ドラドラ短編


654 名前:ドラドラ短編 ◆IpnDfUNcJo  投稿日:04/09/24 19:39:39

自分におかしな力が宿ったという事実に気付いたのは、つい最近だった。

自宅の鍵にキーホルダーとして括り付けている、黒く重い石を目の前で揺らしながら見つめる。
これを手にした時から、自分の、多忙ながらも平穏な日々は崩れ去っていった。
石を手に入れようと自分に襲い掛かってくる芸人たちと対峙しては倒し、の繰り返しは
体力だけでなく精神力をも大幅に消耗させられる。
それだって一度や二度なら、まだ大目に見ようという気にもなれなくはないのだが、
そういった輩があまりにも多い事に、塚地は心底うんざりしていた。

──血気盛んなのは多いに結構やけど、その気力を何で笑いの方に持っていこうとせんのや。

勿論石をいい方向に使おうとしている芸人も何人もいる。
同じ事務所で言えばアンジャッシュ。
どうやら彼らは悪意に満ちた石を封印するため、あちこちを奔走しているらしい。
他の事務所でも、スピードワゴンやくりぃむしちゅーなどがその類に入るだろう。
塚地は彼らを立派だと思うし必要とあれば手助けだってするが、
正直自らを奮い立たせてまで同じ事をする気にはとてもなれなかった。
そして、石を持つ芸人の中でもおぎやはぎだけは何を考えているのか掴めない。
しかし塚地が知るあの二人の性格上、彼らは己自身や大事なものの安全を脅かされるような事がなければ
然して善悪や敵味方など──いや、むしろ石の存在自体も気に留めない様な気がした。

とにかく、だ。
そんな厄介な石のせいで被る迷惑だけでも苛々しているというのに、それに加えて。

「おい鈴木!お前人目につくとこで力使うなって何回言うたら分かんねん!」

鍵をポケットに仕舞うと、思いきり机を叩いて相方の名前を呼ぶ。
手のひらがじんじん痺れる感覚がしたが知ったこっちゃない。
「えー、何だよ塚っちゃんケチケチすんなよー」

不満そうに言う鈴木の様子は、傍目から見るとかなり異様なものだった。
その細身な体は地に足を付けておらず、まるで宇宙空間に存在しているかの様に宙を漂っている。

「ケチとか言う問題とちゃうやろ。誰かに見られたらお前どないすんの?」
「あー、まあ大丈夫でしょ」
危機感の欠片もない事を言いながら、鈴木は部屋の中をふわふわと移動する。
鈴木が通った箇所に置いてある物が彼の『領域』に入った瞬間ふわりと浮き上がり、
彼が離れると音を立てて床に落ちていった。

「お前な…もし石を狙ってる奴らに見つかったらまた襲われんねんで」
塚地が過去の経験を思い出させる様に言うと、鈴木は顔を顰めたりするでもなく至って普通に答える。
「うわーそれはやだなー、めんどくせえし」
「せやろ。それに関係ない人らまで巻き込んだらどないすんねん。石の力が闘り合えばただじゃ済まんで」
「うーん。あ、でもさあこの力でビックリ人間とか言って特番組めるんじゃねえ?」
人の話をほぼしっかり聞いていないであろう鈴木の言葉に、塚地は頭の奥に鈍い痛みを覚える。
どうして普通に会話するだけで話がおかしな方向へ逸れるのかと、彼には不思議でならなかった。
「……お前人の話聞いとったんかい…」
「なーんだよ聞いてるじゃんかよ」
言いながらも鈴木は力を解く事なく、通常の重力では出来得ない様な事を色々試していた。
水の入った紙コップをひっくり返し、自分と同様に宙を漂う水を見ては驚き、
身体を地面と水平にして壁を歩くふりをしてはそれを塚地に見る様に促す。
塚地は心底疲れた風に机に片肘をついて、擡げた頭を重たそうに支えていた。
「ほら見て見て塚っちゃん!俺ドアノブの上立ってる!塚っちゃん出来ないっしょ!」
「アホか!さっさと力解けや!!」

