568 ブレス@はねる編 ◆bZF5eVqJ9w sage 2005/06/18(土) 19:58:15
秋山と馬場は、同じロバートであると言う理由から、山本のことを一番分かっているつもりだった。
――――俺達が思ってるほど、あいつは素直じゃないんだな・・・。
2人で秋山宅でそう静かに会話する。
「そうだね」
馬場がそれだけ言った。
「博に限って、インパルスやキンコンに喧嘩売るとは思わなかったよ」
「・・・うん」
「なんでだろーね、どう思う?」
「・・・・・・うーん」
「まー、博にも色々あるんだろうな・・・」
「・・・うん」
「どしたよ、馬場ちゃんよ?元気無いじゃん」
「・・・んなことないよ」
「そうかな・・・?」
2人はそれだけ言って、しばらく黙っていた。
「あのさ、」
「なんだよ」
「博本人に聞いたら早くね?」
自滅もいいところだよ、とも思ったが。
「そうかもねー・・・」
そう言った。
それだけ言った。
後日。
はねトびのコントの収録があった。
全員が揃うその収録で、やっぱり皆は何時も通りだった。
そして、山本も何時も通りだった。それが、とても悲しくて。
山本からすれば、それはある種の計画だったかもしれない。或いは何かしらに対する隠蔽かもしれない。
ここにいるロバートの山本博は、イメージ通りの、その場だけの上辺の山本博。
それを考えれば考えるほどジレンマに陥っていく。
どうすればいい?いつも通りになんか絶対に接することができない。
――――まるで翼を折られたイカロスの如く、昇る事を許されない思考。
「板倉さん?」
「はいはい」
この日のインパルスの楽屋。
「あのさー・・・、この間博と」
「うん、やった」
「・・・・・・」
信じたくないが。それは紛れもない事実である。
そして、山本がこのメンバーに対して牙を向いた事も事実で。
その時こんこん、と軽快にドアから聞こえてきたノック音に、板倉はどうぞと答えた。
入ってきたのは、秋山と馬場。
「・・・・・・あのさ、板さん」
「んー?どうしたの、そんな悩んじゃって?」
「博。あいつ、この間板さんにも攻撃したって」
秋山は居た堪れないと言った表情でそう告げた。
「今その話してたんだよ」
堤下が静かに返した。
「・・・確かに、博とやった。でもさ、俺としてはあれは博じゃないよね」
目を伏せたままで、板倉が告げる。それを聞いて、周りの皆は一斉に頷いた。
あれはいつもの博じゃない、絶対に何かある、そうでなければ、おかしい。
その日の収録は無事に済み、馬場は用があると言って楽屋を出た。
珍しくも、西野に相談に乗ってほしいと言われたのだ。あの男の事だ。恐らくは石に関しての話だろう。
――――俺だってそんな争いには巻き込まれたくないのに。
そう思いながらも、馬場は一先ずは局を出ようと考えていた。
人気の去った廊下で、不意に後ろに人の気配を感じた。距離はやや離れている。
誰だ、そう言う前に振りかえる。相手が吐く息が、男のものとは思えなかったからだ。
後ろをつけていたのは虻川だった。
「虻ちゃん」
「・・・酷いよ馬場ちゃん、博に何かあったんなら言ってよ・・・」
「・・・虻ちゃんそれは」
「なんでしょ」
「・・・・・・・・・え?」
「馬場ちゃんも・・・博と・・・一緒なんでしょ?石が欲しいんでしょ?」
「虻・・・ちゃん・・・?」
「だから黙ってたんだよね?」
「そ、そんなつもりは・・・」
「この間、拓さんに聞いたよ。あの日の話」
「・・・・・・」
「博が・・・、板さんを襲ったって?」
「・・・・・・?」
鈴木拓。あの時の彼の事を馬場は知らなかった。そう、彼は一部始終を知っている3人目の人物。
先日、虻川は収録の合間に、鈴木から事を聞いたのだと言う。その話は当事者達とは少しだけ捻じ曲げられていた。
山本は堤下を襲い、その事実を知った板倉と戦闘を行った。
しかし鈴木からは最も重要な『山本が堤下を襲った事実』が抜けていたのだ。
北陽の2人がその事を知らないかどうか、その時馬場に考えるだけの余地はなかったが。
まさか、と馬場は思った。
「ち、違うよ虻ちゃん!博は!」
「裏切ったの?!」
「・・・っ!」
「秋山君もそうなの・・・?」
「違う!あいつは・・・っ!そんな事しない!」
「馬場ちゃんはどうなのっ!」
「・・・・・・誤解だよ虻ちゃん」
沈黙が辺りを包む。彼女は誤解をしている。だけれども、それを解く術が今ない。
「・・・いいよ、馬場ちゃん。すぐに終わらせるから。」
「え・・・っ」
刹那、腹に重いものがぶつかる感覚を覚える。何が起こって・・・?
