オパール編 [2]


21 名前:お試し期間中。 投稿日:04/11/07 16:56:11

「渡部さん!!」山根が声を張り上げたのと、ゴッと鈍い音が響いたのはほぼ同時だった。
佐藤が放ったレーザーは渡部を傷つけることはなかった。攻撃が体を「すれ違って」いたのだ。
自分を通り過ぎた青い光、そして同時に響いた鈍い音。
「まさか…」渡部の嫌な予感は的中した。
音をした方を見ると、杉山の拳が児嶋の腹に思いっきり食い込んでいた。
「っ…ぐ、ぁ」児嶋は呻き声を上げ、ズルリとその場に崩れ落ちる。
「児嶋さんっ…くそっ!」慌てて駆け寄ろうとした柴田であったが、数歩前に出たところで
自分の能力では太刀打ち出来る筈が無いと、踏みとどまり悔しそうに杉山を睨み付けた。
「あんた今自分がなにやってるか分かってやってるわけ!?」
喉が嗄れんばかりの大声で怒鳴りつける柴田。
「…っ」一瞬、黒い光にのまれている杉山の石本来の紅の輝きが増した気がした。
心なしか杉山が苦しそうな表情を浮かべている様にも見える。しかし直ぐにまた元の無表情に戻り、
「手間掛けさせやがって」床に蹲る児嶋の身体を蹴飛ばした。

「レーザーなんて反則でしょ…」呆然とした山崎が呟いた。
「んなこと言ってる場合じゃねえだろ!!次来たらどうするんだよ!ボケッとしてんじゃねぇ!!」
柴田は佐藤を睨みながら弱気な相方を一喝した。
「ゆーぞーもう一発行けそう?」渡辺は佐藤の手元にある青黒い光を放つジルコンを覗き込んだ。
「んー…今ので全部みたい」もう出ないねー…またエネルギー吸わせなきゃ、と
緊張感のない会話をする二人。冷静にその場を見ていた田中が口を開いた。
「大丈夫みたいですよ柴田さん。どうやらあの光線は自分達だけじゃ出せないみたいです」
「さっきの光線は山崎さんのエビと小銭だったって事?」山根は不思議そうに田中に訊ねる。
「まぁ…そういうことになるね」田中がめんどくさそうに答える。
「ちょっとそのあたり詳しく聞かせ…」「あ゛――もう!」
下らない山根とのやり取りにヒステリックになった田中は、
「どうしてお前はそうどうでもいいところで食いついてくるのっ!!」
いつものコントの調子で山根の頭をバシバシと叩いた。

「児嶋…おまえ俺の為なんかに何やってんだよ…」怒りを露にした渡部の声に田中は動きを止めた。
渡部の拳は力を込め過ぎて指が白くなっている。俯く渡部に掛ける言葉も無く周りの4人は黙り込む。
「次は誰だ?時間がないんだ…そろそろ、行かせてもらうぞ」
痺れを切らした杉山が石の力を発動させる。

「何とかあの石を奪いさえすれば終わるのに…」
柴田は悔しそうに呟いて、自分の石に視線を落とした。
先程の児嶋への加勢で、自分の体力もかなり消費されている。
どっちにしろ、自分の石の能力がこの状況でそれほど役に立つとは思えなかった。
以前、黒いユニットに操られて襲ってきた連中をこの石の力で解放した事があったが、
先程怒鳴り付けたときの反応から今回は通用しないことは分かっていた。
それでも、近づいたときは確かに反応があったことを思い出し、
直接触ったら…もしかしたら、という気持ちが柴田にはあった。

「山崎…ちょっといいか?」柴田は相方に、
この状況を突破するために今自分が出来る最良と思われる作戦を耳打ちした。
「そんなの、危ないから止めた方が良いって…早まらないでよ」
あまりに強引で無茶な作戦に、流石の山崎も慌てて止めようとする。
「上手くいけば敵が一人減るんだからいいだろ?失敗しても役立たずが一人減るだけだ」
柴田は既に覚悟を決めたようだった。俯く渡部に声を掛ける。
「渡部さん…俺の力、もう他の石回復させるのも無理っぽいんで、後はお願いします」
「柴田、それってどういう意味?」渡部が顔を上げる。柴田は答えずに背を向けた。
「失敗したらヤバイって!やめなよ柴田!」
日ごろから無茶なことを言う相方を、この時ばかりは無理やりにでも止めようと、その肩に手を伸ばす。
山崎の手が触れる前に柴田は走り出していた。その先には禍々しい赤黒い光を纏った杉山の姿。

