうしたんな哲夫さんも西田さんも!おかしいやろ!」
「や、別にそんな事あらへんよ」

平行線を辿る不毛な会話を繰り返しながら徐々に舞台に歩み寄る哲夫を警戒してか、
会話に一切参加せず傍観を決め込んでいた西澤は、首に下げた石を意識した。


463 名前:灰色 ◆IpnDfUNcJo 投稿日:2005/05/06(金) 20:46:33
哲夫(笑い飯)

石・・・・タンジェリンガーネット(防御と破壊、両方の要素を併せ持つ)
能力・・・・物体を粒子状に分解できる。
分解した後は、違った形に成形する事もまったく元通りにする事も可能。
条件・・・・分解させるには手を叩いて「一旦解散!」、形成し直すには「集合!」と叫ぶ事。
分解対象は固体の無生物。よって人間や動物、植物、液体などは不可。

今回はここまでです。
書いてみたら思ったよりバトルシーンなくて少し申し訳ない。
次あたりで終わらせられると思います。