視界の外へ逃げていく影を捉えた。
大きいそれは、4足歩行をしている、金色の毛を持った半透明の生き物だった。
「ゴールデン・レトリーバー。」
思わず痛みで尻餅をついた馬場に、虻川が淡々と告げた。
その影は虻川の足元へ駆け寄り、舌を出しながら尻尾を振った。
確かにそれは、犬の中でも大型種の代表格、ポピュラーな内のひとつ、ゴールデン・レトリーバー。
半透明の、罪悪感のない瞳で馬場を捕らえて離さない。
「・・・サヨナラ。」
再びその犬が、馬場の方へと全速力で駆け出す。次で終わりとでも言いたげに。
どうしよう・・・、どうすればこの状況を抜け出せる?
刹那、馬場のGパンのポケットが煌いた。徐々にその思考速度は上昇していく。
回避行動にかかる時間はおおよそ2秒。衝突までは5秒弱。――――かわせる。
左右に交わすスペースは殆ど無い。つまり逃げるならば上しかなかった。
寸分の狂いも無く、接近する犬と自分のジャンプの高さを計算。
犬の透き通った身体を、ギリギリまで引きつけてから上へ飛ぶ。
靴がその身体に触れるか否かの空間に浮いた。馬場は足元を一度確認する。
そのまま相手は勢いを殺しきれずに暫く走って行ってしまった。
次はどうする?彼女を説得する?説得の為にはまず彼女に事情を説明しなければならない。
その為にかかる時間は、計算上は30秒そこらといったところか。
背後から走ってくる音が聞こえてくる。思ったよりも、犬の戻りが早い。
またレトリーバーが突進をしようと言う所だろうか。
「馬場ちゃん。お願いだから・・・、負けて」
「それは出来ない!」
「何でっ・・・?!」
虻川が顔を歪ませるのと同じに、その足元に半透明の影が増えた。
ひとつは胴長短足のユーモラスな風貌が人気のミニチュア・ダックスフント。
ひとつは岩肌の多い高山で生まれた体力のある種、アフガンハウンド。
ひとつはゴールデンと同じくらいポピュラーな人気種、ラブラドール・レトリーバー。
馬場が舌打ちを軽く打つ。こんなに多くの犬の突進は、そう簡単にはかわせない。
石の効果で、馬場の頭に計算式が現れる。
アフガンハウンドは大きいが、勢いをつければ飛び越えられる可能性がある。それを信じて、彼は走った。
虻川の方は動揺したのか、足元に呼び寄せた3頭を一斉に放った。
半透明の犬たちが、地面を力強く踏みしめて馬場へと向かうが、
彼は走ったそのスピードのままで犬たちの頭上を飛び越えた。
3頭と、先ほどの1頭が出会い頭にぶつかってその影を薄くし、そして消えた。
まさか、あのアフガンハウンドの巨体を飛び越えられる計算が立っていたとは、と虻川は思った。
それは本当にギリギリだった。後数ミリずれていれば、確実に当たっていた。
「虻ちゃん!」
しまった、と思っていた虻川の目に飛びこんできたのは、息を切らす馬場だった。
強く肩を掴まれ、身動きを取れない。
「虻ちゃん聞いてくれ!」
彼女は迷う。馬場は本当に何かを伝えようとしている。
もしかしたら、自分は何らかの誤解をしているのかもしれない。
そう思った瞬間に、目の前の男が、前のめりになったのを彼女は見た。
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