午前三時のハイテンション

334 :歌唄い ◆4.Or.2D2Hw :2005/11/15(火) 20:35:00

午前三時。人通りの最も少ない時間帯に、彼らは集まることにした。
男が一人、白い息を吐きながらゆっくりといくつもの飲食店が並ぶ道路を歩いてくる。
普段から眠そうな目を余計にとろんとさせて、「眠い」「寒い」をブツブツと繰り返していた。
ある古風な和食店の前にたどり着くと、足を止めカバンから手の平サイズの地図を広げ、店の看板と地図に記された名前とを交互に見比べる。
「ここかあ…」
少し掠れた声。黒目がちで目で何となくお坊ちゃま的な顔立ちの男は寒さに耐えられず駆け足で店の中に入っていった。


店に入ると、ふんわりと柔らかな仲居の声がした。
「いらっしゃいませ。川島様ですね?皆様が奥のお座敷でお待ちかねです」
深夜にも関わらずニコリと笑みを見せる彼女に、男もペコリと頭を下げ「あ、はい」と笑みを返す。ほっと気持ちが安らいだ。

仲居に案内され冷たい廊下を渡る。仲居は頭を下げると何処かへ行ってしまった。
襖の向こうから何やら明るい声が聞こえる。中へ入ろうと襖に手を掛けようとした瞬間…
ガラリ、と襖が開いた。
「あ〜、川島さんじゃないですかあ〜!」
梁に頭をぶつけないようこんばんは、と挨拶をする長身の男…アンガールズ田中は笑いながら「早く入ってください」と、劇団ひとりこと川島省吾の腕を引っ張った。

「遅っせーぞぉ、川島!」
ぎゃははは、と大口を開けて笑うのはくりぃむしちゅーの有田。
その隣では有田と馬鹿騒ぎしていたように思われる、アンタッチャブル山崎の姿があった。
もうすでに出来上がっているではないか。川島は少し引きつった笑みを浮かべ、周りを見渡した。
かなりの数の芸人達が集まっている。黒に比べて、白なんてずっと少ないものかと思っていたが、自分の想像していた以上に、白の規模も広いようだった。

(この人達が、白いユニットか…簡単に言えば、“安全な人たち”だな)
川島が何処に座ろうかキョロキョロ見渡していると、栗色のウェーブの掛かった髪をした男が手招きをした。

「おう、こっちこっち。隣に座りな」
ビール瓶を片手に持っていたが、有田や山崎ほど酔ってはいない。川島は膳をまたいでその男、上田の隣に腰を下ろした。
「…あの、俺は“白ユニットの集会を開く”って聞いたんですが」
不思議そうに尋ねる川島の目の前に、山崎の相方の柴田が駆け寄ってくる。
「いーやぁそのつもりだったんだけどなあ、此処の飯美味いのなんのって!だから、食べ終わってからってことで!」
隣の上田ですら、うんうんと頷き、味噌汁を静かにすすっている。
「だから省吾も食べろよ!」
川島は拍子抜けした。

…こ、これが白?……こんなもんで良いのかよー…ここら辺は黒を見習って欲しいよなぁ。
黒なんて凄えんだぞ?こう、ビシッとしてるっつーか…。
「まあ、幹部があれじゃなあ…」
山崎と何やら笑い合っている有田を眺めて諦めるように首を振った。
仕方ない。そう思いながらも川島は箸に手を伸ばしたのだった。

「しっかしよー…最近凄えよなあ…」
太い黒縁眼鏡の男がぽつりと漏らす。
「…どうしたの」
隣に座っている短髪でこれまた眼鏡の男が尋ねる。
「黒と白の闘い。嫌だなー俺そういうの。勝てねーもん」
「矢作は別に何もしなくていいって。俺強いから、何かあったら後ろに隠れてなよ」
「なーによ小木ぃ、お前それかっけぇなー」
川島の右隣で呑気な会話を繰り広げているおぎやはぎの二人。
「二人も白なの?」と尋ねると同時に首を振られた。
どっちでもない。と二人は言った。だが黒に味方する気は更々無いらしい。
かといって白に入るつもりもないようだ。変な争いを好まない二人らしい、と川島は思った。
「上田さん、黒については…何処まで知ってるんですか」
「ああ、黒はなぁ、何にせよ頭の良い連中が多いからなあ。秘密を隠すのも上手いんだよ」

