オパール編 [3]


49 名前:お試し期間中。 ◆cLGv3nh2eA  投稿日:04/11/08 04:18:02

渡部は事務所で数日前のあの出来事を思い出していた。

机は割れて床に穴が開き、数名が倒れていた楽屋に戻ってきた芸人達を、
山崎が咄嗟の機転を利かせて
叩き起こした田中の能力で全て地震の所為だと無理やり納得させたらしい。
幸いにもスタッフの怪我もかすり傷程度で済んだそうだ。

スタジオの復旧に数時間待たされたがそれが幸いしてインスタントジョンソンの三人や
山根、柴田も撮影前に目を覚ました。
柴田は黒い欠片の影響を受けた所為か頭痛が止まらなかったが、
本番は何とかから元気でいつもどおりのテンションで乗り切ることが出来た。
回復した柴田と佐藤の能力で何とか動けるまでになったアンジャッシュの二人は、
ビッキーズの須知から貰ったというアメのお陰で更に回復し、撮影本番には完璧な演技を見せた。

撮影が終了しようとしていた頃には、全て丸く収まったかのように思えた。
撮影終了後の楽屋で柴田が激しい頭痛に襲われたことを除いては。
突然頭を押さえて座り込み、立ち上がることさえも困難な状態だった。
佐藤の能力も全く効かず、柴田自身の石も全く輝こうとしなかった。
周りで不思議がる芸人達には風邪だと言って誤魔化した。
まだ体力の残っていた山崎が、タクシーで何とか家まで送り届けたそうだ。
一晩寝て少しは治まったらしいが、数日経った今でもまだ本調子ではないようだ。

「…」「おい、渡部…聞いてんの?」おーい、と渡部の目の前で手をひらひらと動かす児嶋。
あの日以来渡部は物思いに耽ってボーっとすることが多くなった。
「あ、悪ぃ…でもどうしても思い出せなくてさ。聞いた内容ははっきりと思い出せるのに…」
渡部は精神空間の暗闇で出会った人物との出来事を覚えてはいたが、
その人物の顔自体がマジックで塗りつぶされたように全く思い出すことが出来ずにいた。
「また…仕方ないか」再び黙り込んでしまった渡部に呆れながらも、児嶋は諦める様に肩を竦めた。

「あ゛ー!!もう…だからそこはそうじゃねぇんだって!!」
「だからって怒鳴ることないじゃな〜い」
平穏な事務所内に突如響いた怒鳴り声と、それを宥めようとする緩い声。
事務所一のハイテンションコンビ、アンタッチャブルが何やら揉めていた。
どうせネタ合わせで何かあったんだろうと、そこに居合わせた大半の者はさして気にも留めず
大声によって中断された自分達の会話を再開した。

「どうしたの柴田?何か最近イライラし過ぎてるんじゃない?」
自分のちょっとした冗談にものすごい剣幕でつっこんで来る相方に、山崎は心配そうに訊ねる。
「なんでもねぇよ!…ただ、ちょっと風邪気味なだけ!!」
それだけだよ、と柴田は視線を背けながら吐き捨てるように答えた。
まだあの時のが残ってるんじゃ…と、山崎が更に問い掛けようとしたとき、
「おはようございま〜す」 「おはよう御座います…」
事務所のドアが開き、挨拶と共に入ってきたのはCUBEの二人。
タイミングを外した山崎は仕方なしに、入ってきた二人にお決まりの胡散臭い笑顔で挨拶をした。
「あれ〜?山崎さんまた柴田さん怒らせちゃったんスか?」
見るからに機嫌が悪そうな柴田の様子に気づいた和田が山崎に訊ねた。
「そうなんだよー…さっきからこの調子で参っちゃってさぁ」
柴田の方へ視線を戻すと、相変わらず機嫌悪そうに机の端を指で小刻みに叩いている。
石川は和田の後ろからその様子を窺った。

