灰色[4]


302 :灰色 ◆IpnDfUNcJo :2005/11/09(水) 01:36:53 

哲夫の能力は比較的攻撃性があり、何かと厄介だった。 
発動のキーワードが必要とは言え、見たところでは遠隔操作も可能な様だし、 
いつ不意を突かれてもおかしくはない。 
それこそ本気になれば、ここに居る全員の石を奪う事だってきっと造作もない事だろう。 

そこまで考えてふと津田に視線を向ける。 
顔中に心配や不安の色が広まっていて見ている方が情けなくなってくる表情。 
隣の西田は特に変わった様子もなく、愉快なものを見るのと同じ顔で傍観を決め込んでいる。 
西田よりやや好戦的には見えるが、表情に関しては哲夫もそれと同様だった。 

もう一度視線を動かすと、千鳥の2人が目に入る。 
精神的に参っているのか、言葉を吐きながらもやや憔悴した横顔のノブ。 
表面からは感情が読めない大悟は今は押し黙ったまま立ち尽くし、 
相方の様子を窺う様にたまに隣を見遣る。 
複雑になっていく表情の奥は心を痛めているのだろうか。 
とりあえず現状況を把握した西澤は気付かれない程度に眉を顰め、 
その場の誰からも視線を外してひとつの思案に暮れた。 
「西澤、どないしたん。浮かん顔して」 
呼ばれて気付くと哲夫が舞台上に上がって来ていて、 
声の方を向くと貼りついた様な笑みを寄越された。 
特に好意的とも敵意がこもっているとも取れない、ただの笑顔。 
「…哲夫さんらは、俺らをどうしたいんですか」 
「ん?」 
「石だけ欲しいんですか?」 
簡潔な問い掛けだけを乗せた声は、特に非難めいた雰囲気は持っていない。 
純粋な疑問を向けられ、哲夫は視線を上に傾けて考える素振りを見せる。 
「まあ、ほんまはお前らごとこっちに引き込めたらそれがいっちゃんええねんけど。 
別に石だけでもええ言うとったで、黒のお偉いさんは」 
「何で黒入ろうと思ったんですか?」 
「何で?そんなん特に理由ないけど。なあ?」 
そう言って西田の方へ視線を移す。目の先に居る西田は「あー、まあなぁ」と 
どこか曖昧な気のない返事だけを寄越した。 
一連のやりとりにノブがまた何か言いたそうに一歩踏み出すが、 
その進路を遮る様に腕を伸ばした大悟が無言で制する。 
「ま、強いて言うんやったら、白より黒のがよかっただけかも知らんわ。 
正義ごっことかなーんか気色悪いやんけ。やってる事自体はそない変わらんのに、 
白ってだけで何や説教臭くてしんどいねん」 
「ほんなら、どっちにも入らんかったらええんちゃいますか?」 
「あー、そういう訳にもいかんかってん」 
延々と繰り返される先の見えない会話に周囲が苛立ちを感じ始めた頃、 
その流れに突破口を開いたのは西澤だった。 
「ほんじゃあ俺の石、持っててもらっていいですけど」 

いつもと変わらない声で、聞き流しそうな程自然に放たれた西澤の言葉に、 
その場に驚きの色が広がる。 
「西澤…お前何言うてんの?」 
「ちょっ、西澤お前!何考えとんねんお前!」 
今までとは違う静かなノブの声と津田の怒鳴り声が重なった。 
大悟も言葉にはしないものの、西澤を見つめて意外そうに目を瞬かせている。 
「どっちかに入らんとあかん言われても面倒やし、別にそない大事なもんでもないんで」 
浴びせられた叱責の声などどこ吹く風という感じの言葉に、哲夫はやや尖った鼻を鳴らして笑う。 
「お前よー分からん奴やなあ」 
「はあ…」 
「まーええわ。くれるんやったらはよ頂戴」 
手を差し出して催促する素振りを見せる哲夫に、無言で頷いて首に下げた石を外す。 
荒くなった津田やノブの声が耳に届いたが無視した。 
横目で大悟を窺い見ると、難しい顔で西澤の手の先の石を見ている。 

「助かるわーほんま、俺らもあんましんどい事したないねや」 
軽い調子の言葉に、そうですかと事務的に返して哲夫に歩み寄ろうと出した足は、 
誰かに手首を結構な力で掴まれた事で一旦動きを止めた。
「あかんやろそれは。お前何考えとんねん!」 
怒りのせいか、僅かに上気したノブの顔が距離にして30センチ程のところまで近付けられるが、 
その矛先を向けられた西澤には特に臆した様子も見られない。 
「いや、別に…あかん事はないでしょ」 
「お前本気か?」 
「まあ、はい」 
「何でなん?何でそんなん言えるん?おかしいやろこんなの。分かるやろ」 
「……黒が完全に悪なんかとか白が完全に正しいんかとかは、よう分かってないんで」 
西澤の言葉に、ノブの動きがぴたりと止まる。 
ノブだけでない、他の人間もまるで静止画の中に存在する人物のように一切の動作を止めていた。 
言葉を発するのも躊躇われるような沈黙の中、それを打破したのは硬い物質が床に響く音。 

「それ、どうぞ」 
動きを制限された西澤の手から弧を描いて放られた小さな石は、 
耳障りな音を立てて哲夫の足元に転がっていった。 
「西澤!」 
非難するノブや津田の声を聞き流し、西澤は真っ直ぐに哲夫を見ている。 
そんな視線を意に介する事もなく「気ぃ付けえや、割れたらどないすんねん」と 
笑いながら屈んでそれを拾い上げる哲夫の一連の動作を見つめて 
どこか呆れた様なため息をつくと、それは劇場内に大袈裟な程響き渡った。 

306 :灰色 ◆IpnDfUNcJo :2005/11/09(水) 01:52:10
今回はここまでです。西澤の能力だけ、諸事情により先に明記しておきます。
(能力の条件は先の話に関わってくるので次で表記します。)

西澤裕介(ダイアン)

石・・・・ヒデナイト(石言葉:しばしの憩い)
能力・・・・相手の動きを一定時間止める事が出来る。