扉の細長い取っ手に両足を乗せている鈴木に塚地はそう叫ぶ。
もはや塚地の中では力の存在が知られたら厄介だという考えより、
このどこか不毛な会話を一刻も早く終わらせたいという思いの方が強く、そして切実なものになっていた。
「もー怒んなって。わーったよやめるよ」
鈴木は呟き、石を取り出して、あろうことかその体勢のまま力を解こうとした。
「あ、おい!お前そっから…!」
塚地が急いで鈴木を止めようとするが、その声は一足遅く。

──バキッ
カラン。

何かが折れ、そして落ちる音がして、直後に鈴木の体が床に降り立つ。
塚地はこめかみを押さえて、深くため息を吐いた。
「あっ」
鈴木が足元に視線をやり、素っ頓狂な声を上げる。
床には、先程鈴木が上に立つふりをしていたドアノブが無残な姿で転がっていた。
「…あのなあ、そのまんま力解いたらお前の全体重かかって折れるっちゅうねん…」
「そんな事ねえよ!塚っちゃんが乗るならともかく俺で折れるなんてこれが古かったんだって!」
「うっさいわ!てかそういう事言うの少しは躊躇えや!」
何気に失礼な事を言い放った鈴木を怒鳴りつけると、塚地はドアノブ『だった』金属を拾い上げた。

「うーわ…見事に折れとんな」
「塚っちゃん頼む!直して!」
顔の前で手を合わせて懇願する鈴木を見て、塚地は大袈裟に肩を竦めてみせる。
「ったく…こんなんで力消耗させられるとはなぁ…」
ぶつぶつと文句を言いながらも扉の前へ向かう。
しゃがみ込んで元あった場所に手にしたそれを合わせ、片手で支えながらポケットの石を漁った。
見つけ出した石を指先で摘むと、スッと目を閉じて意識を集中させる。

すると、折れていた金属部分は形をぐにゃりと変え、元あった位置にするすると巻き付いていく。
形が整ったところで表面は液体の様な状態から徐々に凝固していき、暫くすると完全に元通りになった。
「よっしゃ。これで完璧や」
「おー!おー!やっぱすっげえなー塚っちゃんの力!」
そう言って息を吐く塚地の隣で、鈴木が感嘆の声を漏らす。
塚地は満足げに笑んで、確認のために何度かがちゃがちゃとドアノブを回した。
「おっし直っとる。お前もう少し気ぃ付けえや」
「ごめんって。今度からはドアノブには立たないから」
「いや、そういう問題とちゃうて」
ビシ、と鈴木の胸に突っ込みを入れながら、これ本来なら逆とちゃうんか?と塚地は頭の片隅で考えた。

「あ、塚っちゃん塚っちゃん」
石を財布に仕舞いながら喋りかけてくる鈴木に、塚地は目線だけを寄越す。
目が合ったその顔は普段とは違う真剣な面持ちで、思わず塚地も顔を強張らせた。
そのまま、鈴木が次の言葉を紡ぐのを待っていると。

「結局さあビックリ人間の特番どうする?あ、誰かに提案してみよっか?」

珍しく真面目になったと思えば、あまりにも能天気な台詞に塚地の体が固まる。
あれだけ石の力が及ぼす危険性を説明された上でのその発言は、
それらすべてを全く理解していない、もしくは真面目に捉えていないとしか思えなかった。
「聞いてんの塚っちゃん?」
黙り込んだ塚地に、鈴木が不可解そうに首を捻ってみせる。
しかし塚地は何も答えず、そのまま二人の間に白々とした沈黙が数秒続いた後。


「お前アホかーーーーー!!!」


大きな体の隅々まで響かせた様な塚地の声が、辺り一帯の空気を震わせた。



そして少し遡り、鈴木がドアノブに立つ振りをしていた頃。

「ええー?何これ何これ!?俺?俺の力!?」
「え、え??多分そうじゃないの?うわー浮けるんだー、すごいじゃん」
ドアの向こうをたまたま通りかかったアンガールズ・田中が鈴木の力の影響で浮き上がり、
山根と二人で石の知られざる力ではないかとうろたえていた事を、塚地たちは知る由もなかった。


 [ドランクドラゴン 能力]