エレキ編 [3]


845 名前:672 jet 投稿日:04/10/18 00:25:46

「いやあ、感動的だったけど意味のない助っ人だ」
笑いを噛み殺しつつの台詞は的を得ていたが、自分でわかっている失敗ほど指摘されたくはないものだ。
鬼をも殺せそうなほど睨みつけてくる谷井の視線を愉快そうに男は見下ろし、
それから腕時計を確認して、「ああ、もうあんまり時間もないし」とさらりと言った。
自由時間になってまだ1時間も経っていなかったが、早々と戻ってくる者もいるだろうし
そうなればここでの騒ぎを誰かに気付かれる可能性も増えてくる。
男はほんのすこし思案し、やがて宣言した。
「…意味ないついでにお前の使えない石ももらってやるよ、」

今にして思えば流れはそこから変わったのかもしれない。
男が当初の予定を変えて、今立ではなく谷井の石から先に奪おうとしたこと、
無力な相手に気をよくして能力を少々使いすぎていたこと、
そしてなにより、ピンチの時にこそ石はその力を発揮しやすいという原則を忘れていたこと。

「渡すかよっ!」
痛みをこらえて、伸びてきた男の手を谷井が払い除ける。
予想外の抵抗に男はさっと右手をかざしかけたが、なぜか能力は使わずにそのまま掴み合いになった。
体力を削られているために防戦一方の展開を強いられ、
リストバンドをもぎ取られまいとじたばた暴れる姿は格好の良い姿ではなかったけれど、
男がそう動いた理由を、一瞬だけまたたいた石の光の変化を、谷井は見逃していなかった。

「…今立!こいつ、疲れてる!!」
相方の鋭い叫びが彼に今成すべきことを悟らせた。
今立は渾身の力で駆け出すと、男の背中に向かって身体ごと体当たりをかける。
ぶつかった勢いで谷井までがぐえ、と潰れた声を上げたがそれに気をつかう余裕はない。
男は石を使わないのではなく使えないのだ。
それなら精神力が回復する前に意地でも石を取る!
初めて巡ってきた反撃のチャンスを逃すまいと必死で男の身体を掴み、動きを封じる。
「この…!おとなしくしてやがれっ!!」
両側に挟まれる形はさすがに不利とみたか、男が気力を振り絞り再び力を解放させようとした。
いくらか明度は衰えながらも、緑色の光は主の要求に応えて広がりはじめる。

(…これ以上好き勝手させてたまるか!絶対こいつ止める!!)
男と激しく揉み合いながら、2人が同時にそれを強く念じた瞬間。
谷井の左腕が、今立の握られたままの右手が、強く輝いた。

「なっ…!!?」
驚きの声は3人分。
桃色と霞のような白色。2つのまばゆい光が、勢いの失せた緑色のそれを圧倒する。
「ちっ!」
しかし一番最初に発動したのは男の石だった。例の衝撃波が今立に襲い掛かる。
羽交い締めようとした腕が解けて後方へ飛ばされたが、その威力は今までと比べ格段に弱まっていた。
(…ほんとに疲れてんだ、こいつ!)
一回転して素早く体勢を整え、前方を見据えようとしたものの、桃色の光の柱に目を開けていられない。
目を細めて状況をなんとか把握しようと試みる視界の中、緑の光がバチっと音を立てるように瞬いた。
相手の石は弱まったとはいえ、人を振り払える位のエネルギーをまだ残しているのだ。
ここで逃げられでもしたら…!
阻止しようと走り寄りかけた今立だったが、ポン!という間抜けな音につられて視線が上がり、
そしてその口がぽかんと開いた。
「………は?」

ピンク色の光がある程度安定し、ドーム状に展開する中。
ぴょん、ぴょん、と緑色に輝く小さなカード状のものが男の石から次々と飛び上がっては落ちていく。
落ちたカードは数枚で行進したりじゃれあったり、まるで意志を持っているかのように
好き勝手に周囲を動き回っている。
ユニークでどこか脳天気なその動きは、先程まで散々苦しめられた男の能力とはあまりにかけ離れていた。
「何だあれ…」
ちょろちょろと走り回る不思議なものたちを呆然と見つめ、今立は呟く。
光の中の2人も表情は同じで、取っ組み合ったままの姿勢で固まっていた。
「…な、なんだよ、これっ!?おいっ、やめろ!止まれ…!」
一拍置いて我にかえった男の必死の呼び掛けもむなしく、石はおかしな手品を全くやめようとしない。
男の制御をよそにまたぴょん、と陽気に跳ねたカードの軌道を追った時、谷井と目線がぴたりとかち合った。
(…よくわかんねえけど、今だ!)
そう言いたげな谷井の表情にはっとした今立は、強く頷いた。

右手の白光は静かに瞬き、自分の指示を待っている。
(あいつを大人しくさせる力…なんでもいいから、来い…!)
目を堅くつぶり、拳をぎゅっと握りしめて再び念じる。
手のひらに伝わる石の感触と、ひときわ強い輝き。

すると今立の中に突然、そのための言葉が浮かび上がってきた。まるで昔から知っていたもののように。
頭の中は泉のように澄み渡っていた。
息を吸い、神経を集中させて、依然としてカードを生み続ける男に、その4文字を、放つ。

