オパール編 [9]


366 名前:お試し期間中。 ◆cLGv3nh2eA 投稿日:2005/04/28(木) 00:39:55 

小木が楽屋に戻る数分前のこと…


柴田は一人屋上に居た。矢作は今頃此方に向かっている事だろう。
彼は真っ暗な夜空を仰ぎ見た。雲に厚く覆われた夜空を見据える彼の目は、
胸元で輝くファイアオパール同様真っ赤に染まっている。
自分の能力によって追い詰められたあの男は、今宵自らの意思で命を絶つ。
これから起ころうとしている事を想像するだけで妙に昂揚した気分になる。
何故自分が此処まで彼に執着しているのか。
それは柴田…否。ファイアオパールに宿る石の意思自身も良くは分からずに居た。

暫しの静寂の後、彼は人の気配に気付き屋内へと通じるドアへ視線を向けた。
「随分と機嫌がいいみたいだね」
そこから現れたのは来る筈の男よりももっと大柄で、茶髪の人物だった。
「土田さん…なんで此処に?」
つい数十分前まで同じ場で収録をしていた先輩芸人。
招かれざる客の登場に柴田は焦りを隠そうと自然な振る舞いで訊ねる。
「柴田君こそ、何で屋上なんかに居るの?」
先に帰ると言って早く楽屋に戻ったはずの自分がこの屋上に居ること自体、
土田からすれば不自然な事だと言うのは柴田も理解していた。
「いや、ちょっと涼しい空気に当たりたくなって…」
だが、折角数週間をかけて用意してきた計画をこんなことで中止する訳にも行かない。
極力自然に聞こえるような言い訳を考えると、彼はにこやかに答えた。
頭では如何にしてこの飛び入り参加者を追い返すかを考えながら…

疑い深い目を向けていた土田がフッと表情を緩めた。
「柴田君…いや、今の君が君じゃないって事はこいつから聞いてるよ」
左手のシルバーリングに嵌めこんである石を見せる。
「その石は…ブラック、オパール?」
黒をベースに様々な色の輝きを放つその石は、意思を持っているかの様に数回瞬いて見せた。
「猿芝居させやがって。俺のことを知ってるって事は…黒いユニットの仲間なのか?」
フンと鼻を鳴らし不機嫌そうに腕を組んだ柴田の口を借りて、ファイアオパールに宿る意思が訊ねる。
「ま、一応そういうことになるかな」
友好的な笑みを崩さないまま、土田は答えた。

「で…俺に何の用?」
柴田は明らかに不快そうな顔をして言った。
―つれないなぁ…折角同族に会えたってのに挨拶もない訳?
二人の脳内に響いた声。
シルバーの台座に嵌め込まれているブラックオパールが妖しく輝いている。
「人間なんかと仲良くやってるお前に話すことなんか無い…」
状況を察した柴田は鼻で哂いながらその声に答えた。
―何、ちょっとお互い気があっちゃってね。今じゃいい友達さ。
不気味な笑いを含んだ声に、柴田は不快そうに眉を顰める。
「用が無いなら早く消えてもらいたい…今から此処で面白いショーが始まるんでね」
あまり興味が無さそうに柴田は言った。
それとほぼ同時に建物内部へと続いている階段のドアが開かれる。

そのドアから姿を現したのは矢作だった。フラフラと覚束無い足取りで柴田達の方へ歩いてくる。
暗示が更に強まっているのか、二人の姿さえ視界に入っていない様子だった。
ブツブツと何かを呟き俯いたまま歩を進める矢作に、柴田は笑いながら声を掛ける。
「遅かったね矢作さん。そっから飛べば楽になるよ?」
振り返って矢作の姿を確認した土田は、その憔悴しきった痛々しい姿を見て呟いた。
「随分追い詰めたみたいだね…」
背を向けたままの土田の呟きに、柴田は笑いながら答える。
「お前らの望んでることだろ?
邪魔な白側の連中が消えるとこを見れるなんて、アンタついてるな」
上機嫌でそう言った柴田は、土田の表情が厳しくなったことに気づかなかった。
彼の胸元で輝いているファイアオパールに微かな亀裂が入った事にも…

