ヴィクラモールヴァシーヤ[2]



657 :@T.sideヴィクラモールヴァシーヤ ◆XNziia/3ao :2007/09/15(土) 15:10:11

追いかけてくる 

何かが 

恐ろしいほどに禍々しい 

何かが 

俺は必死に逃げていた。何かからかは分からない。 
ただ恐ろしい"何か"。必死に、必死に、逃げていた。 
それに手首を掴まれ、俺は振りほどこうとする。だが、手首を掴む恐ろしい力は離れない。 
せめてそれの正体を見てやろうと俺は振り返る。そこにいたのは-- 

『何で逃げるんだよ、俺?』 

間違いなく、そこにいたのは自分だった。 

そこでプツリと何かが途切れた。 


高佐は夢から醒めた。シャツは汗でぐっしょりと濡れ、先程の夢を思い出させた。 
起き上がり、自分の頭をくしゃりと撫ぜた。 
「(今の、は)」 
こんな恐ろしく奇妙な夢を見たのは初めてだった。 
二度とあんな夢はみたくない。そう思いながら今は何時かと携帯電話を開いた。 
「…はぁ。」 
早朝五時十五分。眠りについてからおよそ三時間であった。 
ふと右手首にぶら下がる美しいそれを見る。ぴん、と左手で弾く。 
「…お前のせいか?」 
もう一つ溜息を吐き、高佐は初めて無機物を恨めしく思った。 

今日は尾関とネタ合わせ。自分が遅れるな、と言ったので遅れるわけにはいかない。 
高佐はしかたなくそのまま起きていることにした。とりあえずぐっしょりと濡れた寝巻きを何とかしよう。 
「(汗かいてるし風呂はいろ)」 
妹を起こさぬように息を潜め、こっそりと風呂に向かったのは余談である。 


風呂に入りながら、高佐は考えていた。 
ネタの事、妹のこと、アルバイトのこと。そして、石のこと。 
あの美しい色の石にはどんな力があって、自分達にどんな運命をもたらすのか--。 
少し前に聞いた御伽噺としか思えない話を思い出した。 

石は持ち主を選び、その石を手にした人間は必然的に戦いに巻き込まれていく 
持ち主は芸人が殆どで、芸人達は各々の信念で『白』になるか『黒』になるか、『灰』になるかを決める 
なかには無理やり引き込まれる人間もいる 

もし、自分がどこかに入らなくちゃいけなくなったら? 
「…だとしたら、迷わず」 
灰を選ぶだろう。正義でもなく、悪でもない『中立』。 
だがそれはあくまで誰にも干渉されなかった場合の意見。もし、尾関や妹を人質にとられたら 
「(でもそこまでするのか?)」 
いや、するのか、という疑問は大したことじゃない。する可能性はなくはないのだ。 


(尾関がいなくなったら俺は、多分、コントを出来なくなる。) 
(俺は書けないわけじゃない) 
(でも、アイツの台本で演じたい) 
(どこまでのしあがれるのか、そう考えただけでワクワクする) 
(--この厳しい世界で) 

右手をグッと握る。先程までとは違う。もう、迷いはない。 
「(アイツがどうしたいのかちゃんと聞こう)」 
「(それで俺の意見も言って、それから二人で考えればいい)」 



--俺達はコンビなのだから 



660 :@O.sideヴィクラモールヴァシーヤ ◆XNziia/3ao :2007/09/15(土) 15:13:24

昨日、彼の様子がおかしかった。 
俺が言うのも何なのだが、本当におかしかったのだ。 
声は微かに震えていて、ネタに関する質問なのかと思えば最近石をもらったか、だとさ。 
正直言って彼がおかしくなると困るのだ。ストッパーがいなくなる。 
「…(まぁ、いいや、そんなこと。)」 
しっかりとした、アイツのことだ。すぐにペースを戻すだろう。 
尾関はそう考える。話題にあがった石を見つめた。光が綺麗に透き通る石。 
ふとこの石はなんと言う名前なんだろう。そんなことを考えた。 
「高佐に調べてもらお」 
携帯電話で写真をとり、メールを作成。 
「(ちょ っと な ま え し ら べて お い て !)」 
送信ボタンを押して携帯電話を閉じる。 
やや乱雑に携帯電話を放って、尾関は布団に倒れこんだ。 


「(そういえば)」 
何であんなに必死だったんだ? 
疑問が一つ浮かび上がる。見たところただの綺麗な石。何か変な噂でもあるのか。 
…まぁいい、気に留めるほどのことでもないだろう。 
今日はネタ合わせだ。あんなに必死になった理由と、石の名前を教えてもらおう。 


待ち合わせの時間まであと四時間。尾関はアラームをセットして、眠りについた。