オパール編 [8]


269 名前:お試し期間中。 ◆cLGv3nh2eA  投稿日:2005/03/27(日) 22:59:31 

収録後の楽屋、一足先にスタジオを後にした矢作は自分の楽屋で衣装を着替えていた。
誰も居なければ他人を信じる必要も無く疎外感を感じる事も無い。
仕事を終わらせた充実感だけが、矢作を癒してくれていた。
「ふぅ…」
急いで帰り支度まで済ませ、矢作は溜息を吐く。
「矢作さん。お疲れ様」
「…っ!!?」
突然声を掛けられ振り向くとそこには、
ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべた柴田が立っていた。
ドアを開ける音はしなかったのに一体いつの間に。

矢作は柴田にされたことを忘れた訳ではなかった。
しかしその記憶を呼び出す以前に、
跳ね返された自分の暗示の所為で思考が混乱してしまっているのだ。

「いつから…居たの?」
ボソボソと俯きがちに矢作は尋ねた。
「いやー流石矢作さん。大人だねぇ…周りにアレだけ邪魔にされても一生懸命に仕事して」
矢作の問いには答えず、柴田はぺらぺらと喋り出す。
「そんな事は、そんな事は無い!」
周りに馬鹿にされている、皆が自分を見下している…
その言葉がグルグルと矢作の頭の中で回りだす。
そんな事実は全く有るはずが無いのに、
柴田の石の力により歪められた負の暗示は矢作の精神をじわじわと追い詰めていく。

「小木さんだって本当は矢作さんのこと…」
自分の言葉に混乱していく矢作の様子を、柴田は楽しそうに眺めている。
「違う…違う…」
「本当は皆矢作さんが居なければって思ってるのに…」
耳を塞いで嫌がる矢作に柴田は更に追い討ちをかける。
「そんな事…嘘、だ」
ガクンと膝を床につき、耳を押さえたまま矢作は嘘だ嘘だと繰り返す。
「嘘じゃない…矢作さんが消えちゃえば、そうだ、矢作さんも楽ニナレルヨ?」
柴田は耳元でそう囁くと、出口へと歩き出した。

「自分も、楽に…」
ゆっくりとその言葉を繰り返した矢作を見て満足そうに微笑んだ柴田は、
「遺書でも何でも書くなら、テーブルの上にメモ用紙が置いてあるよ」
ドアを閉める直前に、ふざけたような口調でそう言い足してから部屋を後にした。



収録後、他の出演者と話をした後に楽屋へ戻ってきた小木は、
先に戻っているはずの矢作の姿が無いことに胸騒ぎを覚えた。
机の上にはクシャクシャに丸められたメモ用紙。
広げてみると震えた字で『小木 ゴメン』と短い謝罪の言葉が綴られている。
「何がゴメンだって?何もできなかった俺の方が謝りたいくらいなのに!」
ダン、と激しく拳を机に叩きつけ、小木は勢い良く楽屋のドアを開け飛び出そうとした。
いくら考えてみたところで、矢作の行き先は見当がつかない。
しかし、このまま放って置いたら事態は最悪の方向へ向かうのは目に見えている。
(どうにかして矢作を探さないと…)

廊下に飛び出したところで小木は、隣の楽屋に入ろうとしている山崎と鉢合わせた。
「あ、小木さん柴田見ませんでした?」
「ねぇ、山崎君矢作見なかった?」
殆ど同じタイミングで二人はお互いに問いかけていた。
「あれー?矢作さんも居なくなっちゃったんですか?」
まいったなー、といつもの調子で山崎は話を続けようとするが。
「ごめん、見てないや。ちょっと急いでるから」
小木は手短にそう答えると、山崎が居る方と反対側の廊下へと歩いて行った。

探すといっても一体何処を探すべきなのだろうか、
分からないまま焦る気持ちばかりが先走ってしまう。
「誰かの楽屋に居てくれれば良いのに…」
幾つか並んでいる楽屋の前を歩いて行くと、ふとあるコンビ名が目に入った。
「くりぃむしちゅー…そうだ、上田さんなら!」
上田の能力なら何か手がかりがつかめるかもしれない。
そう考えた小木はそのドアをノックした。

そもそも矢作がああなったのも恐らくは石を巡るユニットの一つ、
黒いユニットが原因だろうと教えてくれたのはくりぃむの二人だった。
この二人ならきっと何か力になってくれる。
「小木か…どした?」
返事と共にドアを開けたのは有田だった。
「あの、上田さんは…」
「ああ、上田は今ちょっと忙しいんだけどな」
20センチほどあけたドアの隙間から、有田はしきりに廊下の様子を気にしているようだ。
「急ぎの用なんです。早くしないと」
切羽詰った様子の小木の声は楽屋内にも聞こえていた。
「小木なら別に入ってきても問題ないだろ?良いよ」
部屋の奥から上田がそう言うと、有田は小木に仲に入るように促す。

