オパール編 [7]


469 名前:お試し期間中。 ◆cLGv3nh2eA  投稿日:04/12/29 12:01:56

「今、時間大丈夫?」
「これから収録なんですけど、少しくらいなら…何か用っスか?」
数日前、自分の石の能力で後輩のおかしな行動に気付いてしまった渡部は、
事務所の廊下ですれ違った柴田を呼び止めた。

「ちょっとあの石を見せて欲しいんだ」
「何すかいきなり。…別にいいですけど」
突然のことに戸惑いつつも、石を差し出す柴田。
渡部の掌に乗せられたファイアオパールは赤く力強い輝きを放っており、
どう見ても黒い欠片の気配など感じられる様子はなかった。

黒い欠片の所為だとばかり疑っていた渡部は拍子抜けしてしまう。
柴田は不思議そうにその様子を見ていた。
その視線に気づいたのか、渡部は慌てて柴田の手に石を返し、
「ちょっと最近変な事件が多いからさ…そう、急に石が暴走したりするらしいんだよ。
黒いユニットが動いてるんじゃないかって噂でさ、皆の石の点検をして回ってるわけ」
咄嗟に思いついた言葉で誤魔化そうとした。
「大変そうっスね。俺に出来ることがあったら何でも言ってくださいね?」
そう言って浮かべたいつもどおりの笑顔の下で、

―普段は他人を騙すの上手いのにな…今日は調子が悪ぃのか?
誤魔化してるのがバレバレだぜ?

柴田本人とは全く違う意識が蠢いている事に渡部は気づく事が出来なかった。


柴田が立ち去った後、渡部は思考を必死に働かせる。
(あの石からは黒い欠片の波動は感じ取れなかった。それならあの時の嘲笑は何だったんだ?)
現に矢作が何者かに襲われたのは事実。
先輩である上田が苦しんでいるときに心配もせず、薄ら笑いを浮かべていた彼…
上田はあの時感じた痛みがフラッシュバックしてしまい、能力を使うことが出来なくなったらしい。
有田が深刻そうに渡部に相談してきたのはつい先日。
自分の周りの白いユニットのメンバーが次々とトラブルに巻き込まれている。
その事件の痕跡からは、黒いユニットとの繋がりを示す手がかりは全く発見されていないが、
そんな事をするのは彼ら以外に考えようが無かった。

(柴田が自分自身の意志で?…まさか、な。
あいつはそういうやつじゃないってのは分かりきってることじゃないか。何考えてんだろ…)
頭を過ぎった嫌な仮説を振り払うように軽く頬を叩く。
「中途半端に見え過ぎるのも良い事ばかりじゃないな…」
渡部は苦笑し壁に寄りかかり、窓の外の空を見上げた。

窓ガラスに微かに映った自分の顔が、心なしかやつれて見えた。
其れもその筈、身体に負担の掛かる能力を限界ギリギリまで使い、
毎日のように黒いユニットの動きを探っているのだから、
倒れないのが自分でも不思議なくらいだった。

(俺は俺の出来ることをやるしかないんだ)
生まれつきの体質からか、石についての知識は一般の能力者よりも詳しい。
今となっては完全に白いユニットの中心人物となってしまった
自分の立場に複雑な思いを抱きつつ、精神空間で対峙した
未だ顔の思い出せぬ人物のシルエットをぼんやりと頭に思い浮かべてみる。
突然頭の中にあの時の男の言葉が響いてきた。

『裏切り者は意外と近くにいるものだぞ?キリストを裏切ったユダのように…』

「ユダ…か。何もしなきゃ何も解決できないもんな…」
渡部は何かを決心したように呟き、携帯を取り出しメールを打ち始めた。

バラエティ番組の収録の為、アンタッチャブルの二人は事務所からテレビ局に移動していた。
案内された楽屋で番組のユニフォームである白いつなぎに着替える。
携帯でメールのやりとりをしている山崎を横目に、柴田は胸元の石を握り締めていた。
この石を手にして以来、常識からかけ離れた現象を体験してきた。
理不尽な理由で襲ってくる黒いユニットのメンバーと直接戦わなければならない事もあった。
それ故に多少の現実離れしたことには動じなくなっていたのだが、
今自分に起きていることは流石に気にしないわけにもいかないだろう。
ここ数日間の記憶が曖昧なのだ。まるで編集でカットされたように、
数分間、時には数時間の記憶が無くなっている事もある。

「なぁ、山崎…最近何か変わったことなかった?」
仕事詰めで最近一緒に居る時間の多かった相方に声を掛けてみる。
「どうしたの急に?」
よほど重要な内容なのか、山崎は真剣な表情で画面を見ていて携帯から目を離そうとしない。
柴田の手の中の石が鈍い輝きを放つ。
「…いや、ちょっと聞いてみただけ」
山崎に言ったらきっと無駄に心配をかけるだけだろうと思い直し、適当に誤魔化した。
それすらも彼の意志ではなかったのだが…
石の意志は柴田の思考に深く入り込み、彼の行動や記憶、
思考に至るまでほぼ全てを意のままに操っていた。

―勘付いたところでオマエに抗う術は無いんだよ。
そろそろアイツも限界だろう。楽にしてやるとするか…

柴田の中に巣食う石の悪意は、
今日の収録に一緒に出ることになっているある人物を思い浮かべていた。


「矢作…今日は大丈夫?」
「ああ」小木の問いかけに返ってきたのは短い返事。
あの事件以来、矢作はずっとこんな調子だった。
ライブや収録のときは仕事だと割り切っているかのように今までと変わりない様子なのだが、
楽屋やプライベートでは殆ど口を聞こうとしなかった。
まだ心に受けたダメージが残っているのか、
いろいろな人に相談してみたものの未だに解決する術は見つからない。
「収録、頑張ろうね…」
返事が返ってこないのを承知で、小木は寂しく呟いた。

柴田との一件以来、矢作は常に言い様の無い不信感に襲われるようになった。
話しかけてくる誰もが、内心では自分を馬鹿にしているのではと疑ってしまうのだ。
相手が例え相方である小木であったとしても。
それ故あのとき楽屋で何があったかについて訊かれても、
『言ったら馬鹿にされる』『誰も信じるな』と
強く頭の中に響く何者かの声が答えさせてくれないのだ。
明らかに根拠の無い理由なのにそれに抗うことが出来ないのは、
矢作自身の石の能力に掛かった者の心理状態そのものだった。

「おぎやはぎさん。収録始めます」
「あ、はい。直ぐに行きますんで…」
スタッフの呼びかけに答える矢作は「仕事の顔」になっていた。