「ちょっと、それじゃあ俺らが馬鹿みたいじゃないすか」
どこからかやって来た細身の男、インパルス板倉はやや不機嫌そうに言った。
「実際そうなんじゃないですか?」
と珍しく自分から会話に入ってきたアンガールズ山根。板倉はムッと眉をしかめて彼を見た。田中はそれを見て力なく笑う。
「何だよじゃあ、勝負するか?どっちが頭良いか」
「そういうことは、暇な人ほどやりたがるんですよねー」
そのつっけんどんな態度に、板倉は掌からバチバチと青白い電気を空気中に走らせ、山根めがけて雷を落とそうとした。
慌てて堤下が後ろから羽交い締めにして、振り上げた腕を押さえる。
「板倉さん、仲間割れはまずいよ」
田中もさりげなく板倉の肩をぽんぽんと叩き、石の力を発動させた。

「ふん、……でもやっぱそうかもな。黒は何時も優勢な立場から襲ってくる。例えば一人になった時とか…」
板倉は落ち着きを取り戻し、呟いた。
「よっぽど作戦たてるのが出来る奴が居るんだろうなあ」
と、川島が言った。
「そいつが誰だか知ってるか?…渡部、お前なら分かるだろ」
「俺に聞かないでくださいよ。あの後ゆうぞう達に聞いてみたけど、何も覚えてないみたいで…」
腕を組んで渡部が吐き捨てる。
あちこちから、なんだよそれ〜、とブーたれる声が聞こえた。
「つまり、奴らは誰かに操られてたってことか」
「まあ、そういう事になりますね…」
「おしるこ一気いきま〜す!」
「…山崎は今ちょっと黙っててくれないかなあ」

仕方なく馬鹿騒ぎを止めない(止めようともしない)有田と山崎を尻目に、一同は隣のテーブルに移動したのだった。
それを苛々した様子で眺める上田をなんとか鎮めようと、渡部が再び話し出す。
「黒のメンバーは、何も芸人だけじゃないみたいです」
その言葉に上田が反応する。
「何だって?」
「あの、地震が起こったときにスタッフの人が俺たちを呼びにきただろ?」
渡部はその時一緒にいた柴田、田中、山根の三人をゆっくり見回して言った。三人は記憶をたどり、少し考えてから頷いた。

「嘘だろー…まさかスタッフまで…」
困ったように眉を顰め、上田は絶句した。盲点だった。芸人以外の人間まで黒のユニットだという事は、さすがの上田でも想像が付かなかったのか、溜息を吐き難しい顔をしてこめかみを押さえた。
どうやら黒いユニットの規模は自分たちが思っている以上に底が知れないようだ。
「とにかく今は、こっちもメンバー集めて力を溜めるしかねえからな…っつー事で、川島」
分かるよな?と半ば脅すような低い声で上田は川島の肩を叩いた。
「さっそくですか!もー…わーかりましたよ。白に協力させてください!」
断るに断れない状況に半自棄になってしまった川島は叫んだ。

「“はねトび”の方はどうなんですか?」
田中がインパルスの二人に尋ねた。板倉の話によると、キングコングの二人は誰彼かまわず襲ってくる黒のやり方が気に入らないらしい。となるとその二人も自ずと白に入ってくるだろう。
「でも分からないじゃないですかー。いくら仲が良くても気付かないもんは気付かないと思いますよ」
「お前もうホント黒こげにしてやってもいいんだぞ?」
さらりと言い放つ山根に、板倉は静かに、熱のこもった言い方で返した。
「板倉さん、こんなとこで放電したら、停電になってしまうよ」

「何だよ堤下。お前もこの河童に言ってやれよ。あいつらはみんな大丈夫だよなあ!」
振り返り、板倉が言った。堤下はややあやふやな返答をした。そして、板倉にのみ聞こえる声で囁く。