「おいっ!何のつもりだよ柴田!!?」突然のことに声を荒げる渡部。
「無茶だ!!」「柴田さんっ!?」アンガールズの二人もこの柴田の行動には驚き、叫び声を上げた。
「気でも狂ったか?…まあいい、来るなら来い!」ニヤリと口元を歪め、拳を掌にバシッと打ち付ける。
「ケリつけてやらぁ!!覚悟しろっ!!!」普段以上にテンションの高い柴田の、気迫のこもった叫び声。
あっという間に二人の距離は縮まり、杉山の拳が柴田目掛けて振り下ろされる
柴田は飛んできた拳を寸でのところで交わし、杉山の懐に潜り込む。
目の前に揺れるのは杉山の首から下げられたアゲート。
黒く染まった石の嫌な感覚を振り切り、覚悟を決めて両手で掴み握り締めた。
「っの…離れろ!」グッと襟元を掴まれ足が床を離れる。
「…うぁ…」悪に染まった力が、石を握り締めた手から全身へと広がる。
こみ上げてくる吐き気と頭痛を抑え、最後の力を振り絞り思い切り叫んだ。
「いい加減に…しやがれぇっ!!」
その瞬間辺りをファイアオパールの赤い光が包み、
電気がショートしたような火花が散った。咄嗟に周りの6人は目を閉じる。



暫くして辺りの空気が静まりかえると、山崎は恐る恐る目を開けた。
そこには気を失って倒れている杉山と柴田の姿。
そして真っ二つに砕けた黒いガラスの様な欠片と、本来の紅色を取り戻したアゲートの輝きがあった。

「まだ4人も残ってるのぉ?お疲れちゃんにはまだ早いじゃな〜い」
「あーあ。スギやられちゃったね…でも、まだこれからだよ」
めんどくさそうに立ち上がった渡辺の右隣には、床に倒れている杉山とは別の杉山が立っていた。
「…まじかよ」まさか人間まで複製するなんて…やっと敵が二人に減り、
なんとか反撃の手立てを思いついていた渡部は、予想以上の「黒い欠片」の力に呆然となった。
「ずっと一緒にやってきたんだからさ、これくらい出来ても変じゃないよね?」
渡辺が得意そうにニッと笑顔を浮かべた。
「スギ、頑張ってね」渡辺が自分の創りだした杉山の肩をポンと叩くと、
無表情のままの杉山のコピーは猛然と渡部に襲い掛かってきた。

「んな人形にやられてたまるかよっ…」
渡部は山根に目で合図を送り、突如杉山に背を向けて走り出した。
「あれ?逃げちゃうの?みっともないなぁ」
クスクスと笑いながら渡辺は渡部達の方へと歩み寄ってくる。
いつの間にか渡部は部屋の隅に追いやられていた。じりじりと近づいてくる杉山。
「ほら、君達も手助けしなきゃ。後ろからぶん殴るチャンスじゃない?
最も、そんなことやられたって全然効かないのは分ってるんだろうけどね」
山根はへらへらと笑っている渡辺を警戒しつつ、ゆっくりと杉山の背中に忍び寄った。
感情も感覚も存在しないらしい彼には、後ろに近づいてきた山根の存在にすら気がつかないようだ。
自分の能力が効かなかったら…そんな心配を抱きつつ、意を決して杉山の肩に手を伸ばした。
「先輩先輩…」4人の間に緊張が走る。ゆっくりと振り向いた杉山の口が、微かに開いた。