小木が楽屋内に入ると、上田と二人の先客が居た。
「あ、小木さん」 「お邪魔してます〜」
フットボールアワーの後藤と岩尾だった。
こんな一刻を争う事態に、何も知らぬ二人に言ってもややこしくなるだけだろう。
愛想笑いを浮かべ適当に挨拶を返しつつ、上田のほうへと近付いていく。
「上田さん、ちょっと…」
小木は出来るだけ平静を装って上田に耳打をした。
矢作の様子がいつも以上におかしかった事、そして楽屋に残されていたメモの事。

「何だって?矢作が…」
声に出した上田を、小木は慌てて止めようとする。
「上田さん!二人には…」
時既に遅し。二人は興味深げに、心配そうに訊ねてきた。
「何かあったんですか?」
「矢作さんがどうかしはりました?」
説明をしている時間は無い。小木は慌てて誤魔化そうとする。
「えっと、大したことじゃ」

「いや、隠す必要も無いだろ。」
小木の誤魔化しを遮り、上田は続けた。
「二人は石の能力者だ。それに組織のこともある程度は教えたところだ」
二人は軽く頷いて、ポケットから取り出した各々の石を見せてきた。
「関西には白のメンバーが少ないからな、そのことについて丁度話をしてたところなんだ」

「上田さん、そんな事よりも矢作が危険なんです!
上田さんの能力で何とか探してもらえないかと思って…」
小木は切羽詰った様子で、急かすように上田に言った。
能力で、そう聞いた上田の表情が曇る。
「メモ用紙の記憶を辿れば…確かに何かの手がかりは掴めるかも知れないな」
ニヤリと何か挑戦的な笑みを浮かべ、小木の差し出したメモ用紙を受け取った。
「でもお前は今…」
有田は能力が使えないはずの上田を止めようとする。
無理に石を使ってまたあの痛みに襲われたら。
それを堪えて無理に力を使った場合、どのような悪影響を及ぼすのか見当もつかない。

「良いんだ。それ以外に矢作を助ける道はねぇだろ?」
上田は既に腹を決めたようだった。その目には強い決意の光が宿っていた。
「上田…」
無茶だけはするなよと上田の肩を叩き、有田はそれ以上は何も言おうとはしない。
止めようとはしたものの、友人の命が掛かっているとなれば
上田の意志は固いだろうと簡単に想像はついた。

「一体何がどうなってるんや?」
ただその場を見ていただけの後藤は呟いた。
「聞かれても何とも…さっぱりわからへんもん。
黙って見てるだけの方が良いんちゃう?」
岩尾もサッパリと言った様子で首を振る。

上田は残されたメモ用紙を手に取った。
空いている方の手でホワイトカルサイトを握り締める。
目を瞑り石の力を発動させる為の薀蓄を選ぶと、上田は口を開いた。
「えー…皆さんは御存知でしょうか…」
薀蓄を語りだした直後、脳内に流れ込んでくる痛みの記憶。

(こんな不毛な争いは早く終わらせなければならないんだ)
掌に爪が食い込む程強く拳を握り締め、その痛みに耐える。
(ましてや、それに巻き込まれて人が死ぬなんてことがあってはいけないんだ)
痛みを抑えつつ朗々と薀蓄を述べ、石の能力を最大限に引き出していく。
(誘惑に負けて仲間を傷つけるようなやつらを、放って置く訳には行かないんだ)
脳内に流れ込んでくるその紙の、インクの記憶。
矢作ともう一人が会話している映像がはっきりと映し出された。
(やはりお前か…)

「分かったぞ。矢作は…屋上に居る」
「屋上…まさか!!」
聞くや否や、小木はドアを乱暴に開けて駆け出して行く。
「まさかって何がなん?」
「何かヤバイみたいや、俺らも行くで!!」
状況の良く飲み込めていない岩尾と後藤も後に続いて走り出す。

「おまえ、やっぱすげぇな」
すげぇよ!と繰り返しながら肩を叩いてくる有田に、上田は悔しそうに告げた。
「多分そこにアイツも…」
決定打だった。認めたくなかった、想像していた最悪のパターン。
「柴田も…居る」
声を押し殺して言った上田の脳裏には、
馬鹿みたいに大声を上げて笑う後輩の笑顔が浮かべられていた。

「そうか…」
有田は意外にも冷静にその言葉を受け止める。
やはり渡部の読みは当たっていた。
初めて聞かされたときは驚いたが、
能力を使って柴田の異変に気づいたと聞かされている。
「とにかく今は矢作を助けることが先決だ。上田、立てるか?」
「ああ…」
有田に肩を借りながら、上田は屋上へと向かった。