「柴田さん、まだ頭痛治まらないんスか?」
心配そうに訊ねる石川に顔を上げた柴田はああ、と短めの返事をした。
「あんまり酷いようでしたら、またあの頭痛薬飲みますか?」
カバンから小さなカプセルの入ったピルケースを取り出した。
数日前にも柴田はその薬の世話になっている。
とあるTV収録の前に石を使った戦いに巻き込まれた後、
黒い欠片の影響をもろに受けて数日間酷い頭痛に悩まされていたときに、偶々石川から貰ったものだ。
気休めにでもなればと飲んだところ、それまでの痛みが嘘のように消えた。
石川が石の事を知らないと思っている柴田は、随分良く効く薬だな、と位しか思っていなかった。

柴田は薬を受け取りつつすまなそうな表情で石川に言った。
「二度も悪いな…これなんて薬?今度自分で買いに行きたいんだけど…」
石川は申し訳無さそうに頭を掻きながら、
「いやー…これちょっと前に地方ライブで何処かの田舎っぽいとこ行った時に買ったやつなんで、
名前とか忘れちゃったんですよねぇ」箱もとって置いてないんです、と自然な言い訳をサラリと述べた。
「そっか、じゃ自分でなんか良さそうの探すしかねぇわな」ありがとな、と短く礼を言うと
テーブルに置いてあったペットボトル入りの緑茶で受け取った薬を飲み込んだ。

…この行動が事務所の先輩を陥れることに繋がるのは、自分でも良く分かっている。
石川は前回の失態を払拭するために、黒いユニットから与えられた使命を果たそうとしていた。
「もし良かったら…これ全部あげましょうか?最近柴田さん調子悪そうで、
後輩として黙って見ていられませんよ…仕事にも影響ありそうですし」
傍から見れば先輩思いの後輩としか思えないだろう…
そのカプセルが数粒残っているピルケースをそのまま差し出した。

「流石にそれはできねぇよ…」断ろうとする柴田の手に強引に握らせてこう言った。
「今度何か奢ってくれればチャラですから」ね?と、条件をつけて納得させる。
「まあ、せっかくの好意を無駄にするわけにもいかねぇしな…有り難く貰うとするよ。
じゃあ今度な。何でも良いから遠慮なく言ってくれよ?」
柴田は渋々了解し、ズボンのポケットにケースを押し込んだ。
「はい。楽しみにしてます」石川はニコリと自然な笑顔を作って言った。
「それじゃ…これで」軽く会釈をすると、柴田たちのいる机から離れ、
和田の待っている方へと歩いていった。
背後からは、元の調子に戻った柴田の軽快なツッコミが聞こえてきた。

それから数日後のネタ合わせ中、和田は上の空な石川に何度も大丈夫かと声を掛けた。
そのたびに素っ気無い返事をされ、それでも猶、しつこく訊ね続けた。
ガタンと不機嫌そうに椅子を鳴らして立ち上がる石川。
「どうし…」「トイレ」和田の問いが終わる前に短く答えると、石川はその場を立ち去った。
「そういやさっき柴田さんもトイレ行ってたな…最近急に冷えたからかな…」
一人残された和田はポツリと独り言を呟いた。

石川は洗面所の鏡の前で、鏡に移った自分の顔を見つめていた。
見るからに顔色が悪いのは、きっと黒い欠片の影響だろう。
溜息をつくと、自分のしたことを思い返していた。

柴田に渡したカプセルの中身はあの黒い欠片の粉だった。
ほんの僅か、3センチ程もある欠片の十分の一の量。
どれほどの効果があるのかは想像しても分からない。
只自分はあの集会で与えられた使命を完遂した。それだけは事実だった。
(大体、何でこんな回りくどい事を…直接欠片で操ってしまえば楽なのに。
悪意が目覚めるって訳わかんねーよ…石の意思ってか?くだらねぇギャグだな…
とりあえず言われた事はこれで済ませた。後は放って置けば良いんだったよな)

数日前とは打って変わって、柴田は薬の力で一時的にではあったが元気になっていた。
山崎もそんな相方の様子に、一安心した様子だった。
児嶋にも、事情を知らなかった同事務所の後輩の目にも、
どうみてもいつもどおりのハイテンションな柴田が映っていた。