「どうしたの山根?」そこから聞こえてきたのは、能力が成功した合図。
3人は安堵の溜息を吐き、山根は能力どおりにお馴染みのコントを始めた。
「何やってんのスギ?どうしたの急に…そんな、制御できないなんて」
一方慌てたのは渡辺である。自分の能力で作り出した武器が、思うように操作できない。
「どうして…何でっ?」渡部は渡辺の心の動揺を感じ取り、
いつの間にか渡辺との間合いを詰めていた田中に合図を送る。
「まあまあまあまあまあ。彼等が楽しそうなんだから、良いじゃないですか。」軽く渡辺の肩を叩きつつ、
実際にはやっている本人達は全然楽しそうにも無いコントを見て笑顔を浮かべる。
「そう、かな?」田中の能力の影響を受けた渡辺が顔を上げた。
右手に持った石の黒い光が揺らいでいる。
「そうですよ。だから、そんな物騒な物は早くしまって一緒に楽しみましょうよ」
「うん、そうだね」短い返事とともに、渡辺が石を握った腕を下ろそうとしたそのとき、
「ジャイ!!そんなキモイやつに騙されちゃ駄目じゃ〜ん!」佐藤が部屋中に響くほどの大声を張り上げた。
ビクリとその声に反応し、暗示が解けかける渡辺。
そこにキモイという言葉を聴いた田中の心の動揺が重なった。
「御免ゆーぞー。もう少しでこいつらにやられるところだったよ」
頭を掻きながら渡辺は佐藤の方を振り返った。

「あーあ。もうやってらんないね」田中は完全に気力を喪失し、
フラフラと何かに取り付かれたように部屋の隅へ行くと座り込んでしまった。
山根もそろそろ限界に近かった。少しでも長く時間を稼ごうと普通のコントにしたのが裏目に出ていた。
だんだんとオチが近づいてくる。きっとこの力を解いてしまえば、強力な力を持つ杉山のコピーを
足止めする術はもう残されていないだろう。自分にしか出来ないんだ。
その責任感だけが山根の気力を支えていた。
「今のうちにどうにかしないと…山崎、ちょっと聞いて」
アンガールズが時間を稼いでいる間に、渡辺は山崎に駆け寄った。
「俺がゆーぞーを抑えるから、ジャイの上に何かでっかいのを食らわせてやって欲しいんだ」
一発でアイツがのびそうなやつを、と続けると渡部は佐藤にとの間合いを慎重に詰めて行った。

山崎は後ろを向いて油断している渡辺を見据える。
大きく息を吸い込むと巨大な何かを想像し、思いついた言葉を叫んだ。
「オレンジジュースのでっけぇ入りまーす!!」シェルオパールから白みがかった光が放たれる。
渡辺の頭上に現れたそれは本当にでかかった。
大人が一人入ってしまいそうな巨大なマッ●の紙コップ。
ご丁寧に子供の腕ほどのサイズのストローまで刺さっている。
佐藤は再び石を掲げ、エネルギーを吸収する言葉を言う為に口を開いた。

「同じ手が通用すると思うなよ!!」一気に駆け寄った渡部が、佐藤の額に掌で衝撃を与えた。
「ありがとちゃ…ぐっ」佐藤は堪らず後ろへ仰け反り、反動で石が床へと転げ落ちた。
「ゆーぞー…うわっ!!」頭上に現れた紙コップが渡辺の頭に強烈な一撃を加えた。
次いで背中の辺りに二打目を加えると、前のめりになる形で渡辺を床に押しつぶした。
巨大なそれにはたっぷりと液体が満たされているのだから相当の重さだったのだろう。
うつ伏せに倒れ、横倒しになったそれの下敷きになっている渡辺はピクリとも動かない。
右手付近に転がっていたアマゾナイトの緑の輝きは、持ち主の意識とともにゆっくりと消えた。
それとほぼ同時に、山根とコントをしていた杉山のコピーが緑の光に包まれて消え去った。
山根はパワーを使い果たしそれが消えたのを確認すると、
安心したように崩れ落ちて眠りについてしまった。
山崎が近づいて様子を窺うと、渡辺は完全に気を失っているようだった。
近くには黒い欠片が落ちている。

