東京花火−scene1


349 :[東京花火−scene1] ◆yPCidWtUuM :2005/11/19(土) 23:40:02 




…ことの始まりは「石」だ。 

井上にとってそれは、朝、玄関で履いた新しい靴の中に転がっていたせいで自分の足の裏に軽く刺さった、 
金色の小さなものだった。 
井上はその小さな塊を手にとって眺める。 
ちょっとぼこぼこしていて、混じりけのない金色がとても綺麗だし、これがこのおろしたての靴の中から 
出てきたことも不思議だ。買ったばかりの靴の先にこんなものが入っているなんてこと、あるんだろうか。 
ちょっと面白いから河本に見せてやろう、と考えてジーンズのポケットにつっこんで家を出る。 

河本にとってそれは、朝、仕度を終えて袖を通した洗濯屋返りのジャンパーのポケットの中で指先に触れた、 
淡い色の小さなものだった。 
河本はその小さな石を手にとって眺める。 
つるつるしていて、薄い橙色と白がつくる縞模様がとても綺麗だし、これがこのジャンパーのポケットから 
出てきたことも不思議だ。洗濯屋でこんなものがまぎれこむなんてこと、あるんだろうか。 
ちょっと面白いから井上に見せてやろう、と考えてもういちどジャンパーのポケットに戻して家を出る。 

そして2人は楽屋で顔を合わせて、お互いが手にした不思議な石のことを知ることになる。 
同じ朝に自分たちのところにやってきたその小さなものが、どんな運命をもたらすかはまだ、知らぬままに。 



自分が石を手にした瞬間は特に何も思わなかったのだが、楽屋で井上が金色の塊を見せてきたとき、 
そしてその石が自分のものと同じように、奇妙な経緯で井上のもとにやってきたと知ったとき、 
河本はふとあることに思い当たった。最近芸人の間で石を持つことが流行っている、というのを 
どこかで耳にした覚えがある。その石には何か力があるとか、それで何か一部でもめてるとか、そんな話も。 
超常現象の類はあまり信じない質だったので、その話を聞いたときは石の力なんて随分うさんくさい、 
と思った程度で特別気にしていなかったのだが、あれはひょっとして、この石と関係があるんだろうか。 


「聡、変な石の話って知っとる?芸人の間で流行っとるとかいう…」 
「あ、何か変な力がどうとかの…」 
「そうや」 
「詳しいことはよう知らんけど、聞いたことある」 
「なあ、この石ってひょっとしてそれと関係あるんちゃう?」 
「これが?」 
「おかしいやろ、いきなりこんな偶然、俺らんとこ来るなんて」 
「んー…そやね」 


井上は何か考え込むように、指先で小さな金色の塊をもてあそんでいる。 
河本から見てその欠片の色は、メッキされた金属の放つ金色や、何かが着色されて光る金色ではなく、 
金という鉱物がもつ本来の色であるように感じられた。 


もしこの推測が当たっているなら、あの小さな塊は、それなりに高価なもののはずだ。 
あまり物欲がなく、金銭への執着も薄い井上のもとにそれがやってきたのはやはり運命と言うべきか。 
もし自分だったらどこぞに売りにいったかもしれないが、井上はそれを綺麗な玩具程度にしか思っていない。 
だからこそ、売ったりして手放そうなどとはきっと思わないだろう。 

楽屋のテーブルの上、金色の塊をちょん、とおはじきのようにつつきながら井上が口を開いた。 


「…これも、何か力あるんかな」 
「どうやろ、俺のも何かあったりしてな」 


河本は言いながら、テーブルに転がした自分の石をじっと見つめる。 
綺麗な縞模様は何も伝えることなく静止したままで、答えなど出そうになかった。 
見ているだけではどうにもならないので、とりあえずしまっておこうと手を伸ばす。 
石を軽く手の中に握り込んだとたん、河本の拳の隙間から淡い光が漏れだした。 


「な、何?」 


驚いて手を開き、乱暴にテーブルの上に石を放り出す。それは橙色の光を放ちながらころころと転がった。 
転がった先にあった井上の金色の塊は、河本の石にぶつかったと同時に、内側からふわりと光を放つ。 


「うわ、光った!」 


2人はしばし呆然と石の放つ光に見とれたが、輝いていた石はほんの30秒もするとその光を失い、 
もとの姿に戻ったのだった。お互い無言のまま、石と相方の顔を交互に見やること数回、そして同時に言う。 


「「…これ、何かヤバいで!」」 


もはやここにある2つの石が、何か特別なものであることは疑いの余地がない。 
だがしかし、これがどう特別なものなのかわからない2人はそのまま出番までの時間を悶々と過ごし、 
本番中もそれを肌身離さず持ったまま、収録を終えて楽屋へと戻ったのだった。