だが渡部は知っていた。薬を飲んでいないときの柴田の様子が微妙に違うことを。
一度だけ、薬の効果が切れた後の柴田の感覚に、内緒で同調したときがあった。
普段なら5分が限界の筈なのに、多量のエネルギーが吸い取られる感覚に襲われ
3分と持たずに慌てて解除する羽目になった。
同調している間、更におかしなことに気づいた。柴田の気持ちが沈んだときに頭痛がしたのだ。
彼が無理にでもテンションを上げるとなぜかその痛みは弱まった。
まるで、常にハイテンションで居ることを強要しているような、そんな感じさえした。

渡部が心配してそのことを話題に上げると、柴田は上手い具合にはぐらかして逃げてしまう。
先程もそのことを言おうとして、トイレに行ってくると逃げられたばかりだった。

「…っ、くそっ」柴田は洗面台にダンッと手を突いた。
少々強くやりすぎたらしい。当たったところがジンジンと痛む。
だが、今の柴田には少しでもこの不快な吐き気と頭痛を紛らわせる何かが欲しかった。
あまり長い間居ると渡部に感づかれてしまう…
否、もう気づかれているのかもしれないがそれを言うのが何故か辛かった。
言ったところでまた、渡部があの能力で精神的ダメージを受けることが厭だった。
顔を冷水で洗い、気合を入れ直すと洗面所のドアを開けた。
目の前には、後輩石川の姿。よう、と軽く手を上げて挨拶をし、一歩外に踏み出したそのとき、
床に付いたはずの足元がぐらりと揺らいだような気がした。

気が付くと柴田は辺り一面真っ赤な空間に居た。
この感覚は、石の能力を使っているときに何度か感じたことがあった。
重力を感じない、自分の足元には地面が無かった。
なんとなくでは有ったが、そこが肉体とは隔離された空間だと想像できた。

―よう…いつも一緒に居るけど…話しかけるのは初めましてだな…
『お前は誰だ?』突如脳内に直接語りかけるような声が響いた声に返事をする。
―石さ。お前の持っているファイアオパールだ…
『石が…喋るのか?初耳だな』感じたことのある波動に
疑っているつもりは無かったが、突然のことにその言葉を鵜呑みにする訳にもいかなかった。
―なに、俺みたいに意思があるのは極僅かだがな。強い思いに晒された石はたまにこうなるんだよ。
『…強い思い?』
―例えば、大勢の人間に…強い信仰の対象にされたり、逆に恐ろしいまでに毛嫌いされたりしたってことだ。
『へぇ…んで、その石が俺に何の用?』
―お前は未だ俺の能力を使いこなせてないんだよ…
俺の正しい能力をわざわざ教える為にこうして話しかけてるんだぜ?あまり冷たくなるなよ。
『何言ってんの?俺は別に戦いたいわけじゃ…』
―力が欲しいんだろ?
『要らない…下らない石の争いなんかで、誰も傷つけたくないんでね』
力なんて必要ないね、と鼻で笑って答える。
―目の前で先輩が倒れたとき、お前は何も出来なかったな?
『っ…それは…』心が強く動揺する。
―あの時のお前の悔しそうな顔…適を睨み殺さんばかりの表情!!
『あの時は…確かに、力が欲しいと思った…けどっ!』咄嗟に反論しようと声を荒げる。
―けど?けど何だよ。いつ何時お前の知り合いがあんな目にあうか分からないんだぜ?
『…それは、確かにそうだけど…』実際にもう事件は起きていた。またあんなことが起きたら…
そう思うと、もっともなことを言う相手に対し返す言葉が無かった。
―お前は大切な人間を守る為に敵を憎めばいいのさ。実際憎かったんだろ?敵が…
『…』何も答えることが出来なかった。声が言っているのは紛れもない事実。柴田は俯き黙り込んだ。
―大丈夫。別にお前を乗っ取ろうとしているわけじゃないさ。
『…信じても、良いのか?』顔を上げた柴田の目は、
いつか敵であった杉山に向かって行った時の目と同じ目をしていた。
―お前は俺の持ち主…云わば主君というわけだ。戦いの道具である俺が、主君を守るのは当然だろ?
『…欲しい。力が欲しい。渡部さん達の役に立てる、強力な力が!!』柴田は力強く叫んだ。