第一発見者に言わせるとその光景は奇妙の一言に尽きるものだったという。
廊下の端で崩れてへこんだ段ボールの山と、ひしゃげて転がる灰皿スタンド、
なぜか廊下の真ん中で深々と眠りこける某芸人と、心身ともに使い切った感の漂うエレキコミックの2人。
それが石を持った人物でなかったら、2人は事情を説明するのに相当手間取ったに違いない。

「はあ…何、じゃあ君らも石使えるようになったの?」
(今立の補足入りの)谷井の説明をあっさり信じてくれたらしい東京03・豊本は最初にそう尋ねた。
「そうね…多分…つーかどういう力なのかよくわかんないけど」
はあ、とため息をつきながら頭をかく谷井に、「俺も」と今立が肩をすくめる。
「なんか変な能力っぽいもんね、2人して」
らしいっちゃらしい、と納得して頷く豊本はこの状況を面白がっているようでもあった。
「笑いごとじゃないっての…」
「でも面白いじゃん」
ラリホーってドラクエでしょ?ありえない!
けらけら笑う声を聞きながら、当の今立も事実を信じきれない気持ちでいた。

あの時自分が咄嗟に男に向けたのは、あるRPGでお馴染みの催眠呪文だった。
相手を眠らせて無抵抗にし、戦いを有利に進められる…といってもそれはあくまでゲームの中での話。
現実世界でそんなもの使えるわけがない!と放った途端急に我に返ったのに、
指先から薄紫色のもやが男めがけて飛んでいったのはどうも目の錯覚ではなかったらしい。
もやに包まれた男は驚いた表情をこちらに向け何か言おうとしたが、
両目が急にとろんとしたかと思うと、その場にばたりと倒れこんでしまった。
カードもそれきり飛び出すのをやめ、やがて主人と同じようにパタパタと倒れて消えていく。
最後の一枚が回転しながら消えた時、2人の石の輝きもふつりとかき消えた。

「…なんだったんだ………」
疲労を封じ込めていた緊張感がなくなると、急に身体のあちこちが軋んで悲鳴をあげる。
能力を使ったせいなのか脳すらもそれ以上の活動を拒否しているようで、
こちらに近付いてくる足音を耳にしても2人はただ座りこんでいることしかできなかったのだ。


(これが石の力か…)
谷井と豊本のやりとりをどこか遠くに聞きながら、今立は手の中の石をじっと見つめる。
こんなちっぽけな石ひとつで自分が大の大人を眠らせてしまえたと思うと
使い方次第でどんなことでもできてしまえそうな、裏打ちのない漠然とした全能感が
自分の奥底から一瞬、沸き上がってきたような気がした。
(…ああ、そうか、だからみんなこんなに騒いでるんだ)
決して安定しているとは言えない自分達の立ち位置。数年先を覗いてもなにも映らないかもしれない不安。
そんな時に未知の力をほいと渡されたなら、それに縋る者も頼る者も
それを使って人を押しのけていこうとする者も、存在して当然ではないかとすら感じられた。
だからと言って他人を傷つけることが許されるわけではないけれども、
その当たり前の感覚を壊してしまえるだけの魅力が今、多くの芸人の手の内に握られている。
(しかし、なんでまた…)
そんなおそろしい状況を誰が何の為に作ったというのだろう。

「さて、これをなんとか片付けなきゃ」
豊本の声に意識が引き戻された。今立のやや青ざめた顔には気付かない様子で、
ポケットから携帯を取り出すと数回電話をかけ、それぞれの相手にてきぱきと事情を説明している。
どうやら、この状態を修復できる能力を持った共演者たちに救援を要請しているらしかった。

「今日のライブ、いいメンツ揃ってて助かったよねえ」
うまくいきそう、とにっこり笑って携帯を閉じると、先に楽屋に戻るように2人をうながす。
眠りから一向に覚めない男をつついていた谷井が途端に不安そうな声を出した。
「え、でもこいつどうすんの」
「…石で起きた揉め事は石で解決しちゃえ、ってね」
寝てるうちに封印してもらえば、こいつも全部忘れちゃうだろうし。
こともなげに言って、まだ戸惑いを残したままのエレキコミック両名の背中をポン、と叩いた。
「はい行って行って。少しでも休んだ方がいいよ」



惰性のように歩きながら、今立はぼんやりと考える。
自分達は力を持ってしまった。あとはもう、心の問題なのだろう。
この先また巻き込まれるかもしれないトラブルを思えば気分のいいものではなかったし、
納得していないこともわからないことも数多かったが、
とにかく(こんなちっぽけな物の為に)、同業者を傷つける側には回りたくない。

それはお笑い芸人として、一番やってはいけないことのような気もしていた。
それをぼそぼそと隣に告げると、谷井は「だな、」と短い返事で肯定する。
「そんなの面白くねえもんな」

タン、タン、と階段を下りる2人は顔こそ合わせなかったし、ひどく疲弊していたけれども。
「…なんだよ」
「…なんでもないっすよ」
「ひっどい顔してんなー、人前に出る顔じゃない…」
「!あんたにだけは言われたくない!」
若干の気恥ずかしさを抱えつつ、互いになにかを確認しながら楽屋へと戻っていった。

定刻通り無事に開催されたライブは開始直後から盛り上がり、大成功を収めた。
あるコンビの片割れが『体調不良』で急に出られなくなったことと、
アンケート用紙の多くに『エレキコミックの2人も具合いが悪そうだったが大丈夫なのか』
と心配するコメントが記されていたことを除けば、
舞台裏での慌ただしさを最後まで観客が知ることはなかった。


 [エレキコミック 能力]
 [東京03 能力]