オパール編 [4]


83 名前:お試し期間中。 ◆cLGv3nh2eA 投稿日:04/11/11 21:49:22

山崎は最近急に柴田のツッコミが厳しくなったと思っていた。
向こうの要望に合わせて何とかボケを考えるのだが、そこは違う・面白くないと散々ダメ出しをされ、
終いには一方的に向こうがキレ気味になって会話が止まる。
それでも山崎は気にしないようにしていた。
きっと疲れてイライラしているだけなんだろうと、彼が元の調子に戻るのを気長に待とうと思っていた。

あるコント番組収録中の楽屋。
楽屋といっても各コンビにそれぞれ与えられているものではなく、数組共同で使う大きめの部屋だった。
他のコンビがコントを収録している中、偶々出番の無かったアンタッチャブルの二人だけが室内に残っていた。

山崎が言ったちょっとした冗談がきっかけで、また機嫌の悪くなっていた柴田が唐突にこう切り出して来た。
「お前なんでこんなに我侭言われてキレないわけ?」
あれ?やっぱ自分でも我侭って自覚してたんだ…
思わず出そうになった言葉を飲み込み、出来るだけ温厚に話を進めようとする。
「何でって…いつもこんな感じじゃない?」そうでしょ?と同意を求めるような調子で答えた。
「…嘘吐くなよ…本当はムカついてんだろ?相手の都合に振り回されりゃイライラすんじゃねーの?」
「ほら、俺だって遅刻して柴田のこと待たせたりしてるから…お互い様じゃない」
柴田の表情が少し強張った気がした。
「やっぱな…一方的だったらムカつくんだろ?」
「そりゃ…まあ一方的だったらちょっと困るねぇ…」山崎は頭を掻きながら答えた。

ドアが遠慮がちにノックされた。
「誰?」山崎が振り返り、訪問者に声を掛ける。

入ってきたのは矢作だった。
「そろそろ山崎の出番だってスタッフさんが言ってたから…」
「あ、そう?じゃあ…俺行ってくるね?」
相方の妙な質問に心配になりながらも、皆を待たせる訳にはいかないと山崎は楽屋から出て行った。
「それじゃ俺はこれで…」それを見送った矢作は楽屋から立ち去ろうとした。
「…ちょっと聞きたいことあるんだけど」柴田は声を掛けて矢作を楽屋内に呼び止める。
「何?」ドアにかけた手を下ろし、話を聞こうと矢作は柴田のほうへ向き直った。

「矢作さんは白と黒どっち?」椅子に座ったまま、柴田は矢作に訊ねた。
柴田が言っているのは石を巡るユニットの事だろう…
「どっちって…別にどっちでもないけど…」突然の質問に戸惑い、矢作は曖昧な答えを返した。
「へぇ…。俺ね、白い連中を潰そうかと思ってるんだ」
どっちでもないなら矢作さんには関係ないね。柴田は笑いながらそう続けた。

「白って…渡部さん達の、白いユニットのことを言ってるのかい?」
驚いた矢作の声が思わず裏返る。
「そ。それ以外に何かある?」当たり前だとでも言うように柴田はさらりと答えた。
「彼等の敵にまわるって言うのかい?」どうか冗談であって欲しい…そう願いつつ矢作は訊ねる。
「そー言う事になるかなぁ…」矢作の願いも虚しく、あっさりと柴田は肯定してしまった。

「そんな…」これは渡部達へ宣戦布告してると取らねばならないのか。
矢作はこの状況をどうしていいか分からなかった。
柴田が話したことは只のカミングアウトではない。石を巡る争いの中では命に関わる事もある。
事務所の先輩が同事務所の先輩を攻撃すると宣言しているのだから、
止めなければならないのは確実だった。