「気、失っちゃったのかな…渡部さん!とり合えずやりましたぁ!」パワーを大量に消費した山崎は、
へたりと床に座り込むと首だけを動かして渡部の姿を探した。
渡部は佐藤の額に手を当てたまま動かなくなっていた。
それと同様に佐藤もまたそのままの体勢で動こうとしない。
其処だけ時間が止まっているかのようだった。
近くには黒と青の光を半々に放っている石が転がっていた。
渡部の胸の辺りからは、ペンダントにつけられている水晶の透明な光が放たれていた。

渡部は何もない真っ白な空間に佇んでいた。
「ゆーぞー…一体君らに何があった?望んで黒いユニットに入ったわけじゃないんだろ?」
誰もいない空間に向かって、優しげな声で語りかける。
「渡部?何の話をしてるの?」其処にいつもの調子の佐藤が現れた。
「あの黒い石、何処で手に入れたか教えて欲しいんだ…」操られていただけらしいと感じた渡部は、
つい先程に彼らのやっていたことについては触れないでおくことにした。
「何日か前に…ライブの後の楽屋に届いていたんだよ。
ファンだっていう子からのプレゼントだったかな。
最近流行ってるらしいじゃない?パワーストーンって言うのが」嬉しそうに話していた佐藤の背後に、
突然黒い靄が広がった。それはあっという間に辺りを暗闇にし、佐藤の姿はかき消された。
ある人物が渡部の前に現れた。

「…まさか、お前が黒いユニットを?」渡部はその人物に見覚えがあった。
「全く、俺の野望を邪魔してくれている白いユニットのメンバーに、
こんなに早く姿を見られてしまうとはね」
普段の姿からは想像もつかないような冷たい微笑。
渡部は背筋が凍りつくような感覚に思わず地に膝を付いた。
「安心しろ。今の俺じゃお前をどうこうできるような力はない。
こんな欠片では弱い人間の心を操るのが精一杯…」
空間にガラス片のような黒い欠片が浮かび上がる。
「これもお前達の所為でじきに力を失う…やはりあの男には荷が重かったようだ」
「あの男?」
「お前達を呼びにきたスタッフさ。知らなかったのか?
別に黒いユニットは芸人だけの集団というわけではないぞ?」
その人物はクツクツと楽しそうに喉を鳴らす。
「何でそんなことを今俺に言うんだ?黒いユニットを潰そうとしているこの俺に…」
今の渡部に武器になりそうなものはない。
「大体こんな石の力を利用して、一体何をしようって言うんだ!!」
この空間では何が起こるかは全く想像できない。
自棄だとばかりに渡部はその人物に食って掛かった。

「之さえなければ、この黒い石さえなければ俺達は無駄な争いをしなくて済むって言うのに…っ!?」
突然その人物は渡部の目の前に現れる。一瞬で空間を移動したようだ。
「人間とは愚かな生き物だな…もしさっきの戦いでお前達以外のコンビが死んだとしよう。
そうすればライバルは減り、お前達のコンビには仕事が入る。
芸人として一番望ましいことが起こるんだぞ?人気も出るだろう…
内心ではお前もそれを願っていたんじゃないのか?」馬鹿にしたような口調で渡部に迫る。
「そんなので人気を手に入れたって全然嬉しくないな。俺達は実力で、正々堂々と戦っているんだ!!」
渡部の言うことなど全く耳に入らないかのように、その人物は語り続ける。
「…人間は今まで長い間、力を欲することで発達してきた生き物。
その心には常に闘争心というものが備わっている」
だからお前達は競い合うのだろう?とからかう様に続ける。
渡部はだんだんと自分の力が薄れてゆくのを感じた。
「脆く弱い心を持っているのも人間だ。それによって、信じていた者や愛するものを裏切ったりする」
だから如何した…反論するつもりがもう声すらも出ない。
渡部の様子はお構いなしに、その人物は語り続ける。
「精々裏切られないように頑張るんだな。
裏切り者は意外と近くにいるものだぞ?キリストを裏切ったユダのように…」
その人物の声が遠くなると同時に、渡部の力に限界が来た。
目の前が真っ白になり、突然現実に引き戻される。

重い瞼を開けた視界には、倒れている佐藤の姿。山崎の持っている青いジルコンの輝き。
終わった…そう呟けたかどうかは定かではないが、渡部は安心すると深い眠りへと落ちていった。