オパール編 [6]


297 名前:お試し期間中。 ◆cLGv3nh2eA  投稿日:04/11/24 22:20:08

「ぁああっ!!もう…何処行っちまったんだよ」
テレビ収録終了後の楽屋。自分の荷物をごそごそと漁っていた有田が突然奇声を上げた。
「んだよいきなり…どうかしたのか?」支度を終えた上田が煩わしそうに声を掛ける。
「なぁ…俺の携帯何処行ったか知らねぇ?」
酷く焦った様子の有田が、自分の鞄の中身を畳の上に引っ繰り返しながら情けない声で言った。
「んだよ、失くしたのか?しょうがないヤツだな…」呆れながら上田はしゃがみ込んでいる有田に歩み寄った。
「なぁ、ちょっとだけアレで探してくんねぇかな?」顔を上げた有田は、上田を見上げて両手を合わせる。
「お前の今日のコンパの大事な連絡手段を探し出すのと、
俺がそれによって受ける痛みって言ったらどっちがアレなんだろうなぁ?」
腕を組んでその様子を見下ろしていた上田は、ワザと嫌味ったらしく言った。
「あ、やっぱりばれてた?」有田は悪戯のばれた子供のように舌を出してみせる。
「んなことしても可愛くねぇよ…」呆れた様子で上田は首を振った。
「どーしても必要なんだよ、可愛い子居たら後で上田にも紹介してやるからさぁ」
「別に興味ねぇよ…店やら時間やら、大事な情報がつまった携帯だもんなぁ?」
完全にテンションのダウンしている相方をからかう様な口調で上田は言った。
「そこをなんとか、頼むよぉ…」縋るような目付きで見上げてくる相方に、諦めたように上田は溜息をつく。
「そうだな…お前が絶対にあの能力を俺に使わないって約束すんならやってやるよ」
以前有田と喧嘩したとき、あの能力で散々な目に合わされたことがあった。
相方らしい…恐ろしく質の悪い能力だと痛感させられたのを、今でもよく覚えている。
「約束するから!頼むっ」何が何でも探し出してもらわなければと必死な有田は、
約束の内容も耳に入っていない様子で頭を下げている。相方に甘い自分に苦笑いを浮かべつつ、
「しかたねぇな。ちょっとまってろよ」石に手を当て神経を集中させる。
ターゲットである携帯に関する薀蓄を選び出し、能力発動の鍵となるそれを口にしようとしたとき。


一瞬、上田の視界が真っ赤に染まった。
それと同時に脳内に恐ろしい記憶が流れ込んで来る。
数日前矢作が襲われた楽屋にあった机の記憶を読み取ろうとしたときの、
あの全身を切り刻まれるような恐ろしい痛みの記憶…
身体が小刻みに震え出し、胃の辺りから何かが込み上げる様な感覚がする。
「っ…う」思わず口元を押さえる。足に力が入らなくなり、倒れそうになる。
慌てて立ち上がった有田がその身体を支えるように肩を掴んだ。
「上田、どうした?」顔を覗きこむが反応はなく、何かを凝視しているかのように瞬き一つしない。
「おい……どうしたんだって」目の前で手を振ってみても、全く反応しない相方に有田は焦り始めた。
まだ能力を発動させていないのだから、当然その代償の痛みであるはずが無い。
「上田?何かあったのか?無理にとは…」だが実際石を使おうとする前はこんな状態ではなかった。
石を使ってくれと頼んだ自分に責任が無いとは言えないだろう。
(一体どうすれば…てか、何があったんだ?俺はどーすりゃいいんだよ…)
有田は只焦るばかりの自分に苛立ちを覚える。

「おかしい…」上田がかすれた声で呟いた。
「え?」良く聞き取れなかった有田は耳を傾ける。
「使えないんだ…」掴んだ上田の肩が微かに震えているのが分かった。
「いきなり、どうしたんだよ」あまり刺激しないように、小さな声で語りかける。
「石の能力が…体が拒否しているみたいなんだ」
上田は自分の手を見つめたままうわ言のように繰り返す。
「それで、もう今は大丈夫なのか?」この状態になった相方を、有田は一度だけ見たことがあった。
ある番組の収録後の楽屋で、同じ石の能力者である矢作を襲った犯人を捜そうとしたとき。
「今はもう大丈夫だ…けど」あの時上田は恐ろしい痛みを感じたと話していた。
「けど何だよ」(今思えば、あの時の痛みの原因は何だったんだ?)
有田の脳裏にある可能性が思い浮かぶ。

「石が…」上田は何かを言いたそうに口を開いた。
(今まで上田が石を使って、あそこまで辛そうな状態になったことは無かった筈だ)
「良いから、今は休んどけって。石なんか今はどーでもいいから」
上田の肩を軽く叩き、有田は出来るだけ明るく振舞う。
(あと少しで犯人が分かりそうだったと、上田は言っていた)
「でも…」それでも上田の表情は曇ったまま。
(アレはまるで…犯人の顔を見せないようにする為だったとしか…)
有田の頭の中で、一つの仮説が立てられた。
「なあ、俺思ったんだけどさ」

有田のその声を中断するかのように、携帯の着信音が鳴り響いた。
「あ、俺のじゃん…上田悪ぃな、面倒かけちまって」
慌てて音のした所から携帯を見つけ出し、上田に見せた。
「なぁ、今何か言おうとしなかったか?」
「なんでもないよ。ホラ、携帯も見つかったしさ。もう大丈夫だから、石のことは少し忘れろって、な?」
見るからに体調の悪そうな相方に、今こんなことを話しても迷惑なだけだろう。
有田は笑いながら誤魔化した。
「あ、ああ…」突然の着信音に気が抜けたのか、上田の表情が僅かながら緩んだ気がした。
「きっと疲れが出たんだって、ゆっくり休んだ方が良いよ」
有田は上田に帰り支度を促した。

上田が帰り支度をしている間、着信履歴に表示されている後輩に断りのメールを入れる。
そして、白いユニットの中でも最も頼りになりそうな人物にメールを送った。
「それじゃ、行くか」
「ああ」短いやり取りをし、二人は楽屋を後にした。

局を出たところで有田の携帯にメールの着信があった。
その画面には『渡部 建』の文字が表示されていた。



同時刻、とあるライブ会場の楽屋で携帯を見ていた山崎は溜息を吐いた。
「有田さん、合コン来れないって…どうしちゃったんだろ」
「さぁ、何か別に用事でも出来たんじゃねーの?」
背を向けたまま返事をした柴田の顔には、
いつか上田を見下ろしていた時と同じ冷たい嘲笑を浮かべられていた。