矢作は二人の横をスッと通り過ぎると、そのまま建物の端の方へと歩いて行く。
土田はすれ違いざまに声を掛けようと口を開きかけたが、
己の背後に居る柴田をチラと見遣ると口を噤んだ。
あと数歩…柴田は満足そうに口端を上げて笑みを浮かべた。
その柴田に気づかれぬように土田がリングの石に手を翳そうとしたとき、
階段を駆け上がってくる数名の足音が聞こえてきた。
「…っ、毎回毎回邪魔しやがって…」
柴田はイライラした様子で吐き捨てるように言う。
内心ホッとした土田だったが、直ぐに次の問題を解決しなければと柴田に声を掛けた。
「此処で見つかっちゃうと色々面倒なんじゃないかな?俺が手伝ってあげるよ」
土田がブラックオパールに手を翳すと、空間に赤い裂け目が生じる。
「ほら、早くしないと」
途中の階段まで連れて行ってあげるから、と中に入るように土田は柴田の背を軽く押した。
二人の姿が異空間に消えると同時に、空間の裂け目は閉ざされた。
風の吹き付ける屋上に残されたのは今まさに飛び降りようとしている矢作の姿のみ。

「矢作っ!!馬鹿な真似はやめるんだ!!」
真っ先に屋上に駆け込んできた小木が叫んだ。
「……」
声に反応して振り向いた矢作の目は虚ろで、表情が全く無い。
「下手に近づいて刺激するわけにもいかない…皆動かないでくれ」
後から来た上田は声を潜めてその場の皆に言った。
「一体どうして…」
状況をよく飲み込めていない後藤が呟いた。
「さっきまで普通に仕事してはったのに…」
岩尾も不安そうな声で呟く。
目の前で今まさに、矢作が飛び降りようとしているという事実は認めざるをえない。
「訳は後で説明する。今はどうにかして矢作を止めないと…」
上田は命の危機に晒されている友を救う手段を必死に考える。

「…ぁ」
虚空を彷徨っていた矢作の虚ろな眼が、皆の姿を捉えた途端一際大きく見開かれた。
「く…、来るなぁああああっ!!!」
矢作は頭を抱えて取り乱し、何かに怯える様に後退りしようとした。
だが、彼の立っていた場所は建物の端だった。
一瞬で皆の視界から矢作の姿が消える。
「…矢作っ!!」
小木は迷わず相方の後を追って駆け出していた。
背後で誰かの叫ぶ声が聞こえた気がした…

二人が消えた位置に皆が一斉に駆け寄る。下を覗くと足が竦む様な光景が広がる。
遥か下のコンクリートの地面へと吸い込まれて行く二人の姿。
「んな無茶苦茶や二人して!!」
屋上の端から身を乗り出し、石を握り締めた拳を下へと突き出して後藤が力を発動させた。
落ちて行く二人の周りの重力が変化し、落下速度が減速していく。
そのままの姿勢で振り向いた後藤は、険しい表情で叫んだ。
「落ちるスピードはなんとか落とせた。けど距離がありすぎて下まで届きそうにないんや!
地面につくまでになんとかせぇへんと、二人とも死んでまうで!!」
落ちそうになるまで身を乗り出している後藤の腰をしっかりと掴んで、岩尾が訊ねる。
「どうにか出来そうな能力持ってる人は居らんの?」
その言葉にハッと思いついたように顔を上げた有田は辺りを見回した。
「おい!山崎、山崎は居ないのか?ったく…こういう大事なときに限って居ないなんて!!」

「他に何かまともな能力のやつは居ないのか!…今から降りて…ダメだ、絶対間に合わない!!」
いつも冷静な印象のある上田が酷く取り乱している様を見て、皆の頭の中に最悪の事態が過ぎった。


後藤 輝基(フットボールアワー)
石…ホワイトハウライト←総括的なバランスを整える。白色
能力…重力や引力のバランスを意図的に崩し、物を浮かせたり落下を早めたりする。
条件…術者と対象の距離に応じて効果が弱まる。
   使用中は対象にかかる力と反対の力が術者にかかる。
(例)重力を変えて物を浮かせた場合、物にかかっている筈の重力が自分にかかる。

 [土田晃之 能力]