「…どうしたの?黙り込んじゃって」柴田が立ち上がり矢作に一歩近づいた。
「や、それは結構まずい事なんじゃねぇかと思って…」矢作の頬を冷や汗が伝う。
どうすれば止められる?柴田は何故そんな事を自分に言い出したのか…
矢作には分からない事だらけだった。
「まずいと思うなら、その石の便利な能力で俺を止めちゃえばいいんじゃない?」
出来るならね…柴田は普段通りの、他人よりちょっと高めのテンションで茶化す様に言い足した。
矢作は慌ててズボンのポケットに手を突っ込み、唯一の武器である石の存在を確かめる。
そうしている間にも柴田はどんどん間合いを詰めてくる。
彼の石は燃えるような禍々しいまでの紅に輝いていた。
(力を使うつもりか…)能力者である矢作には簡単に予想がついた。

「何もしなくていいの?やらなきゃやられちゃうよ?」
彼の能力がどのようなものか詳しく聞いたことはない。もし攻撃用の危険なものだったら…
明らかにいつもと様子の違う年下の先輩の目を覚まさせる為、矢作は覚悟を決めた。
ポケットから取り出した石を強く握り締め、大きく息を吸い込んだ。

「金縛りにあって動けなくなるんやぁ〜!」
なんとも気の抜けるような、しかし彼にとっては大事な武器を発動させる為の鍵となる言葉を叫ぶ。
矢作の石、ラリマーからは目を開けていられない程のな強力な閃光が発せられた。
通常ならばこの光が収まった後、力の影響を受けた相手に何らかの変化が起きる筈…だった。
光が完全に消え視界が元に戻ったとき、
地面に倒れ伏していたのは能力を発動させた張本人である矢作。
金縛りにあっているはずの柴田は平然とした…
否、かなりのテンションの高さで倒れた矢作を見て哂っていた。
その胸元には彼の石「ファイアオパール」が赤黒い光に包まれながら、
微かに本来の赤い光を放っていた。


柴田は石のパワーが大きすぎて感情のコントロールが難しいのか、
散々爆笑した後苦しそうに肩で息をしながら床に転がる矢作の元へ歩み寄った。
「残念だったねぇ…矢作さん。どんな気持ちなの?自分の能力にやられた気分ってぇのは」
倒れて身動きの取れない矢作の顔をしゃがんで覗き込む。
「矢作さんの石ってやっぱ強力なんだね…ちょっと力送っただけでこんなに強化できるなんて、
黒いユニットの連中が欲しがるのも分かる気がするなぁ…」
突然の事で状況把握に少し手間取った矢作であったが、
どうやら自分の能力を跳ね返されたらしいと言う事は柴田が笑っている間に理解することが出来た。

「あ、でも別に俺は石を奪うためにやってるわけじゃないから、安心してね?」
(あ〜…どうすっかなぁ…この状況はやべぇよ…)
敵が同事務所の、つい数十分前まで親しげに話していた柴田と言うこともあってか
いつもマイペースな矢作も内心相当焦っていた。
「この石って全然攻撃向きじゃねーんだよなぁ…」
柴田は溜息を吐きながら自分の石を眺めている。
(…んな説明どうでもいいって。それよりこの状況…どうすりゃいいんだよぉ)
何とか体を動かそうとするものの、指一本動かすことが出来ない。
「せいぜい今みたいに相手の能力を跳ね返す程度。
矢作さんが脅しに乗ってくれてホント助かったよ」
彼の言っていることは耳に入ってくるが、もはや矢作にはその内容など関係なかった。
(一体どうしたんだよ柴っちょ…黒いユニットなんかに説得されちまったのか?)
この状態ではそれを訊ねる術も無い。

「それじゃ、やることやって早く消えるとするかな」
柴田は矢作の石の上にファイアオパールを翳した。石は赤黒い光を放つ。
(あれ?なんか変な感覚が…)言いようのない不安が矢作の意識に靄をかける。
「先ずは一人目…」
薄水色の石に赤黒い光が吸収されていくにつれ、持ち主の矢作に影響が出始めたのだ。
「石取られるだけの方が良かったって思いをするかも知れないけど…」
赤い光を放つ石を持った手はそのままに、動けずにいる矢作にニヤリと笑いかける。