―…お前達の敵が憎いか?殺したいほど憎いと断言できるか!!
『出来る…あいつ等は俺の大事な人たちを傷つける!!憎い…消すべき敵なんだ!!』
散々煽られた柴田の感情は、只操られていただけの三人にも向けられた。
―クククク…言ったな?「憎い」と…その言葉を言ったなぁ!?
『っ…これは、一体…』突然辺りが赤黒い靄に覆われた。柴田はつい数秒前に言った言葉を後悔した。
―それで良い…その気持ちだ!!
『…止めろっ!!…これ以上、踏み込んでくるな!!』次第にその靄は柴田の意識を蝕んでいく。
―憎しみこそが最大の凶器!俺が身勝手な人間達に抱いたこの感情!!仲良くやろうぜ宿主さんよ!!
『…ぅ…あぁああああっ!!』その感覚の気持ち悪さに、頭を抱えて叫び声を上げる。
―ひゃははははは!!ありがとよ!!お前の激しい感情は俺の良い栄養になったぜ?
『…くっ…』力無く頭を垂れ、赤黒い靄に捕らわれた体がまるで自分の物ではないような感覚に陥る。
―あいつらにも礼を言わなきゃなぁ…長年封じられていた俺の意思を目覚めさせるのに相当役に立ってくれた…
『あいつら…だと?』僅かに残った気力で、何とか声を発する。
―おっと、まだ意思が残っていたか…最後に教えておいてやるよ。俺が封印を解けたのは、
お前があいつらの黒い力をわざわざ飲み込んでくれていたからさ…これでやっと復讐出来る!!
『一体…何の事だか…』柴田には分からなかった。
あの後輩の親切が、まさかこんな事態を引き起こす原因になるとは予想も出来なかった。
―身勝手な人間どもにこの恨みの深さ、思い知らせてやる!!!
『……っ…』空間が一際強く赤い光を発したのと同じタイミングで、
柴田の意識は赤黒い靄に完全に飲み込まれていった。



「やっとお目覚めですか?」

数分前、石川は洗面所から戻る途中の廊下で誰かが歩いてくるのに気づき咄嗟に近くの部屋に隠れた。
ドアの隙間から様子を窺うと、それは見るからに調子の悪そうな柴田だった。
なんとなく声を掛けようと思いドアの前で待っていると、出てきた柴田と目が合った。
軽く手を上げていつもの調子で挨拶してきた柴田に、挨拶し返そうとした時、
目の前の彼が突然前のめりになるようにして倒れた。
自分が組織の命令で陥れた先輩を見下ろして、暫くその場で立ち尽くしていた。
彼がムクリと起き上がって自分にニヤと笑いかけてきたときに勘付いた。それで今に至る訳だ。

「お陰様でな…」答えるのは柴田の声。だが明らかに口調が違う。
「白いユニットを潰して欲しいんですよ」淡々と黒いユニットから言われた言葉を伝える。
「仕方ない。やってやるよ…それが、約束だからな」もう後戻りは出来ない…
「それじゃ、宜しくお願いしますね」軽く頷いて了解の意を示した柴田は、踵を返すとその場から立ち去った。
その後ろ姿を見送りつつ石川は、自分の所為で変貌した先輩に何の感情も持てない自分の神経が、
やはり黒い欠片に完全に犯されてしまっているんだなと、そう思っていた。


渡部は事務所内に悪い石の波動を感じた気がしてフと顔を上げる。
だが、黒い欠片の気配はまるで感じることが出来なかった。
戻ってきた柴田は、普段に比べてテンションが低かったが、
特に辛そうな様子も見せずにいつも通りの他愛のない話をしてきた。
その元気そうな様子に、態々嫌がることを聞き出すのも気が退けてこの日はそのまま解散した。

このとき何故彼の異変に気づけなかったのかと渡部が後悔するのは、これからずっと後のことである。


 [CUBE 能力]