「うん…でも博が…」
「博が?えー、でもあいつはお前を助けたって…」
「…あとでホントの事話すから」
板倉は何だか嫌な予感がした。黒の侵略が、絶対的な味方同士であるはずの自分たちの仲にも広がりつつある事を何となく悟った。

「おぎやはぎはどうなの?お前ら仲良いじゃん。えーっと…バナナマンとかさ」
「分かんねー。小木は?」
小木も「分からない」と首を横に振る。
疲れような溜息が漏れる。一応集まってはみたものの、分からないことだらけで話し合いは一向に進まない。

「まあ、ね…これからゆっくり考えましょ!意外なとこから情報が入ってきたりするかもしれませんし!」
場の沈んだ空気に耐えられなくなったのか、柴田が笑いながら大声を出す。
それでも、少しだけその場の雰囲気は明るくなった。


「で〜っひゃっひゃっひゃ!柴田さん、おーざーっす!」
「おざーっす!童貞番長〜っ!!」
そんな良い感じの雰囲気をぶち壊すかの如く、酔っぱらった有田と山崎が割り込んでくる。
「俺たちも話に混ぜろよぉ〜!」
「お前なあ、“今後の白ユニットの方向を決めるために集まろう”っつったのお前だろが!」
「二人で勝手に飲み始めやがってよお!!」
切れて怒鳴りつける柴田と上田。
それでもげらげらと笑い出す酔っぱらいに二人はますます怒り出し、取っ組み合いの一歩手前まで発展した。
こんな奴らが白のリーダー格だと思うとやるせない。
上田は石を取り出し、グッと堅く握りしめる。
「上田さん、何するんですか?」
上田の石はサイコメトリーの力しか持っていないはずだったのだが、彼は今その石を握り何かをしようとしている。拳を振りかぶって上田は言った。
「…説明しましょう。この技は私・上田晋也の正義の心がK点を超えたときに発動する打撃技であります。付属効果は“死”!!」
「つまりそれただ“殴る”って事ですよね?」
テーブルに足を乗せて、今にも有田を殴りそうな上田を周りの芸人達は必死に押さえつける。
そんな様子を止めようともせず腹を抱えて笑っている者もいた。
「じゃあ石を掴んだのは?」
上田を押さえながら、柴田が尋ねる。
「教えてやろうか?……そうすると殴ったとき凄え痛いんだよ!」
「物知りだなー上田は。年の功だよ、だははは!」
「うるさい!有田お前ええー!!」
そのあまりの声量に、川島たちは耳を塞ぐ。
「い、今何時だと思って…!」


「はーいはいどいてどいて」
と、矢作が前に出た。有田と山崎に向かい、一呼吸置いて叫ぶ。
「睡魔に襲われて眠くなるんやー!」
すると、まるで催眠にかかったように、二人は畳の上に折り重なって倒れてしまった。
上田も動きを止める。
「…お見事!」と自然と拍手が起こった。


「……もうこんな時間か。そろそろ帰らねえと」
「え…結局、何も話し合えて無かったじゃないですか!なんか分からないんですか?黒の規模についてとかは!?」
川島が嫌そうな顔をしてしゃがみ込む。
「言い出しっぺがこれじゃあ仕方ねえだろ!」
ビシッ、と上田がだらしなく寝ている有田の頭を叩く。
「僕らも仕事あるし…また今度。主催は上田さんでお願いしますね」
「小木、俺たちも帰るか」
「俺も、今日コント収録ありますから」

ぞろぞろと部屋から出て行く芸人たち。足音に仲居が気付く。一番後ろを歩く川島に声を掛けた。
「お帰りですか?」
「ええ、はい。……あ、そこの二人が起きたら、その人たちにお勘定請求してやって下さい」


こうしてただの思いつきで行われた第一回目の“白ユニット集会”は終わったのだった。
黒ユニットの集会が行われる、二日前の話。


石を巡る争いがとんでもなく酷くなっていく事を、まだ誰も知らなかった頃。


                                           end
 [アンガールズ 能力]
 [アンジャッシュ 能力]
 [アンタッチャブル 能力]
 [インパルス 能力]
 [おぎやはぎ 能力]
 [くりぃむしちゅー 能力]
 [劇団ひとり 能力]